昔取った杵柄  音楽

自宅にいる時はYouTubeで良く音楽を聴いている。
邦楽から吹奏楽、オーケストラ、ピアノなど、何でも聞くうち自分もピアノを弾きたくなった。

現在ヤマハのアップライトピアノが自宅2階にある。
それはつきみ野にいる頃、家内の友人Mさんが使っていた中古を買ったのだ。
一般的な黒色でなく、木目が美しくいい音がして時々弾いていた。

12年前、家内の両親と2世帯同居する時に、義母の古いピアノを処分して、そのピアノを2階に置いたのだ。
義母はシルバー教室でピアノ練習しており、発表会ではかなり難しい曲を弾いていた。

「子犬のワルツ」や「ノクターン」など弾きこなしたから、私より上手い。
したがって同居してからは義母がピアノをほぼ独占していた。

私の娘も弾きたかったので、別に電子ピアノ「KORG」を購入していた。

2年前に義母は亡くなり、今度は娘がアップライトピアノを弾くので、電子ピアノは使用していなかった。
そこで今度はいよいよ私が弾きたがったのである。

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(置いてある楽譜はモーツァルトのピアノソナタNo11 K331)

実は独学で昔ピアノを弾いたことがあったので、またソナチネや「エリーゼのために」「乙女の祈り」を練習しだした。昔取った杵柄である。

バイエルもそうだが、若いうちに覚えたものは今でも出来るから不思議だ。

母は音楽好きで実家には「オルガン」があった。
ペダル式で、それでも「フルート」とか「チェンバロ」などの7個のレバーがあり、手前に引くと色々音色が変わって面白かった。

かなり貴重なリードオルガン(三省堂製)で、今ではどこかに保存されていると聞いた。

調べてみると三省堂が長野県の海保オルガンに、明治から大正にかけて作成依頼したようだ。
小学校の教室にあったオルガンより立派であったが、ソナチネなどを弾くようになったら高音の鍵盤が少なかった。

私が最初にオルガンを弾いたのは、小学校6年生時の音楽会で「金婚式」だった。
パート譜を母に教わって、どうにか演奏会で弾けた。

その頃、小学校の昼休みに音楽教室にあったピアノで「ねこふんじゃった」を弾いたりしていたところ、音楽の担当先生に「黒鍵ばかり弾いているとピアノが壊れてしまう」と注意された。

その音楽担当の先生は、山中先生で実はすごい先生だったのだ。
全国NHK合唱コンクール小学校の部で、わが追手町小学校は全国優勝した時の指揮者をしたのである。昭和31年度の課題曲「わかいおじさん」で、逆算すると私が小学2年生だった時である。

2重唱の曲で、よく母に歌わされ?二人でハモった。私が高音、母は低音だった。
母が90歳の頃、認知症になり「わかいおじさんを歌わまいか」と言ったら、忘れて悲しくうつむいていたのが、気の毒だった。

何年か前、西新宿で自営業の時、突然NHKラジオで追手町小学校の「わかいおじさん」が流れてびっくりし、そして感動した。
今YouTubeで聞けます。

姉は小学校の担任に習い、妹は高校の音楽の先生について習った。
私は妹の演奏している曲に興味を持ち、やたらと練習していた。

「バイエル8番」の生徒が妹で、先生が母の連弾がうらやましく、私も練習した。
「ドミドミ ソドドド レレレレ」という曲である。

高校生の頃は「バイエル」から「ソナチネ」を独学で練習していたが、自宅は商売をしており、お客様が来てもガンガン弾いていたので父には「うるさい」と怒鳴られた。

しかし母は成長を楽しんでいたのか、一言も文句は言わなかった。
荒々しくペダルを踏むもんだから、よく布部分が破れて、母は頻繁に修理していて大事に使い、処分の話が出ても頑として受け付けなかった。

しかし最終的には実家の建て替え時に処分して、その後母は電子ピアノを購入した。

高校では吹奏楽班に属しており、練習は「講堂」であった。
講堂には古くて音程の悪いピアノが一台置いてあり、それを休憩時にソナチネ1番などを良く弾きだした。

それを聞いていた同期の友人は「その曲を聞いたら、将来きっと君の事を思い出すよ」と言われたが、昨年電話した時にそんな話もしたのだった。

そんなおんぼろピアノだったが、実はそのピアノは1902年ヤマハ製だった。
2000年に飯田高校創立100周年記念式典があり、その時にそのピアノを修復してピアニストが演奏を披露した。とにかく大変貴重なピアノだったらしい。

写真にあるモーツァルトピアノソナタ11K331の楽譜は、中学で音楽の時間に聞いた曲だ。
テーマと5つの変奏曲、3楽章は有名な「トルコマーチ」である。

つきみ野にいる頃、家内は第1楽章は弾いていた。(若い頃は習っていた)
それを聞いて発奮して挑戦してみた。ろくに出来ないのにトルコマーチまで触ってみた。
私は基礎が出来ていないから出来る訳がない。

しかしYoutubeでプロの演奏を聴いていると、いとも簡単に弾いているので、なんか出来そうな気がするのである。

モーツァルトピアノソナタK545など、ピアニストのラン・ランなんて素晴らしい。
彼は5歳の時ピアノリサイタルで弾いたそうだ。まさに天才だね。

私が弾くと指が突っかかってばかりで、家内に笑われる。

バッハ、ショパン、シューマン、ドビュッシーなどの高尚な楽譜があるが、私はやはりソナチネやモーツァルト、そして「詩人と農夫」も弾きたい。
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ガーデニング その➁  趣味

外出自粛で毎日、ガーデニングだ。
運動不足でいけないから庭の25メートルを100往復しようかしら、なんて思っているだけだ。

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庭の木は左から貝塚いぶき、金木犀が2本と続く。
ここに住んで12年。剪定は自分で両開きの脚立に上って剪定をしていたが、ゆらゆら揺れて本当に落ちそうになった時がある。怖いよ。

小学校5〜6年生時の恩師が自宅果樹園で脚立から落ち、それが原因で亡くなったと聞いた。
(20年程前に私が恩師の地元の中学校体育館で尺八を演奏した縁で、恩師と小学校の同級会を初めてしてあげた後だった。)

そんな思いで、ここ数年は八王子市の「シルバー人材」に剪定をお願いしている。
毎回同じ人にお願いするので慣れたものだ。

彼が言うには「両開きの脚立は安定しないから危ない」と言われた。

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4月30日には今後20度を超える見通しになったので、「枝豆」(北海道産ひかり姫)の種をまいた。暮れから畝の下には生ごみが埋めてある。肥料になってくれれば幸いである。

昨年はナス、ピーマンの苗木を手前に植え、向こう側に枝豆をまいたが、今年は全部枝豆にした。

いつも苗木を買っていた「ムラウチホビー」が閉店してしまったので、種をまく事にしたのだ。

3粒づつまき、鳥の予防でペットボトルをかぶせた。
一週間ほどで芽が出る予定。その後は2本立てにして育てる。

収穫した枝豆をゆでてビールを一杯が楽しみだ。

畝の裏側は左からサツキ、ツツジ、その手前にはユリやスズランが芽を出し始めた。

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画面中央辺りに白い花が見えるのは「コデマリ」だ。
裏側には柘植があり、右側2本はアジサイである。

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コデマリをアップしてみよう。5日に撮影。

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ミヤコワスレも少し咲き出した。
ミヤコワスレは家内の友人Mさんから苗をいただいたそうだ。
(私達の結婚式にピアノを弾いていただいた)

だが残念ながら、彼女は若くして亡くなってしまい、毎年のように家内らは、ミヤコワスレを花束にして、彼女のお墓に飾るそうだ。

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見落とししそうなナデシコは、かれんに咲いている。

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真ん中の白ツツジも咲き出した。

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白ツツジは5日にほぼ満開である。

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見納めは「飛び石」である。
10年ほど前にムラウチホビーで購入した。
7個を並べ、その先左奥には小石を並べてある。

右奥にはゴールドクレスト(ユニファー)が大きな素焼きの鉢に入っている。
娘が買ってきた当初より2倍位大きくなったので、この鉢に移植した。

最初の頃は玄関先で、クリスマスツリーとして電飾を飾った時もある。
しかし、成長したものの葉が枯れ出した。これではいけないと、こまめに手で摘み取り、大きな鉢に移植したのだ。

下面がタイルだったので、庭に移し換えたところ、順調に育ち根が地面まで伸びて、葉がこんもりしてきた。もう大丈夫だぁ。

年に何回か芝刈機で芝を刈るのだが、結構この石が重く、疲れてしまう。

そのうえ、石の下には芝が伸びてきているし、小アリがわんさかいる時がある。

芝生は高麗芝で冬には枯れて、白っぽくなってしまう。
やっと青々としてきたところだ。

芝生も私が植えたのだが、当初はケチって右側半分だけ植えた。

それを見た家族に非難ごうごうの文句を言われ、「やがて芝生が伸びるから文句を言うな」と言って、やっとここまで来たのだった。これは先見の明である。

コロナも先見の明で解決して欲しい。
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