2018/2/15

木久扇は元気  芸能

2月12日(月・祝)に八王子オリンパスホールにて開催された「八王子2017あきんど祭りー新春お笑いチャリティー演芸寄席」に行って来た。

2017とは古いが、昨年末に八王子商店会連合会に加盟する商店で買い物をした方に抽選で招待があった。
私の住まいのめじろ台には「めじろ台商店会」と「めじろ台駅前ショッピングセンター」がある。

実は妻の知人から2枚頂戴したのだった。チケットにはペア1000組2000名様ご招待とある。

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当日は午後2時30分開場の3時00分開演だったので、八王子駅には1時30分に着き、駅ビル南館の「凛や」で昼食をとろうとした時、かなりの人数が列を作ってオリンパスホールに向かって移動していた。
それを見て1階席をほとんどあきらめていた。

「凛や」では少し待たされてから「季節の天婦羅御膳」をいただいた。ここは蕎麦が新潟の「へぎそば」を使用している。
かやくご飯、暖かい蕎麦、天婦羅、和菓子付きでボリュームもあり、美味しくいただいた。

2時過ぎに「凛や」を出て、会場に向かった。
案の定長蛇の列で、それでも開場は10分程度早めに始まり、順序よく並んで会場に入った。

かつて知っている会場ゆえ、1階の入口から右側の席をめざして急いだ。
1階席の中間の通路よりやや後ろの右側のいい席を確保出来た。前の席とは重ならず、舞台は見易かった。1階席はほぼ満席であった。

3時ちょうどに始まった。司会は桂幸丸(ゆきまる)で桂米丸の弟子である。
HPによると63歳で「芸名は音で読まないでほしい」と書いている。

この司会が実に面白く上手く、聞き易かった。時に「ものまね」を入れたりして進めた。

先ずは八王子商店会連合会の会長や、石森市長などの挨拶があって、八王子第一小学校合唱団による歌唱があった。

「上を向いて歩こう」や「たとえば君が傷ついて」と歌い出す「ビリーブ」を上手に歌ってくれた。
「上を向いて歩こう」は手拍子と一緒に歌え、と言われて歌った。この一体感がいいね。

続いて曲芸は太神楽(だいかぐら)の「鏡味味千代」(かがみみちよ)で30歳過ぎてから芸の世界に入門だと言うから驚く。

五階茶碗はオーソドックスに口に棒をくわえてその上に、バランスをとって板や、毬、茶わんなどを次々と載せて行く。時々しゃべくりもしながらの芸だから大変だ。

海老一染之助、染太郎よろしく「傘」の上に毬を回したり、最後は四角い升だ。見事であった。
「おめでとうございます」

司会を務めた「桂幸丸」は福島県出身の日本大学出であり、92歳になる桂米丸の話、物まねや「吉田茂伝」で笑わせた。落語と言うより漫談であった。

休憩をはさんだ後は「東京五輪音頭」をおばさん達がそろいの浴衣を着て踊った。
当時の三波春夫は知っているが、今度は「2020東京五輪音頭」を石川さゆり他が歌っている。

ただ、歌詞を変えて「あの日ローマで眺めた月が」が「あの日リオデジャネイロで眺めた月が」と変わっただけである。テンポは速く、踊りも忙しい。

林家木久蔵は「笑点に出ている黄色い着物の息子です」と開口一番でどっと笑いを取る。
以前より滑舌が良くなり、落語も上達した。

三味線漫談は「林家たい平の一番弟子の林家あずみ」で、「一番弟子と言っても実は私しかいないんです」
三味線を弾きながら、歌いながら、ダジャレも言いながらの芸である。
京都出身で美人の上に三味線も歌も上手い。「ここは八王子ですから、長崎ぶらぶら節を歌います」なんて笑わせる。

「おてもやん」や「おきよ しゃもじ」はそれだけの歌詞を三下り・本調子・二上りと三味線の調子(調絃)を頻繁に変えながら歌った。

大トリは「木久ちゃん」こと「林家木久扇」である。
80歳になると言うのに、TBSの収録を終えて駆けつけたと言う。元気である。

舞台に出たと思ったら、いきなり左側の客席に向かってお辞儀、真ん中でお辞儀、最後は右側の客席に向かってお辞儀をしたと思ったら、舞台の袖に引っ込んでしまった。

早速「ボケ」の演出である。「笑点」の黄色い着物でなく、普通の地味な着物だった。
一時期、喉頭がんで声が出ず「笑点」でも苦しんでいた時期があり、良く復活したと感心する。

予定通り35分間、滑舌、テンポも良く、「田中角栄」や「立川談志」の物まねや、戦時中のつらい話の中では「空襲警報」のサイレンを上手くやって拍手をもらったら「本当はサイレン鳴らして拍手をしてはいけないんですけどね。」

昭和の懐かしい歌として「みかんの花咲く丘」と「港の見える丘」を歌った。
「港の見える丘」では、「前奏が長い。青い山脈もそうですけどね。どっから歌い出していいのか?分からないような前奏なんですよ。♪バッカバッカパパァーババーバカァ」と前奏を歌い出して「馬鹿馬鹿婆ぁってなんて言ってんじゃないですよ。」など大サービスだった。

よどみなく時間内で終わらすのは流石である。
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2018/2/13

壊れた時計  随想・徒然竹

前回のブログで掛け時計が壊れて捨ててしまおうと書いたが、思い直して修理することにした。
やはりもったいないの精神だ。

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私が結婚した時に後輩からいただいた時計だから、大切にしたかった。
39年間働いてくれたが、電子部品を交換するだけで見事によみがえった。
しかも、くぐもったガラスも綺麗になり、新品同様になってうれしい。

西八王子駅の北口にあるU時計店で、親切なご主人が5千円で直してくれた。
その上、サービスでLEDの懐中電灯までいただいた。

早速、つけて見た。どうも釘にかける場所を前回は外枠にかけていたから、はずれたと思う。
今回はしっかりとかけたから、ドアの反動では落ちないだろう。

主人いわく「これでしばらく持ちますよ」と言われ「時計の寿命より私の方が先に行くかも」と言ってしまった。ひょっとしたら100年持ちますよ。

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この時計は写す時に斜めに置いたから、変な感じである。
考えたら結構、時計をいただいている。
これは会社を卒業した時にいただいた。木枠の真ん中は「たち吉」のお皿の置き時計である。

大和市に以前住んでいた頃、狭い家で置き場所がなく押入れにしまって置いたのだが、引っ越しで見つけた時には乾電池が液漏れして使用不可能の状態だった。

時計はやや見にくいが捨てるには忍びなかったので、新宿のK百貨店の陶器売場「たち吉」で聞いてみた。
「もうこれは取り扱ってはいない」とは言うものの、修理は可能だった。
上記と同じ後ろの電子部品の交換で、よみがえった。
これは大事に○○に置いてある。

兄の結婚返礼品も掛け時計で、我が和室にかけて時を刻んでくれる。
5月に三代目青木鈴慕になる彰二氏の結婚返礼品も置時計で、玄関に鎮座しており、出かける時は必ず見て出かける。

又、私がNHK育成会に通っている頃、「学生三曲連盟」の演奏会で「琵琶と糸竹のための二章」を指揮した時に、お礼として円柱形の置時計をいただいた。

表現は難しいが、上部は丸みのあるガラスで、周りは円柱形のガラスが覆い、中にぜんまい式の金ぴかの時計があるタイプだ。下で振り子にあたる金の玉が4個ぐるぐる回るやつだ。分かるかな?

外のガラスはかぶせるタイプだから、ぜんまいを巻く時にはガラスを割らないように外さねばならない。

下側四隅には、でこぼこの高さを調節する足が付いていた。水平でないと振り子が回らないのだ。
しばらく使っていたのだが、ぜんまいを巻くのがおっくうとなってしまった。
巻かないと時は止まる。

そんな訳で、今はもう手元には無い。
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2018/1/18

正月のテレビ特番  テレビ

落語には、本題に入る前に「マクラ」を語って、知らない内に本題に入るテクニックがある。誠に上手いもんである。

昨秋、聞きに行った立川談修の芸術祭参加落語は、残念ながら受賞できなかった。(落語は大衆芸能部門)
代わりにと言ってはなんだが、音楽部門で「善養寺恵介の尺八独演会」が芸術祭大賞を受賞した。

音楽部門は洋楽、邦楽と分かれてないから大変である。
尺八での受賞はなかなか難しいが、青木鈴慕師も過去に優秀賞、大賞を受賞している。

私はたった一回のリサイタルで満足している、レベルである。
さて、正月に室内に置いておいた花が咲いた。

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左はシクラメン、右はシャコサボテンである。
いずれも昨年頂いたり、買ったりした花を、その後も育てた結果である。
よりによって、シクラメンもシャコサボテンも一輪だけ咲いた。

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両方とも、花後は外に置いていたのだが、芽が出だしてから部屋に取り込んだ。

しかし、シャコサボテンは急な寒さで、取り込んだのが遅く、ことごとく芽が枯れた。
たった一つだけ咲いてくれて、感動した。ありがとう、お礼の為ここに飾りたい。

正月にテレビで特番があった。
「芸能人格付チェック」を元日の夜6時からのテレビ朝日で見た。
100万円のワインと5000円のワインを飲み比べる、プロとアマのジャズバンドを聴き比べる、高額のバイオリンなどの聴き比べなどがあった。

中でも和楽器を使った聴き比べが、私も試された。

プロの「日本音楽集団」と「関東学生連盟」は三曲合奏の「八千代獅子」だった。
「関東学生連盟」は早稲田大学、明治大学、法政大学などの選抜である。

何れも最初の同じ部分を演奏した。二組演奏した後、私も実際は迷った。
しかし、もう一度聞かせてくれた時の、尺八の音色、音の伸び、迫力、安定感は「プロ」だった。

さすが、YOSHIKIは正解だった。

偶然だったが、1月6日の午後、TBSラジオ「久米宏ラジオなんですけど」を聞いていたところ、「今週のスポットライト」のコーナーで尺八が聞こえてきた。

なんとドイツ人の「アーミン・ローベック」さんで、チェロの奏者でありながら、尺八も演奏すると言う。

日本に何か月間か来て、竹盟社の松山龍盟氏に習ったそうで、スタジオで尺八古典本曲「下野虚霊」を演奏した。久米宏が盛んに「いい音ですね」と言っていた。

その松山氏は山口五郎の弟子で、私が新宿で印章店を経営していた頃、名刺の注文や、お弟子さんが師範になった時に上げる「角印」を注文頂いた。

16日にはNHKラジオ朝の「すっぴん」に邦楽ジャーナル編集長の田中隆文氏が出演して、邦楽界に付いて語り、自らも尺八持参で、尺八本曲のある部分を演奏していた。
やはりアナウンサーは「いい音ですね」と言っていた。

余談だが、1月14日に不覚にも結婚時に会社の部下に頂いた大事な掛け時計を壊してしまった。
100年は経っていないが、丸いSEIKO社のクォーツ時計である。

裏面には結婚式を挙げた記念日の「壽 昭和53年11月17日」と金色で書かれている。
私の洋間の押入の扉をちょっと強めに閉めたところ、漆喰の壁にかけてあった時計が反動で釘から飛び出してしまった。

針がだらりと垂れ、裏側の電子機器が壊れ、歯車など部品が飛び散った。
記念の時計だから直したい気持ちもある。だが、もう39年間も働いてくれたから処分しよう。

幸い2階に亡き義母の掛け時計が余っていたから、それをかけて置いた。

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2018/1/13

星野仙一氏死去  スポーツ・健康

喪中だったが、とにかく新年は開けた。

1月6日いつものように朝7時にNHKラジオをつけると、開口一番に「1月4日に星野仙一氏が70歳で亡くなりました」と告げられ、瞬間的に心にグサッと来て、涙があふれあわてて起きた。

70歳は今現在、私と1歳違いではあるが、大学での学年は2年先輩である。
星野仙一氏がM大学野球部に属していた頃は残念ながら、六大学での優勝の経験は無い。

同時期にライバルだった法政大学の山本浩二・田淵幸一らや、早稲田大学にも荒川など凄いのがいたからである。
野球は一人では勝てない。(彼は在学中にノーヒットノーランを達成している)

しかし、彼には不運と言うか、彼が卒業して中日のプロに入ったその春の六大学(昭和44年)にM大学が優勝したのである。なんと皮肉なことであろうか?

我々はその時、学園祭の「和泉祭」で尺八を校外の舞台で演奏する予定だった。
同僚のK君と私がアレンジした、尺八二重奏「子象の行進」を必死で練習していた時に、「優勝したぞ」の一報が入り、「和泉祭」をほったらかしにして、提灯行列に向かった。

ところが、もう終わっていたと思う。(今みたいに携帯やスマホがあったら、情報は早いのに)
結局「京王百貨店」の屋上に向かい、もう「ビアガーデン」は、オープンしていたのでそこへ乗り込んだ。

気勢を上げ、バンド演奏を乗っ取り、「校歌」を歌い出した。
バンドマンも仕方なく、適当に合わせてくれた。

星野仙一氏は岡山県倉敷市出身である。
母子家庭で育てられ、苦労した事だろう。その上奥様に先を越され、可哀そうであった。
「闘将」と呼ばれるが、反骨精神で良く頑張った。

NHKで「ファミリーヒストリー」を見たが、涙ものだった。

その岡山県倉敷出身者が、我が門下生にいるのである。若いE君だ。
長野県と岡山県は不思議な縁?で、年末に高校生同士の戦いがあったのだ。

まず、12月24日の全国高校駅伝競走大会で長野県代表と、岡山県代表が優勝争いをしたのである。

優勝したのは「佐久長聖高校」で、9年振り2回目である。
その模様をテレビで見ていたのだが、途中岡山県代表「倉敷」に追い抜かれて一時二位になった。その後挽回して最後は、トップだった。

12月28日には、全国高校ラグビー大会の一回戦が大阪花園であり、何と我が母校の飯田高校が長野県代表で出場したのである。
しかも相手は、岡山県代表の「倉敷工業」で飯田高校が26対5で勝った。

飯田高校は県立の進学高校ではあるが、毎年のように県大会は岡谷工業と決勝戦を戦っている。
たいしたものである。

しかし、2回戦は神奈川代表の桐蔭学園で120対0で負けた。圧倒的な差であった。
長野県代表になった時に同窓会から、寄付のお知らせが来て、わずかばかりの寄付をした。

「倉敷工業」に勝った時にE君に早速メールをしたところ、誠に残念がっていた。

私は岡山県には最近良く行っている、と言うか通過拠点として行っていると言うべきか。

一昨年11月には、四国旅行の帰りは岡山駅で新幹線に乗ったし、昨年11月の出雲旅行は行きも帰りも新幹線の岡山駅だったので、駅構内を知り尽くしているとはオーバーだろうか?

いやいや駅構内のコンビニや、駅ビルの販売店やレストラン名など良く知っていて、「門下生より知っているよ」なんてな話をしている。

倉敷は以前一人で旅行して、倉敷川一帯と大原美術館などを見たことがある。

「星野仙一記念館」があるようだ。いつか行ってみたい。
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2017/12/28

キタサンブラック優勝  随想・徒然竹

第62回有馬記念が12月24日中山競馬場であり、「キタサンブラック」が優勝した。
騎手は武豊で、オーナーは北島三郎である。

「キタサンブラック」は史上最多タイの中央G1 で7勝目を挙げた。過去には「ディープインパクト」がいる。

レースをテレビで見ていたが、最初から飛ばして先頭で、最後は少し追いつかれそうになった。しかし最後まで先頭だった。

通常の馬より、筋肉が発達していて、登り坂の訓練を何回も繰り返したそうだ。やはり練習がものをいう。

余談だが、私は会社勤めのころ同僚に「キタサン」と呼ばれた。
「北原」だから「キタさん」である。でも腹黒ではないので、ブラックでは無い。

「サブちゃん」とは、私が浅草国際劇場の「北島三郎ショウ」で10日間尺八伴奏をした仲(?)である。

「キタサンブラック」は競走馬としてはこれが最後で引退するが、有終の美を飾った。
私は引退するわけにもいくまい。

競馬はやらないが、思い出がある。1965(昭和40)年の有馬記念は「シンザン」が優勝をした。
「シンザン」は八大競争の勝利数から「五冠馬シンザン」と言われた。

その年だったか、暮れの紅白歌合戦を見た時のことだ。
司会は宮田輝アナウンサーで、男性のコーラスグループ「ダークダックス」の時に「藤田まこと」も現れて、その時「五冠馬シンザンのいななきです」と鳴き声が流された。

藤田まことは役者であり、お笑い芸人、歌手でもある。あだ名は顔が長いので「馬」であって「来年は藤田まこととダークホースと名前を変えます」と笑わせた。

当時は録画するビデオは無いので、テープレコーダーに録音をして、何度も繰り返して聞いたので良く覚えている。

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ブラック関連で思い出した。
これは「長谷園(ながたにえん)」の炊飯土鍋「かまどさん」である。
お茶漬けの「永谷園」と読み方は同じだが別会社で、我が家で重宝している。
東日本大震災の時大停電があり、それまでは電気炊飯器を使用していたのだが、ガスによる土鍋に変えた。

元々は前からあった、料理用の白い土鍋でご飯を炊いていたが、蓋が壊れ、ガラス製の蓋で飯を炊いていた。ところが蒸気孔が無いので見ていないと、すぐに吹きこぼれてしまうので工夫して、割りばしを蓋と土鍋の間にはさんで、吹きこぼれそうになると、あわてて蓋を開けていた。

そんな時にテレビ東京の「カンブリア宮殿」で紹介されたのを見て、直接窯元へ電話して今年の4月に2合用を購入した。

土鍋は約10分間中火で、蒸気が出たら2分後に火を止めて、20分蒸らすだけ。中蓋がしっかり押さえているので吹きこぼれ無く、楽である。
これは旨い。特に最初に目留として炊いた「おかゆ」がとても旨かった。

三重県伊賀市の伊賀焼窯元で、テレビで見た7代目の長谷優磁(ゆうじ)氏の笑顔がとても良かった。

最近ではK百貨店やアートマン、高尾イーアスの「織部」でも売っている。


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こちらは「めしびつころりん」である。
上記「かまどさん」を買う前に、新宿にあった「通販生活」の店舗で見つけた。

「残りご飯の余分な水分を吸う陶器だから、電子レンジで温め直しても味が落ちない」と宣伝文句にあった。これも伊賀焼である。

炊き込みご飯など、大量に作った時などこれに入れて「チン」すれば、パサづかず美味しい。

いよいよ年の瀬である。

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我が家の庭には今年も「万両」の赤い実をつけてくれた。今年は良く出来た方だ。

万両は葉の下に実が成り、千両は葉の上に実が成る。

時々小鳥が来て、実を食べて、そこらへんに糞をするものだから、その糞のところから、又「万両」が生えて来る。
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2017/12/25

吹奏楽フェスティバル  音楽

12月23日(祝)に「八王子市内高等学校吹奏楽フェスティバル」に行って来た。
サブタイトルは「100年目のサウンド〜八王子市に咲く笑顔の花〜」だった。

元ブラバン出身者としては、入場無料の上、どの高校も上手く、垂涎の演奏会であった。

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場所はJR八王子駅の「オリンパスホール」で10時30分に入り、最初から聞いた。
1番目は「都立八王子北高等学校吹奏楽部」のZ.ジ.アヴァレウ作曲「ティコティコ」で始まった。

前から五列目に座ったものだから、すごいボリュームで迫力があった。次の「インザムード」で私はすっかり乗ってしまった。

2番目は「帝京八王子中学高等学校吹奏楽部」の久石譲作曲「千と千尋の神隠しより」他。
高校生だけかと思ったが、中学生も合同で大編成となった。

3番目は「都立翔陽高等学校吹奏楽部」のK.バデルト作曲「パイレーツ・オブ・カリビアン」
4番目は「工学院大学付属中学・高等学校吹奏楽部」の久石譲作曲「もののけ姫セレクション」

もうここで満足していたのだが、11時30分を過ぎていたので、昼食をとる為に一旦外に出た。

12時を過ぎれば飲食店は混むので、いつも早めに行っている。
近くに蕎麦屋「凛や」を知っていたから、駆けつけた。「蕎麦御膳」でこれが美味い。
新潟名物の温へぎそば(カツオ汁が旨い事)と天婦羅は塩で、かやくご飯、和菓子、ゆずゼリーつき。満足して店を出た。

さらに、吹奏楽の休憩時間が12時45分から13時15分までだったので、ベローチェに行って「カフェラテ」を頼みゆっくりした。

午後は10番目から聞く事になったが、会場はかなり混んできた。
「八王子市内中学校合同バンド」は、J.バーンズ作曲「アルヴァ―マー序曲」と「あとひとつ」。
8校の合同であるにもかかわらず、ピッタリと演奏が合い、上手いんだ。
制服が皆違うが、一緒になって音楽を作るのは、楽しい。

11番目は「帝京大学中学高等学校吹奏楽部」のナーゴ作曲「パラダイス・ハズ・ノー・ボーダー」や「カリブソ・クリスマス」より「シルバーベル」。
サンタのコスチュームや帽子が可愛い。

12番目は「都立富士森高等学校吹奏楽部」の西村朗作曲「秘儀V〜旋回舞踊のためのヘテロフォ二―」は現代曲で統一感があり、十分聴きごたえがあった。

冒頭ではいきなり不協和音で始まり、高校生が理解できるのかなと思った位、難しい曲を良くこなしたと感心する。

13番目は「穎明館(えいめいかん)中学高等学校吹奏楽部」の真島俊夫作曲「ナヴァル・ブルー」や「サンバ・エキスプレス」に至っては、スイングは良いし、まるでプロである。

14番目は「八王子実践中学高等学校吹奏楽部」の真島俊夫作曲「ジェラート・コン・カフェ」や「ハウルの動く城」も見ごたえが十分。

15番目は「明治大学付属中野八王子中学高等学校吹奏楽部」のG.ホワイト作曲「吹奏楽のための第一組曲 変ホ長調」とB.ホワイト作曲「愛のテーマ」は、まさに吹奏楽の醍醐味で十分聞かせてくれた。

私が担当した「ユーホニューム」は中低音域で、特に対旋律が素晴らしい。
中音域のホルンやトロンボーン、そして大バス、コントラバスが重厚な低音を聴かせると、もうオーケストラである。

ここにもう一校、飛び入りで入ったが、校名は忘れた。

16番目の「都立片倉高等学校吹奏楽部」の和泉宏隆作曲「宝島」や「ライオン・キング・・メドレー」は最高だ。指揮者がいなくても、生徒たちがきっちりした演奏で、前に出てきて歌まで歌い、マーチングバンドの様に、楽器を右に左に、上に下に、手拍子と忙しい。まさに楽しんで演奏をしているのだ。

片倉高校は全国大会で銀賞を取る等、非常にレベルが高い。

17番目は「八王子学園八王子中学高等学校吹奏楽部」の長生淳作曲「トリトン・エムファシス」やクリスマスヴァージョンだった。

八王子だからと侮るなかれ、片倉高校に限らず、東京都大会でも素晴らしい成績の高校もある。

最後は市内高等学校の合同で、制服が当然ばらばらだ。しかし演奏は凄かった。
曲はおなじみのR.ワーグナー作曲「歌劇 ニュルンベルクのマイスタージンガー」で十分素晴らしい演奏を聞く事が出来た。

その曲の編曲者が「藤田玄播(げんば)」と見てびっくりした。
実は私と面識があるのだった。
私が新宿で印章店を営んでいる時に、お客様として見えて「名刺」を注文されたのだ。

藤田玄播(1937〜2013)は作曲家で吹奏楽のコンクールの課題曲に採用されたことがあり、彼と吹奏楽について話をしたことがあったのだ。4年前に76歳で亡くなられて残念である。

最後は「宝島」で楽しく終わった。

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各高等学校のチラシをいただいた。
八王子の高校は凄く上手い。まるで全国大会のようで、皆上手く甲乙つけがたく、私が審査委員だったらどこに優勝にするかは、迷うだろう。それ位上手いし、ソロでも堂々と前に出て来て、ある人はアドリブ的に、立派に演奏した。

気になったのは、男子が少なく女子が多いのである。
女子ばかりで、重たいユーホニュームや大バスなど持つのは大変で、私も高校の練習では、楽器が重くなり、姿勢が段々悪くなっていった。
その上、唾は出るし、腹が減って仕方なかった。皆さんどのくらい練習をしているのだろうか。

我が飯田高校も今年長野県大会で優勝して、東海大会までは行って銀賞で、全国大会にはあと一歩だったと言う。
私が高校2年生の時には、25人以下の小編成の部で自由曲「フィンランディア」を演奏して長野県大会を制したが、今では50人近くの部員がいるだろう。

皆さん吹奏楽の腕をメキメキ上げ、レベルが高いし、ある高校では7人ものフルーティストを揃え、私の高校では2人だったので、音楽の厚みが全然違うのである。

時々日曜日の朝早くTBSラジオを聴くと吹奏楽の演奏をしている時があるが、プロだと思ったら、「ただ今の演奏は○○小学校の皆さんでした」と放送されていた。驚きである。

高校を卒業しても是非、楽器を続けてもらいたい。せめて音楽に携わってもらいたいし、出来ればその中から、尺八演奏者を目指す人が現れたら、私の本望である。
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2017/12/5

'17出雲旅行記 そのW  旅行

出雲旅行4日目(11月29日 水曜日)
前日の夜から雨が降りだした。旅行中は初めての雨である。

三朝川沿いのホテルだったので、川の流れの音は就寝中もしていた。
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ホテルから見た三朝川。川の右端左岸には露天風呂があり、おじさんが入っていた。

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朝風呂は昨夜とは入れ替え、右の湯に入った。とにかくいくつもの湯船があるので楽しめる。
日本一のラジウム温泉で、回遊式の大庭園風呂である。

ホテルエレベーター前では、7時には朝市を行っていた。
鳥取に来たら、錦織圭が言った「のどぐろ」である。自分達への土産とした。

昨夜、行けなかったホテル近くの「三朝バイオリン美術館」は雨の為、見に行けなかった。

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朝食はシルバー(魚)焼き、梅干し入り茶わん蒸し、天婦羅、湯豆腐、のり、ジュース等だった。

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ラウンジで珍しい「栃の実コーヒー」を飲む。美味い。独特の香りもある。

昨夜にライトアップされた庭園のもみじはきれいだったが、目の前は雨の庭園だった。

向こうに見える茶室みたいなところに、天皇陛下がお泊りになったそうである。

いよいよ最終日である。着替えをしようと思ったら、何とバッジが出て来た。二ケ目である。
考えたら、私はバッジを帽子につけており、初日の晩に「どじょうすくい」を見に行く為に外して、ニットウエアのポケットに入れたのをすっかり忘れていたのだ。

そして翌日、鏡台の前にあるバッジを私が着けてしまったのだ。
妻には悪かった。もちろん添乗員さんには内緒だった。

バスが9時出発の頃には、もう雨は上がっており、旅行中は一度も傘をささなかった。
いよいよ最後の見学地は鳥取の砂丘である。

バスは倉吉市の「鳥取二十世紀梨記念館」、「琴桜銅像」がちらっと見えた。さらに中国庭園や「はわい温泉」を左に見て、日本海に突き抜けた。

その後は、日本海を左に見ながら、沿岸を走る。
座席は毎日指定されるが、7列目だった。隣がいないので妻は左端窓際、私は右端窓際だった。妻は日本海が良く見えたハズである。

浜村温泉を通過するときには、吉永小百合主演「夢千代日記」の話を聞いたり、白兎伝説、鳥取砂丘コナン空港ではまさに飛行機が飛び立って行く様を見られた。バスガイドが走行中に見られるのは珍しい、と言っていた。
日馬富士が乗っていたのかしら。

やがて鳥取砂丘に着き、先ず「砂の美術館」を見学する。
屋外の展示でいきなりトランプ大統領に会う、とは思わなかった。

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ここは毎年テーマを変えており、今年は「アメリカ編」である。
見たい方は、来年の1月3日までである。

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展示室のエントランスは「ハリウッド」で私の好きなマリリンモンローが迎えてくれた。
その他チャップリン、ジョンウエイ、ジャックレモン、オードリヘプバーンかな。

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テーマは「アメリカの音楽」で後方に、ルイ・アームストングも見えた。
やはり砂であるから、写真は上手く写らなかった。

それにしても巨大な作品で、作者もアメリカ人のみならず、ロシア人までもが製作していた。

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奥は「マウントラシュモアとグランドキャニオン」であるが、その迫力が出せない映像で歯がゆい。

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「砂の美術館」を出ると、鳥取砂丘であった。ラクダが見える。

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有名なくぼみである。朝方雨が降ったので砂は湿っていて、砂は飛ばないし良かった。

我々は29日だったが、この砂丘で「ポケモンGO」のイベントが24日から26日まで行われ、約9万人も集めたそうで、週刊誌にはこのくぼみに大変な人出が写されていた。

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確かに、縞模様が出来ている。

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砂丘の突端は高くなっており、その先はやや急な坂で日本海はすぐ目の前だ。
帰りはリフトで上がってきて、着いたところがレストランだ。上手く出来ている。

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昼食は2階に上がり、四段重ねのせいろ(アサリご飯、イカスミ入りそば、鮭、など)と蟹酢、ボタンエビ。

蟹は食べやすかったが、ボタンエビは皮が剥いて無く、何匹も食べるのに手が汚れて、臭く大変だった。旅行中はほとんどが宍道湖(?)のシジミ味噌汁、カニ三昧、エビ三昧だったのは良かったが。

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鳥取砂丘を後にして、バスは鳥取自動車道を通り、一路岡山駅に向かった。
ずっとしゃべり通しだったバスガイドさんは、昼寝タイムを設けてくれた。
旅行中、私はバスガイドさんの話に聴きほれていたし、疲れも無くほとんど寝なかった。

途中ここでトイレ休憩をした後、ご当地ソングとして伊吹友里が歌った「好きだから松江」を歌ってくれた。上手い。
ご当地ソングの水森かおりが歌った「鳥取砂丘」ほどヒットしないので、残念だと言っていた。
(バスガイドさんは松江出身である)

そうこうしている間に、別れの挨拶が始まり、無事岡山駅に着いた。
バスガイドさんが旅行中話しをしていた内容を取って「50年後に又来るよ」と、冗談を言ってバスを降りた。

後は16時53分発の新幹線に乗るだけだが、待ち時間は1時間もあったので、買い物とコーヒーが飲みたかった。

買い物は新幹線の中で飲む「独歩」ビールと、ワンカップ「雄町」は自分の自宅用だ。
岡山駅ビルの「さんすて館」のVIE DE FRANCEでメロンパンとコーヒーを飲む。

やがて「のぞみ42号」が来た。

最高齢は89歳のおじさんで、杖をついてはいるもののカメラに必死であり、奥さんそっちのけで本当にバシャバシャ撮っていた。

旅行中は天気に恵まれて、大社様のご利益があったと思われます。

新幹線の中ではタルタルフィシュサンドと、キッシュロレーヌ、独歩ビールを堪能した。独歩は独特の苦みがあって旨い。

新横浜駅に着く頃、添乗員さんとお別れの挨拶時、デッキで家内が「早くお嫁さんに行くといいですね」と言ったので、私はすかさず「いや、結婚しない方がいい」「何で?」「ずっと添乗員さんでいてくれたら、又会えるから」と言ってしまった。

新横浜駅(19時54分着)では、添乗員さんは一度座席に戻ったが我々が見送っていたので、再びデッキに出てきて見えなくなるまで別れの手を振っていた。
やはり情の厚い日本人である。
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2017/12/4

'17出雲旅行記 そのV  旅行

出雲旅行3日目も晴れである。(11月28日 水曜日)
6時起床で、朝風呂に入る。

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9Fのラウンジから大山の日の出が見られると聞いたので、7時前に行ってみたのだが未だ早かった。(ピンボケしてる)

ラウンジは別のお客さん達の朝食場所だったので、日の出まで待てず部屋を出た。

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朝食は画像設定に失敗。残念ながら旨そうに見えないが、ハタハタ、カレイ、温泉玉子、蕎麦と湯豆腐、とろろなど。
ご飯が少なめだったので、珍しくおかわりをした。

バスは今度は前から2列目の左側で、良く前が見えた。

いよいよ期待していた「足立美術館」である。
ここは地元の実業家、足立全康(明治32年〜平成2年)が昭和45年に開館させた。

美術館と一体となった50,000坪の庭園は日本一と言われる。足立全康は小学生の頃から庭に興味を持ったそうである。

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団体で入ると、皆にスマホ的な音声ガイドを一人一人くれる。
日本人には説明書きを見れば分かるので、結局あまり使わなかった。
英語や中国語もあり、外国人には便利だろう。

名画、陶芸のコレクションもさることながら、庭園も素晴らしい。
ここは、館内にある「寿立庵茶室」の前である。

茶室の撮影に失敗したので映像が無いが、ここで和菓子と抹茶をいただいた。
抹茶はコレクションの器だから、一人一人違うのだ。

係りの若い女性から一人一人の前でお辞儀をして、抹茶を置いて行くのだが、その器の作者を述べて行く。

私のは巨匠「河井寛次郎」の息子さんの作品だった。
羊羹風の和菓子をいただいて、抹茶を飲んだがやはり苦い。

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枯山水庭は午前中の為、手前が日陰になってしまい残念である。
しかし、きれいだ。

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見事である。この日はNHKの中継もやるらしく、機材が運ばれていた。
ここに限らず、道中も天気に恵まれ、紅葉が実に綺麗だった。

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ここは池庭。やはり現地に行って見るのが一番だ。
美術館内は撮影禁止だから、映像は無い。

大展示室には、文化勲章受章者の作品ばかりを集めていたが、壮観である。
竹内栖鳳、上村松園、「王昭君」の安田靭彦、「楊貴妃」の小林古径、河合玉堂、鏑木清方、前田青邨、西山翠嶂、川端龍子、徳岡神泉。

そして横山大観特別展示室は、横山大観のオンパレードであった。
それは見事な「紅葉」などがあった。

陶芸館には「河井寛次郎」「北大路魯山人」の陶芸作品、新館では現代日本画の大きな作品が展示してあった。

タップリと時間を取ってくれたので割合しっかり見られた。

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美術館を出ると竹垣があり、本物の「紅葉」であったのでここで記念写真を撮った。

昼食はすぐ目の前の薬膳料理の「双葉」である。

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我々のツァーで昼は貸切。黒ムツ焼きに天婦羅などいただき、またもや「どじょうすくい」を見させてくれた。

ここのご主人で、「どじょうすくい」にも資格があり、彼は準師範だそうだ。
だから、前日の「どじょうすくい」より、幾分不慣れを感じた。

腰ふって歩くのが難しいらしい。鼻に一文銭を付けるのが本物だと言う。

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ここは国宝松江城である。四重五階天守、地下一階付となっている。1611(慶長16)年に堀尾吉晴が築城。

好天で素晴らしい。

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全国に現存する12天守の一つで城の高さは約30m。階段は急勾配だ。

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松江城の周りには堀川があり、遊覧船で見学できる。
このツァーは松江城見学か堀川遊覧船を選択出来て、我々は松江城にしたのだ。

昨年は松山城に高知城で、名城めぐりもかなりしてきた。

松江城からバスは宿泊地の、鳥取県三朝(みささ)温泉へと向かった。三朝温泉は有名らしいが私は恥ずかしながら、名前も読み方も知らなかった。
高濃度のラドン含有量を誇る。

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ホテルは三朝川に面している「依山楼岩崎」だった。

夕食まで時間の余裕があったので、温泉街を散策することにした。
すぐ近くにラジウムで有名なキューリー夫人の銅像があった。毎年キューリー祭りがあるそうだ。


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地図を頼りに散策をしたのだが、繁華街と言っても昭和の風情を残した、こじんまりとした町だった。

風呂は一階にあるのだが、幾つもの湯船があり、階段を上がって二階にも風呂があった。左の湯に入る。
ラジウム蒸気風呂もあったが、時間外だった。

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夕食は最終日の宿泊だから解禁して、生ビールを飲む。

食前酒は北条ワインかりん風味に始まり、砂丘長芋蟹豆腐、刺身、マーブルポーク蒸し焼き、カニみそ豆腐、海老芋、鳥取牛・とちもちしゃぶしゃぶ、紅ズワイ、らっきょう、プリン等だった。

仲居のおばさんが一人で、てんてこ舞で見るに見兼ねて、私はタジン鍋の蓋をワゴン車に置きにいった。

夕食中、携帯電話がブルブル鳴ったので出てみると、尺八の後輩から飲み会の知らせで「今は出雲の方に旅行中だから、後程連絡する」と言って、この時の話を肴に後日飲んだのだ。

手荷物を減らすため、宅急便の手筈を取った。

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夜8時30分から、1階のラウンジでビィオラの演奏があると聞いたので出かけた。
生原幸太さんで「ふるさと」や葉加瀬太郎の曲を演奏してくれた。

彼は「山陰のトワイライトエクスプレス瑞風」車内でも演奏をしているそうだ。私は独奏を聴くのは初めてだった。

ラウンジのガラス越しのライトアップされた、もみじが実に綺麗で、ビィオラはその豊穣なる響きとテクニックの素晴らしさで聴きほれた。特に和音まで綺麗だった。

近くに「三朝バイオリン美術館」があり、バイオリン製作の講師を昨年まで行っていたそうだ。

演奏終了後は話がしたくなって、尺八の「藤原道山を知っていますか?」と聞いたところ知っていると言う。

もう客はいなかったが、私のリクエストで「A列車で行こう」を頼むと、ものの見事に演奏してくれた。音楽仲間は話が合う。

彼の演奏はYouTubeで「ビィオラ 生原幸太」で聴けます。
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2017/11/30

'17出雲旅行記 そのU  旅行

玉造温泉2日目晴れ。(11月27日 月曜日)

5時30分に起床して、すぐに今度は1Fの風呂に入る。これは気持ちの良い風呂だ。
美肌の湯と言う位、肌がすべすべになった。

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朝食は6時40分からの和・洋・中バイキングで何でもござれだ。
やはりバイキングだと、おかゆを取る。納豆、豆乳豆腐、マグロカツ、ハタハタや目玉焼き、等にフルーツ。最後にはカフェラテも飲んだ。

ここは全てに美味しく、精算後に「ここが今までで一番おいしかった」と、鞄を運んでくれたおっさんに伝えた。

さあバスにと思ったところ、妻が「旅行社のバッジが無い」と騒ぎ出した。慌てて妻は探しに部屋に戻ったのだが、無かったと言う。

仕方なくバスに乗り込んで添乗員さんに訳を話したら「いくらでもありますからいいですよ」と優しく行ってくれた。

ところが最終日に私が犯人だった事が判明したのだった。

バスの座席は指定されて6列目の右側だった。10分程度で「まがたま伝承館」に着いた。
ここで勾玉(まがたま)を制作するのだ。

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これは日本一の大きさの勾玉だ。

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通常はこのような「メノ―」を加工するが、我々は加工しやすい「ろう石」で製作をした。

あらかじめ、ある程度の形にしてくれてあるので、ひたすら紙やすりで磨き、水洗い後はワックスでさらに磨ぎをかけた。

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色々の形のビーズを工夫して紐に通し、何とか勾玉ができ、ネックレスになった。
これは私の作品である。センスはどうだろうか?

ある御婦人は旅行中、勾玉を付けていた。

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出雲大社に行く前に、歴史博物館に寄る。
ここでビデオによる出雲大社の説明を聞いたり、展示館を見た。

2000(平成12)年には境内遺跡から本殿の巨大柱(宇豆柱)が一組3本出てきて、いかに本殿が高い所(48m)にあったかが証明された。

これは縮小された当時の模型である。

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ついに出雲大社に来た。
10月、大学の出雲駅伝はここの石段下がスタート地点だ。(今年は東海大学が優勝)

ここが入口かと思ったが、二の鳥居である。
すぐ目の前には「スターバックス」があった。出雲大社は島根県である。

鳥取県知事の「鳥取にはスタバはないが、砂場はある」が有名だったが私は、ここかと思った。
とにかく鳥取県知事のアイデアには、島根県も負けるそうだ。

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参道は珍しい下り参道で、下りきったところに拝殿がある。1959(昭和34)年の総ヒノキ造り。

パンフやテレビで見るしめ縄とは違い、随分小さいなと思ったら、大きいしめ縄は別のところにあるとは知らなかった。

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屋根だけが見える御本殿には一般客は中に入れず、屋根しか見えない。
日本最古の神社建築様式で、1744(延享元)年に完成。60年に一回屋根の葺き替えを行う。
我々は周りをぐるっと回っただけだった。

旧暦10月10日に神迎祭が行われるが、今年はちょうどこの日(27日)で、夜7時から行われたそうだ。

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神楽殿。これが噂の大しめ縄である。
ここで結婚式が良く行われおり、家内のお弟子さんも今年ここで結婚式を挙げたそうだ。

昔私がT百貨店に勤務の頃の後輩が会社を辞めて、この近くに帰ったと思い、調べてみたらまさに大社町だから、近くに住んでいるのだろう。

大社見学後、このC社ツァーは特別に「カニ汁」をいただけた。
この地方には珍しい良い天気に恵まれて、暑い位だった。

昼は割と近くの「島根ワイナリー」に行って、バーベキュー。ここでも島根牛の美味しい肉をいただいた。先ず赤ワインで乾杯。4人で丸卓を囲んでそれぞれ焼いた。

場所を移して、土産物店ではワインの試飲もさせてくれて、300mlの甘い白ワインを買った。
急いでいたので甘口を買ったのだが、辛口は別の場所にあったのだ。

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出雲大社を後にして、一畑(いちばた)電車(通称ばたでん)の出雲大社前駅に向かう。
2両編成の電車を貸切である。この電車は特別臨時電車で、1両を改装して全席が同じ窓ガラスの方を向いている。

乗った時は全員左側を向いており、宍道湖は右側のハズだ。
おかしいと思ったが、謎は途中の一畑口駅で解けた。

運転手は今度は後ろの運転席に移って、スイッチバックとなり、左側が宍道湖方面になったのだ。

この日は未だ夕映えではなかったが、実は出雲に来たかったもう一つの理由は、舩川利夫が作曲した「出雲路」を思い出したからだ。

出雲路は「清水寺の暮色」「祭」「宍道湖の夕映」の三部になっており、4年前のおさらい会で演奏していたのだ。(箏2面、十七絃、尺八)

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途中でカラフルな電車に会い、その都度ゆっくり走ったり、ここは停車もした。
鉄っちゃん垂涎のビューポイントだ。

主に京王線の中古だと言うから、もしかして昔私が乗っていた電車なら、奇遇である。

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電車内では2人の若い女性ガイドが仲居さんのような衣装を着けて、沿線の説明や抹茶と和菓子のサービスがあった。我が飯田線もこのように考えればいいのになと思ってしまう。

駅名が難しく、クイズになった。
秋鹿町、伊野灘、園、旅臥、美談、川跡、武志、遙堪など読めるかな?

読み方の答え(あいかまち、いのなだ、その、たぶし、みだみ、かわと、たけし、ようかん)

バスも一畑バスの大型で座席に余裕があったし、バスガイドがよどむことなく上手かった。
彼女は松江出身で、歴史も風景の説明も立て板に水であった。

中海を左手に見て、安来市を通る。
「やすき」と思ったら「やすぎ」が正解だった。

バスガイドさんは歌も上手く、鳥取県民謡「貝殻節」も歌ってくれた。
ホタテガイが大量に取れた時の労働歌だった。

この曲には思い出があり、若い頃尺八を教えていた頃、弟子の会社の人達と新宿の歌舞伎町スナックで飲んだ時に、その知人が大きな声で貝殻節を歌っていたので、覚えたのであった。

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2日目の宿泊は境港市の南側、皆生(かいけ)温泉つるや。
ホテルから見た大山(だいせん)は1709m。中国地方の最高峰であり、雪をいただいた大山は山陰の象徴であろう。

因みに同じ漢字でも、神奈川県にあるのは大山(おおやま)である。

先ず、大浴場と露天風呂に入る。日本海に面しており塩分を含むらしいが、石鹸は泡立ち、いい湯であった。

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夕食は食前酒に始まり、冷酒の久米桜を注文した。純米酒で無く、味は今一つだったかな。
料理は和牛しゃぶしゃぶ、ののこ飯、メバルの煮付け、茶わん蒸し、天婦羅、水菓子などであった。

ここのカニは食べやすかったし、和牛は柔らかく美味かった。

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食事がほぼ終わった頃合いを見て、我々だけに特別に鳥取荒神神楽(かぐら)を鑑賞させてくれた。
大黒様が福の種を授ける舞など。

修了後は、恵比寿様ともども五円玉を紙で包んだものを投げてくれて、みんなで拾ったりした。妻は上手くつかんだが私は上手く受け取れず、下に落ちた子供用のお菓子だけ拾った。

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有名人が泊まった折に書いた色紙が、壁に貼られていた。杉村春子、仲代達矢、有馬稲子など。

この色紙は立川談志である。
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2017/11/30

'17出雲旅行記 そのT  旅行

俳人「松尾芭蕉」は「おくのほそ道」序文に「月日は百代の過客にして、行きかふ年も又旅人也。」と書いた。

私も旅人として、11月26日(日)〜29日(水)「ご夫婦で行く神話の国・出雲4日間」に行って来た。

C社のツァーは4回目である。今回の案内には「化粧台トイレ付足元ゆったりシートバス利用。勾玉(まがたま)製作・神話講座・貸切列車で魅力探訪」とあり、出雲大社に一度は行ってみたかった。

私にとって未踏だった「島根県」と「鳥取県」に行ける、絶好の機会となった。

このツァーは最少の人数が14名のところ、12組の夫婦24名も集まった。

26日は天気も良く、我々は新横浜発10時29分の新幹線に乗り込んだ。先ずは岡山駅を目指す。

早速、行先の「山陰遊悠絵図」が配られた。
当然、出雲地方を探すのだが、突然松本清張の「砂の器」を思い出した。

最初に映画で見て感動して小説も読んだのだが、その中に亀嵩が出て来たのだ。

探すと雲州そろばんの近くに亀嵩温泉を見つけた。ここだ!
近くに「砂の器記念碑」の表示があった。

映画では国電蒲田操車場での殺人事件から始まる。東北なまりと出雲の方言が似ており、「カメダ」がポイントとなり、犯人を追った。天才ピアニスト・作曲家を加藤剛が演じた。

是非「砂の器」を読んでいただきたい。

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添乗員は若くて美人のIさんで、さらに情がこもっておりラッキーだった。11時過ぎて銀座大増の弁当とお茶が配られる。

3種類のご飯が見える。美味である。

岡山駅には13時27分着。その後は「特急やくも」に乗り、玉造温泉駅に向かった。
新幹線に慣れていると「特急やくも」の揺れる事、はなはだしく感じる。
山陽から山陰の距離間隔が大体分かった。「特急やくも」は約3時間かかった。

玉造温泉駅からはマイクロバスにて、「佳翠苑皆美(みなみ)」に着いた。
ここは島根県松江市の玉造温泉で、大きなホテルだ。

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部屋についてテレビをつけると白鵬の優勝表彰式の最中だった。
早速9階の露天風呂に入る。もう暗かったので、外はほとんど見えなかった。
ここの温泉は、ちょうど良い温度の温泉だった。弱アルカリ性温泉である。

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夕食には先ず冷酒を注文。「皆美」の吟醸酒だった。
この三角ビンと全く同じものを、自宅で花瓶として使っているので驚いた。
(実は娘が結婚披露宴の引出物でいただいた酒ビンを、再利用で花瓶としている)

ここの料理は旨かった。
ずわい蟹、十六島(うっぷるい)岩のり、鯛、エビ餅、カレイゆうあん焼き、クリーム茶碗蒸し、島根牛焼きしゃぶしゃぶ、松前ご飯、デザートと盛りだくさんだった。

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午後8時30分から近くの会館で「どじょうすくい」の演芸が見られると言うので出かけた。
入場料は500円。 最初にオジサンの民謡と、女性二人の演舞は銭太鼓。


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最後は太鼓をたたいていたおじさんが、素早く着替えて「安木節」にのって「どじょうすくい」の名人芸を見せてくれた。

どじょうを捕まえるしぐさが上手い。
その後、会場から5人の希望者に、どじょうすくいの芸を教えるコーナーがあり、私もしたかったが、積極的なおばさんパワーに負けて、手を上げられなかった。

ワザとらしいおばさん芸に、連れのおばさん達はやんやの喝さいを、浴びせていたが、私は出られなかった悔しさで、とてもカメラを向けられなかった。

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