昭和の巨星墜つ  音楽

小林亜星がこの程亡くなった。88歳である。
彼は作曲家として歌謡曲やCMソングを数多く発表してきた。又、「寺内貫太郎」で役者としても活躍した。

彼の作品で思いが強いのは、都はるみが歌った「北の宿から」、幼児向けの「ピンポンパン体操」「あわてんぼうのサンタクロース」は流行った。

CMで印象深いのは「どこまでも行こう」「明治チェルシーの唄」そして、「日立の樹」であろう。
「日立の樹」は「この木なんの木」で有名だ。

本当に気になっていた木だ。そんな木を見てみたいと思っていた。

それが1988(昭和63)年のNCR米国流通業視察団でアメリカに行った帰りに、ハワイに寄る事が出来た。(サンフランシスコで視察団と別れた)

会社の先輩と二人でオアフ島に行き、ツアーを申し込んで、ラッキーな事に「この木」に遭遇出来たのであった。広い公園の中にあり、「モンキーポッド」と言う名前らしい。

CMでは1本の大きな木に見えるが、実際は周りに何本も生えており、そこだけをクローズアップしたようである。でも感激したよ。この木だったのかと。本当に枝ぶりが良かった。

先日、寺内タケシが亡くなった。82歳であった。
今はちょうど自宅待機中であらゆるYoutubeを聞きまくり、ザ・ベンチャーズなど何回も聞いていて、あっそうだ寺内タケシの演奏もと思い、「運命」「津軽じょんから節」などを聞いていたところである。

最近はどうしているのかなと心配していた。
彼のテクニックはもの凄く上手く、津軽三味線奏者もびっくりの演奏だった。ベートーヴェンが生きていたらさぞかしびっくりした事だろう。 

話はそれるが、ザ・ベンチャーズの有名な曲に「ダイヤモンドヘッド」がある。
上記のとおりハワイに行った時のツアーはオワフ島一周だったので、ダイヤモンドヘッドにも車で行った。

ところが行ってがっかり。中はクレーターで何も無かった。

日本にも三大がっかりがある。
いろいろな説があるが、札幌の時計台、高知のはりまや橋、長崎のオランダ坂らしい。
いずれも訪れたが、まさに行ってがっかりした所だった。

今度は6月21日に原信夫が亡くなった。94歳だった。
ジャズサックスの第一人者で「原信夫とシャープス&フラッツ」のバンドを率いた。

1967年ニューポートジャズフェスティバルに参加した時に、尺八の山本邦山をゲストに迎えて「尺八でジャズ」が人気となり、山本邦山も一世を風靡した。

原信夫は美空ひばりが歌った「真赤な太陽」も作曲して、その軽快な音楽は皆をワクワクさせた。

この曲は実は尺八にピッタリで、ライブやらで何回も演奏をした。
独奏でも演奏したが、飯田在住のギタリストK氏の伴奏での演奏は調子よく気持ちよかった。

昭和の巨星が次々に亡くなって行く。次は誰か?まさか○○か?

黒幕のユーフォニアム  音楽

先月の「題名のない音楽会」に、「地味な黒幕楽器」として、ビオラ、ファゴット、ユーフォニアム、チューバの4楽器が紹介された。

テレビでは「ラデッキー行進曲」を4人で演奏していた。ユーフォニアムは結構、高音域の主旋律を演奏しており、きれいな音だった。

地味ではあるが「黒幕」とは失礼ではないか。辞書によると「陰で指図をする人」とある。政界の黒幕は良いイメージでは無い。陰で支える楽器だ。

元NHK交響楽団の首席オーボエ奏者の茂木大輔氏によると、楽器により性格が分かるなんてえ本がある。ユーフォニアムの演奏者は総じて大人しい。表に出ず主役を引き立てる役だ。

尺八で言えば第一尺八のメロディー吹きでは無く、2尺管当たりの低音だ。

確かにトランペットは金管楽器の花形であり、クラリネットはオーケストラのバイオリンに代わるメロディー楽器である。

私は中学、高校の5年間ユーフォニアムを担当していた。
我々の頃は、ユーホニュームと称しており、小バスやバリトンの改良型である。

何故5年間かと言うと、中学2年時に父兄たちの寄付により楽器を購入して初めて「吹奏楽班」が出来たからである。(1年時は卓球班)

「吹奏楽班」に入るには、試験があった。簡単なリズムが黒板に書いてあり、それを両手を使ってリズムをとった。

担任の先生には「クラスの仕事をしてもらいたいから」と反対された。
友人はそれで諦めた(級長を務めた)が、私は「どうしても吹奏楽班に入りたい」と言って許可された。

楽器選びでは、小学生時にやった小太鼓をやろうとしたら、後輩がもっと上手かったので諦めた。

唇が厚めだから、トランペットはマウスピースから息が漏れてしまう。
クラリネットはリードが吹くときにくすぐったい。

ユーホ二ュームはマウスピースがやや大きく、すぐに音が鳴って、これだと決めた。
運命の出会いであった。ジャジャジャジャーン。

入班を諦めた友人も3年時には「吹奏楽班」に入り、トランペットを担当した。その友人とは高校も同級になって、一緒に「吹奏楽班」で活躍した。

彼は実は、飯田市の長昌寺の住職で立川談四楼とご一緒(私は尺八)の企画をしてくれた人である。

ユーホニュ―ムは中音域を担当する、本当に素晴らしい楽器である。吹奏楽にはあるが、オーケストラではほとんど見ない。それが非常に残念に思っている。

大学に入ってユーホニュ―ムは考えず、持ち運びが出来る尺八と決めていた。

高校を卒業して何年か経ったときに「吹奏楽班」に行って見た時、ユーホニュ―ムのピストンは3個から4個に変わっていた。

我らの頃は、アサガオ(ラッパ状)の部分が長く、大きく開いており、持つのにバランスが悪かった。持ち上げると重いし、膝に乗せると猫背になって姿勢が悪くなる。

中音域だと言ったが楽譜はへ音記号であるから、低音にはなる。
このへ音記号のお陰で、ピアノを弾いた時にスムーズに左手の楽譜が読めた。

チューバは大バスで、その中間の大きさに中バスという楽器もある。
行進する吹奏楽では見栄えのするスーザホンは大バスの改良型だ。

行進曲では、その低音域のグループが大概、ドソミドなどを繰り返し1拍目、2拍目を刻む。

その間にホルンなどが、ウンパウンパとやるのである。
分かったかな?

もちろんそれだけでは無く、対旋律という大事なメロディーを演奏する。
これが大事だ。

タイケ作曲の行進曲「旧友」における対旋律は、すごくきれいだ。
高音から滑らかに下ってきて、再び高音に上がって行く。言葉では難しい。
ぜひYouTubeで聞いて欲しい。

しかしそれだけでは無い、後半には、ちゃんと低音部が活躍する良いメロディーが用意されている。

中学、高校を通じてかなりの行進曲を練習してきた。
大概のメロディーを覚えているし、運指まで分かるくらいだ。

中学では「海兵隊」から「君が代行進曲」「軍艦マーチ」「立派な青年」などを練習した。

高校ではスーザ作曲の「忠誠」「ワシントン・ポスト」「雷神」「士官候補生」「エル・カピタン」「星条旗よ永遠なれ」「海を越える握手」「美中の美」など。

その他、「錨を上げて」「ボギー大佐」「史上最大の作戦」「国民の象徴」「ロレーヌマーチ」「双頭の鷲の旗の下に」。

タイケ作曲にもう一曲「ツエッペリン伯爵」があった。これも低音部の活躍が素晴らしい。ドイツらしく重厚だ。

日本人の作曲では須磨洋朔作曲「大空」やレイモンド服部作曲「コバルトの空」、古関裕而作曲「スポーツショーマーチ」など。(スポーツショーマーチはNHKのスポーツ番組の為に作曲されたそうだ)

前回の東京オリンピックは1964年で、私が高校1年生の時だった。
開会式の行進には古関裕而作曲「オリンピック・マーチ」が採用された。

名曲だが、我が高校は練習しなかった。当時のライバル校の飯田長姫(おさひめ)がかなり上手く演奏していたのを覚えている。

それでもユーホニュームで唯一花形だったのは、高校文化祭3年時での「ベサメムーチョ」のソロであった。

いきなり立ち上がり、メロディーを演奏する。一度も座らない。最後まで立ちっぱなしである。

最後にはカデンツゥア(即興的な完全なるソロ)があり、テクニック的にも難しいが、良く選曲してくれたと感謝している。




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