西新宿最新情報そのA   散策・ハイキング

9月中旬、所用で新宿に出かけた。
新宿西口の安田生命ビルの取り壊しが始まり、その区画が更地になりつつあった。
またここも高層ビルが建つようである。

安田生命ホールには数々の思い出がある。
大学4年生の頃、佐藤親貴(ちかき)先生の門下である竹内親園が主催する「園の会」に尺八賛助出演するよう青木先生から依頼された。

この時、母が絹地で紋付きを作ってくれて(手縫い)、初披露となった。光沢があり、立派な紋付きだ。
後で母から聞いたが、生地がとても厚く、なかなか針が通らなかったと言っていた。

着付けを手伝ってもらい「松竹梅」を演奏した。相手は三絃佐藤親貴、箏杉野雅喬だったが、三曲合奏がこんなにピッタリ合うのは初めての経験だった。

その後、家内と結婚した30歳過ぎ、家内が所属する「飛鳥の会」に賛助出演した。
「千鳥の曲」や宮城道雄作曲「初鶯」である。「初鶯」の話は随分ブログに書いた。

鶯が乱れて飛び交い、私は誰の箏に合わせていいのやら、誠に困った演奏だった。

10月2日、朝9時25分からの日本テレビで「ぶらり途中下車の旅!」があり、太川陽介が出演して東京都庁から出発だった。

そこから私が仕事をしていた西新宿に向かった。興味を持って見ていたら、私が何度も通った「サン理容室」が出てそこで道を尋ね、「だんごのやよい」に行きついた。

名物のおばちゃんTさんである。15年程前に太川が別の場所にあった「やよい」さんを思い出し訪ねたのだ。底抜けに明るく、笑い方が面白い。

Tさんは、あちらこちらのテレビ局に放送されて、記念写真を窓に貼ってある程だ。(当時、私の店で写真の現像を取り扱っていたので、お客さんでもあった)
私も何回かだんごを食べたし、3〜4年前にも訪ねた。

だんごやさんではあるが、裁縫が好きで、家内が上手く出来ないスーツやズボンの直しを何度もやっていただいた。それが丁寧で安いのだ。

今度は10月10日朝のTBSテレビの「がっちり」の番組で、「飲食店30種台所1つで開店!㊙技」として丼丸(どんまる)が出ていた。

下の写真はその丼丸の店舗である。

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実はこの店舗は私が印章店を営んでいた跡地である。
以前も丼丸の写真を出したが、その時から看板が変わっていた。

番組によるとえらい儲けているらしく、2坪で月商200万円もあると言う。
この店舗は4.5坪である。ご飯に海鮮を乗せるだけだから、簡単に出来る。

自由な発想で、店舗によって看板を替えてもよく、営業時間も自由。
だから前回より看板が変わっていたのだ。

私が店を止めて9月でちょうど7年経った。
御覧の如くコロナ禍でも繁盛していた。

中学の音楽室  音楽

毎週土曜日の朝7時前に、NHKラジオで「サタデーエッセイ」の番組がある。

先日、南伸坊が話していたのが、中学の時の音楽教室に飾ってある、クラシックの作曲家達の肖像画の話であった。

通常は年代順に左からバッハ、ヘンデル、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンと並んでいる。

私の記憶はここまでか。さらに作曲者名を南伸坊は続ける。

南伸坊は他人と変わっていて、バッハと同じ頃生まれた日本人は誰かと考えたと言う。
それが延々と続くのである。

我らの中学生の時ではそんな事は考えられなかった。ひたすら順番に覚えるだけだった。
面白いのはテストのための覚え方である。

古典派のバッハから頭文字を取って、「バっと、へが出る、ハイ、モー、ベンとう(弁当)」と覚えたのである。これはテストに有効だった。未だに覚えている。忘れられない。

これは級友が言っていた。皆さんはどのように覚えたのだろうか。

作曲家の年代を調べてみた。

バロックとして
バッハ(1685-1750)、ヘンデル(1685-1759)
(調べたところ、古典派のくくりでなくバロックになっていた)

古典派として
ハイドン(1732-1809)、モーツァルト(1756-1791)、ベートーヴェン(1770-1827)

前期ロマン派として
ロッシーニ(1792-1868)、シューベルト(1797-1828)、メンデルスゾーン(1809-1847)、シューマン(1810-1856)、ショパン(1810-1849)、リスト(1811-1886)

後期ロマン派として
ワーグナー(1813-1883)、ヴェルディ(1813-1901)、ブルックナー(1824-1896)、ブラームス(1833-1897)、サンサーンス(1835-1921)、ビゼー(1838-1875)、ムソログスキー(1839-1881)、チャイコフスキー(1840-1893)、ドヴォルザーク(1841-1904)

南伸坊が言っていた同年代の日本人は忘れたが、筝曲家の八橋検校は1614-1685である。
八橋が亡くなった年にバッハとヘンデルが生まれたとすると、日本人も凄い。

八橋検校は「六段の調べ」や「八段の調べ」、「乱輪舌」を作曲した。

日本地図を作った伊能忠敬は1745-1818だから、ハイドンやモーツァルトの時代である。

中学で鑑賞する曲では「ツィゴイネルワイゼン」を作曲したサラサーテ(1844-1908)や、バレエ音楽「ボレロ」を作曲したラヴェル(1875-1937)がいる。


日本の有名な作曲家である滝廉太郎は1879-1903、山田耕筰は1886-1965、宮城道雄は1894-1956だから、ドヴォルザークより後に生まれた事になる。

尺八・琵琶を使って「エクリプス」や「ノヴェンバー・ステップス」を作曲した武満徹(1930-1996)の名前も挙げておこう。


ついでに、中学生の時に英語の曜日も面白く覚えた。
Sunday、Monday、Saturdayはそれぞれ、「すんだわい」「もんだわい」「さつう(砂糖)あーるでい」と笑いながら覚えた。





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