北原鈴淳尺八教室in八王子  音楽

  
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  指導者  鈴慕会 大師範

            
            北 原 鈴 淳







音楽歴  
飯田東中学校から飯田高校の吹奏楽班でユーホニュームを担当

大学の三曲研究部で琴古流尺八を始め、故二代青木鈴慕(今年8月21日死去)に師事
      
1972(昭和47)年1月 浅草国際劇場の「北島三郎ショウ」 で10日間「仁義」「盃」「誠」を尺八伴奏
      
1976(昭和51)年 渋谷東邦生命ホールで尺八リサイタル
曲目「みだれ」「一定」「箏四重奏曲」「詩曲」「鹿の遠音」「千代の鶯」

1991(平成3)年 NHKFM放送「邦楽のひととき」
に「明治松竹梅」出演
その後も「末の契り」「泉」など出演

      
2007(平成19)年 北原尺八教室をめじろ台に開設

2016(平成28)年、芸歴(芸道・竹道)50年を迎えた

稽古場 東京都八王子市めじろ台2丁目
      (京王線めじろ台駅徒歩5分)
     
      電話 042−668−1278
(お問い合わせは午前8時〜午後8時まで)

稽古日 日曜日(午前中は予約有り、午後3時から空きあり)・月曜日・火曜日・木曜日(午前10時から午後5時までの予約制)        
    ご希望により他も可能な日があり、ご連絡下さい。
月謝   
月2回、5000円 (1回約50分間)
月3回、7000円 (1回約50分間)
月4回、8500円 (1回約50分間)
ワンレッスン、3000円 (約1時間)

入門料 3000円(ホームぺージご覧の方は半額の1500円)
      入門者には自費出版のCD1枚差し上げます。

初心者から対面式で一人一人指導します。まずは基本の音出しから。
 古曲を中心に宮城曲、現代邦楽、歌謡曲までご希望にも応じます。

琴古流本曲 三谷菅垣・雲井獅子・虚空鈴慕・鹿の遠音 など

地唄筝曲  黒髪・千鳥の曲・笹の露・残月・八重衣 など

宮城曲   春の夜・春の海・初鶯・泉・虫の武蔵野 など

現代邦楽  風動・詩曲・一定・萌春・出雲路・箏四重奏曲 など

その他ご希望により 童謡・唱歌・歌謡曲 など

体験レッスン 500円(約60分) ご予約ください

初めての方には、安価な樹脂製の尺八「悠」(¥11000+税で、良く鳴ります)を取り寄せます。竹製欲しい方は、別途ご紹介します。
取りあえず、貸し出し用のプラ管あります。

練習の状況により箏や三絃と時々合奏練習をして、毎年秋には稽古場で発表会をします。

平成27年秋の「おさらい会」での私の演奏は「春の海」
平成28年秋は「かがり火」「泉」
平成29年秋は「雲井獅子」「萌春」

1976年北原康夫尺八リサイタルより、
杵屋正邦作曲・尺八独奏曲「一定」(いちじょう)が聞けます。
長澤勝俊作曲
「独奏尺八のため詩曲」
上記、緑線をクリックしてください。

金曜日・土曜日は箏・三絃教室も開いています。
こちらのホームページをご覧ください。
http://ivory.ap.teacup.com/koto8/


お知らせ掲示板(10/21) 門下生の皆さんへ


合奏練習会は11月18日(日)午後1時から。
曲目は「八千代獅子」「乱輪舌(みだれ)」「虫の武蔵野」
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2018/10/6

青木鈴翁先生の告別式  音楽

8月21日、私の尺八の師である青木鈴翁先生{1935(昭和10)年10月〜2018(平成30)年8月}が肺炎で亡くなられた。82歳。

青木鈴翁先生は二代青木鈴慕であり、琴古流尺八の人間国宝であった。

今年5月に息子さんの彰二氏が三代青木鈴慕を襲名したのに伴い、鈴翁(以下青木先生)と名乗った。

青木先生の告別式が10月3日に青山葬儀場で行われ、午後1時開始の連絡を受けたが、早めにと12時前に到着した。

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式場は「乃木坂」駅から歩いてすぐだった。

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鈴慕会の方々が受付などを担当しているので、懐かしい面々ばかりである。
式場に入ると、青木先生の遺影が大きく飾られ、先生の演奏である、素晴らしい「奥州薩慈」「鹿の遠音」が聞こえて来た。私も購入したレコードを流しているようだった。

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葬儀委員長は筝曲の人間国宝である富山清琴師がつとめ、弔辞をやはり筝曲の人間国宝の米川文子師と、鈴慕会代表の竹内鈴白氏がつとめた。

献笛として鈴慕会のメンバーが「三谷菅垣」を演奏。正面向かって左側が1尺8寸管で、僧侶の裏側が三代青木鈴慕である。

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右側は2尺管である。
マイクの音量が大き過ぎたのは残念に思った。むしろマイクが無くても良く聞こえた。

式場内は満員で、場外にも並んでいたので300人位は出席したのではないだろうか。
最後は全員によるご焼香で、7人ずつ並んで出来た。

私は尺八界、筝曲界にご無沙汰していたので、知人や先生方などを見つけると懐かしさで胸がいっぱいとなった。

式場を後にした時に、大橋鯛山など5人の知り合いがいたので、式場前の「デニーズ」でコーヒーでもと乗り込んだ。
あまりの久しぶりで話が尽きず、一杯だけのコーヒーで1時間30分も粘ってしまった。

先生の思い出は尽きない。今日こうして尺八を吹いていられるのも、先生のお蔭である。

高校時代はブラバンだった。大学合格と同時に三曲研究部に入って尺八を習った。その時の先生が二代青木鈴慕師であった。

2年生の時だった。M大の学生会館での合同練習で、一人づつ「千鳥の曲」を演奏した時、先生に「いいね」と言われ、すぐに「直接習いたいんですが、よろしいですか?」と言い、門下生になった。

この項続く。
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2018/6/25

若手の台頭  音楽

先日(5/30)日本テレビの深夜放送(23:59〜)で「ナカイの窓×楽器の世界」の番組があった。
私は寝ている時間なので録画して、後日見た。

これに若手女流尺八奏者の辻本好美が出演していた。今や尺八界の売れっ子ナンバーワンであろう。

彼女は16歳で尺八を手にして、東京芸大の邦楽科の尺八専攻へ入学。現在は30歳の尺八プロ演奏家である。

美人で上手いとくればメディアに引く手あまたで、海外公演が53回だと言う。
NHKの「正月番組」ではモモクロと共演したり、つい先日のNHKうたコンに出て、福田こうへいの「天竜流し」の尺八伴奏を務め、しかもオーケストラの前でスタンドプレーで、いずれも和服の長い振り袖で演奏していたから、目立つ。

「天竜」と聞けば「天竜川」の事だし、私の地元の飯田市は天竜下りで有名である。
天竜にゆかりのある私に、出演の依頼があったら喜んでお受けするのになぁ、と夢を見た。

「ナカイの窓」では、尺八の紹介で琴古流尺八本曲の「鹿の遠音」の冒頭部分を演奏したり、殺陣の時の効果音としてよく使われる尺八の「ムラ息」で中居達をびっくりさせ、「六段の調べ」の楽譜を見せれば「まるでお経のようだね」と陣内智則・新妻聖子ら。

さらにレディー・ガガの曲「BORN THIS WAY」を独奏して、びっくりさせた。「歌うように演奏している」と評判が良かった。

楽器の値段にも答え、六寸管、八寸管、二尺管も披露していた。

さらにその後はピアノの牛田智大やバイオリン、ギター、パーカッションとコラボレーションをして、絶賛だった。

私は東京新聞だが、番組の投書欄に「ナカイの窓は、とても素晴らしい演奏で良かった」と載っていたから、深夜でも見ている人がいるもんんだなと思った。

芸大と言えば6月20日(水)テレビ朝日の「あいつ今なにしてる?」の番組に芸大の邦楽科の尺八専攻を卒業した人が出演していた。

フリーアナウンサーの馬場典子の友人である、市川佐保子さんだ。
有名女子学院の同級生で、中学3年で尺八を習い、芸大に進学したらしい、とその後が知りたかったそうだ。

市川さんは尺八の才能に見切りをつけ、アメリカ・ニューヨーク州のコーネル大学で日本語の先生をしていた。たまには尺八も演奏してくれるといいな。

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これは5月19日の演奏会のチラシである。場所は調布のグリーンホール小だった。
調布駅近くの「大西楽器店」に楽譜を買いに行った時に頂いたので、興味を持って行って来た。

タイトルは「竹と風の音を楽しむ会」で、サブタイトルが「竹で楽しむ唱歌・演歌・民謡・JAZZ」であった。無料だから損は無い。

平成尺八塾(門傳良男)の主催となっており、18人くらいの出演者がいた。
中学生らしい女性が二人いて、ほとんど出ずっぱりで演奏していた。

曲目は「見上げてごらん夜の星を」で始まり,「聖者の行進」「与作」「星影のワルツ」「竹田の子守唄」「Danny Boy」等だった。

その後は若手の風間禅寿(ぜんじ)が自作の曲をピアノと合奏した。
彼は藤原道山の門下で東京芸大出の尺八演奏家である。

流石に道山ゆずりのテクニックで上手かった。

我が門下にも若手がおり、23歳のE君、33歳のF君がいる。
日増しに上手くなって行くのが嬉しい。

断捨離をしていたところ、かつて私がインタビューされた雑誌が出て来た。
「ビクター6・7」と表紙にあるから、二か月毎に発刊する雑誌であろう。
その中に「ヤング第一線 音に生きる若者たち」のページがあり、音にくわしいヤングの中から4人にインタビューとあり、私が最初に出ていた。

実は自由が丘のとある喫茶店でインタビューを受けたのだが、写真撮影はトイレの中というさえないバックだった。当時は若干25歳の若さであった。

内容は「尺八を握って8年。正座での精神統一のせいか、そこはかとなく落ち着きがある。」

「首振り3年をマスターし、間の取り方や表現力の養成に心を奪われている」「3人の弟子を持つ先生でもある」「サラリーマンとして勤めているが、尺八で身についた根性で辛い仕事を苦も無くやりとげる」

最後の「大学では法学を勉強したが、方角違いで邦楽の世界に魅せられたヤングといえよう」は、実は私のダジャレで言った言葉であった。
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2018/5/5

三代青木鈴慕襲名披露演奏会  音楽

雨も上がった5月3日(祝)、国立小劇場で行われた「三代青木鈴慕襲名披露尺八演奏会」に行ってきた。「鈴慕会創立110周年記念演奏会」でもあった。

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私も鈴慕会会員であり、本来は出演すべきだったが、都合により欠演した。
10年前の100周年記念演奏会には出演して、本曲など2曲くらい演奏したのだった。

今回は二代青木鈴慕の長男である彰時氏が三代青木鈴慕を名乗り、二代は青木鈴翁となった。

招待状をいただいたので開演から終演まで、7時間以上も聞いていた。

開場の11時30分前から並び、門下生の分も席を確保した。真ん中前から7列目のいい場所だった。
ロビーで昼食の「カツサンド」を頬張り、コーヒーも流し込んだ。

開演は12時。先ずは壮観な人数(95人)による古典本曲「雲井獅子」で始まった。

全26曲の長丁場である。
途中どこかでトイレに行く必要あり、加えて切符を買っていただいた門下生など5人を探そうとした。

メールで席を教えた1番弟子は1時30分過ぎに合流出来た。

何しろお祝いだから曲目は「獅子物」が多かった。
「八千代獅子」「御山獅子」「越後獅子」「吾妻獅子」など。「笹の露(酒)」「尾上の松」「松竹梅」「都の春」「楓の花」など、めでたい曲もずらりと並んだ。

各曲の箏・三絃はほとんど家元で、誠に素晴らしい演奏で、それにも負けないくらいの鈴慕会員の演奏であった。

懐かしい面々が演奏をしている。
私もそうだが、すっかり歳を召された会員がしっかり演奏しているのをみると、感心する。
演奏者同士が50年振りに会ったとも聞いた。

たまたま休憩時には、他の門下生に会えたし、演奏者にも会えた。

かつて私の尺八リサイタルでご一緒した箏奏者や、NHKFM放送で共演した先生方を見て、感慨無量である。

最後は三代青木鈴慕(本手)による琴古流本曲「巣鶴(そうかく)鈴慕」だったが、その息子である青木滉一郎が「替手」を演奏した。

この曲で立方「花柳輔太朗」が舞踊を舞った。自分を鶴に見たてて着物の両袖をつかみ、何度も羽ばたいていた。

事前に東京新聞にも掲載されたが、当日は総勢400人の出演だそうだ。

舞台は回り舞台で、次の曲は舞台裏で準備をするのだが大変な騒ぎだったことだろう。
三代青木鈴慕はほとんど出ずっぱりで、その体力は凄いものがある。
演奏も素晴らしく、性格も良く皆さんに気に入られている。

ご長男の滉一郎氏は東京芸大邦楽科尺八の大学院で尺八を学んでおり、ほとんどを暗譜で演奏出来るくらいの凄い才能の持ち主であり、鈴慕会は連綿と続く筈だと確信を得た。

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パンフレットに写真が掲載されており、初代青木鈴慕が右頁の写真の真ん中右に写っている。

経歴によると彰二氏は6歳で尺八を習い出したとあるが、考えてみれば私が大学を卒業して、NHK邦楽育成会に通っていた頃である。

二代目先生宅に稽古に伺った頃は小学生で、可愛らしかった。
ちなみに左頁の上は鈴慕会100周年の記念演奏会の写真(10年前)で、前列左から4番目のひときわ光かがやいているのが私である。

左頁下の写真は、平成28年の二代青木鈴慕師が「旭日小綬章」を受賞された時の、鈴慕会関係者での祝賀会の様子である。(この時は北島三郎も同時に受賞されている)

今回の鈴慕会演奏会に、私がお世話になった二代青木鈴慕師がお見えにならなかったのは、寂しい限りである。

予定通り7時半過ぎに終り、私と門下生ら3人と「九段下」に出て「さくら水産」で一杯やった。
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2017/12/25

吹奏楽フェスティバル  音楽

12月23日(祝)に「八王子市内高等学校吹奏楽フェスティバル」に行って来た。
サブタイトルは「100年目のサウンド〜八王子市に咲く笑顔の花〜」だった。

元ブラバン出身者としては、入場無料の上、どの高校も上手く、垂涎の演奏会であった。

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場所はJR八王子駅の「オリンパスホール」で10時30分に入り、最初から聞いた。
1番目は「都立八王子北高等学校吹奏楽部」のZ.ジ.アヴァレウ作曲「ティコティコ」で始まった。

前から五列目に座ったものだから、すごいボリュームで迫力があった。次の「インザムード」で私はすっかり乗ってしまった。

2番目は「帝京八王子中学高等学校吹奏楽部」の久石譲作曲「千と千尋の神隠しより」他。
高校生だけかと思ったが、中学生も合同で大編成となった。

3番目は「都立翔陽高等学校吹奏楽部」のK.バデルト作曲「パイレーツ・オブ・カリビアン」
4番目は「工学院大学付属中学・高等学校吹奏楽部」の久石譲作曲「もののけ姫セレクション」

もうここで満足していたのだが、11時30分を過ぎていたので、昼食をとる為に一旦外に出た。

12時を過ぎれば飲食店は混むので、いつも早めに行っている。
近くに蕎麦屋「凛や」を知っていたから、駆けつけた。「蕎麦御膳」でこれが美味い。
新潟名物の温へぎそば(カツオ汁が旨い事)と天婦羅は塩で、かやくご飯、和菓子、ゆずゼリーつき。満足して店を出た。

さらに、吹奏楽の休憩時間が12時45分から13時15分までだったので、ベローチェに行って「カフェラテ」を頼みゆっくりした。

午後は10番目から聞く事になったが、会場はかなり混んできた。
「八王子市内中学校合同バンド」は、J.バーンズ作曲「アルヴァ―マー序曲」と「あとひとつ」。
8校の合同であるにもかかわらず、ピッタリと演奏が合い、上手いんだ。
制服が皆違うが、一緒になって音楽を作るのは、楽しい。

11番目は「帝京大学中学高等学校吹奏楽部」のナーゴ作曲「パラダイス・ハズ・ノー・ボーダー」や「カリブソ・クリスマス」より「シルバーベル」。
サンタのコスチュームや帽子が可愛い。

12番目は「都立富士森高等学校吹奏楽部」の西村朗作曲「秘儀V〜旋回舞踊のためのヘテロフォ二―」は現代曲で統一感があり、十分聴きごたえがあった。

冒頭ではいきなり不協和音で始まり、高校生が理解できるのかなと思った位、難しい曲を良くこなしたと感心する。

13番目は「穎明館(えいめいかん)中学高等学校吹奏楽部」の真島俊夫作曲「ナヴァル・ブルー」や「サンバ・エキスプレス」に至っては、スイングは良いし、まるでプロである。

14番目は「八王子実践中学高等学校吹奏楽部」の真島俊夫作曲「ジェラート・コン・カフェ」や「ハウルの動く城」も見ごたえが十分。

15番目は「明治大学付属中野八王子中学高等学校吹奏楽部」のG.ホワイト作曲「吹奏楽のための第一組曲 変ホ長調」とB.ホワイト作曲「愛のテーマ」は、まさに吹奏楽の醍醐味で十分聞かせてくれた。

私が担当した「ユーホニューム」は中低音域で、特に対旋律が素晴らしい。
中音域のホルンやトロンボーン、そして大バス、コントラバスが重厚な低音を聴かせると、もうオーケストラである。

ここにもう一校、飛び入りで入ったが、校名は忘れた。

16番目の「都立片倉高等学校吹奏楽部」の和泉宏隆作曲「宝島」や「ライオン・キング・・メドレー」は最高だ。指揮者がいなくても、生徒たちがきっちりした演奏で、前に出てきて歌まで歌い、マーチングバンドの様に、楽器を右に左に、上に下に、手拍子と忙しい。まさに楽しんで演奏をしているのだ。

片倉高校は全国大会で銀賞を取る等、非常にレベルが高い。

17番目は「八王子学園八王子中学高等学校吹奏楽部」の長生淳作曲「トリトン・エムファシス」やクリスマスヴァージョンだった。

八王子だからと侮るなかれ、片倉高校に限らず、東京都大会でも素晴らしい成績の高校もある。

最後は市内高等学校の合同で、制服が当然ばらばらだ。しかし演奏は凄かった。
曲はおなじみのR.ワーグナー作曲「歌劇 ニュルンベルクのマイスタージンガー」で十分素晴らしい演奏を聞く事が出来た。

その曲の編曲者が「藤田玄播(げんば)」と見てびっくりした。
実は私と面識があるのだった。
私が新宿で印章店を営んでいる時に、お客様として見えて「名刺」を注文されたのだ。

藤田玄播(1937〜2013)は作曲家で吹奏楽のコンクールの課題曲に採用されたことがあり、彼と吹奏楽について話をしたことがあったのだ。4年前に76歳で亡くなられて残念である。

最後は「宝島」で楽しく終わった。

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各高等学校のチラシをいただいた。
八王子の高校は凄く上手い。まるで全国大会のようで、皆上手く甲乙つけがたく、私が審査委員だったらどこに優勝にするかは、迷うだろう。それ位上手いし、ソロでも堂々と前に出て来て、ある人はアドリブ的に、立派に演奏した。

気になったのは、男子が少なく女子が多いのである。
女子ばかりで、重たいユーホニュームや大バスなど持つのは大変で、私も高校の練習では、楽器が重くなり、姿勢が段々悪くなっていった。
その上、唾は出るし、腹が減って仕方なかった。皆さんどのくらい練習をしているのだろうか。

我が飯田高校も今年長野県大会で優勝して、東海大会までは行って銀賞で、全国大会にはあと一歩だったと言う。
私が高校2年生の時には、25人以下の小編成の部で自由曲「フィンランディア」を演奏して長野県大会を制したが、今では50人近くの部員がいるだろう。

皆さん吹奏楽の腕をメキメキ上げ、レベルが高いし、ある高校では7人ものフルーティストを揃え、私の高校では2人だったので、音楽の厚みが全然違うのである。

時々日曜日の朝早くTBSラジオを聴くと吹奏楽の演奏をしている時があるが、プロだと思ったら、「ただ今の演奏は○○小学校の皆さんでした」と放送されていた。驚きである。

高校を卒業しても是非、楽器を続けてもらいたい。せめて音楽に携わってもらいたいし、出来ればその中から、尺八演奏者を目指す人が現れたら、私の本望である。
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2017/11/14

おさらい会  音楽

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 10月29日(日)に自宅で「おさらい会」を開催した。
 時季外れの大型台風22号が日本列島を襲った日である。

 聴きに来ていただくことになっていた、知り合いの88歳Tさん(飯田高校先輩で60歳から尺八を習った)は、台風予想で来られなかった。

 午後一時開始。
 先ずは「さくらさくら」と「夕焼け小焼け」を7月入門のAさんが箏と合奏。

 7孔尺八を持参だが、私は受け入れた。(私は7孔は持っていないが、以前借りて演奏した事がある。難しくはない。)
 Aさんは緊張で出だしが、失敗でやり直し。

 2番目は若いE君が箏と「六段の調べ」、やはり緊張で出だしに失敗。
 3番目はNさんで「新高砂」。箏は本手と替手。

箏の「千鳥の曲」をはさんで、F君の「新娘道成寺」は三曲合奏。やはり皆、前半が緊張でしっくりこなかった。

6番目は箏で「砧」。
いよいよ7番目は「雲井獅子」でF君と私の出番である。

上の写真は、「雲井獅子」の演奏で、私は2尺管を使用している

琴古流尺八本曲で8寸管と2尺管との合奏である。
全体の写真を私だけをトリミングしたものである。

この2尺管は「竹治」銘で永年使用していたが、「正律管」の表示があるにもかかわらず音程が高かった。
だましだまし、メッて演奏していたが、いかんせん音程が高い事に気づき、「ふなぎら」君に修理を頼んだ。

演奏会の日にちが迫っていたので焦り、彼に電話して直してもらう事にした。

ものの見事に、音程を直してくれた。半音位高かったので、首を長く継いでくれて、さらに音程をよくする為、管尻を削ってラッパ状にしてくれた。幸い、手孔は直していない。
お蔭で演奏は上手くいったと思う。

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 続いて長澤勝俊作曲「萌春」を箏と合奏。今度は6寸管だ。
 このように2尺管の後に6寸管と持ち替えると、楽器のクセがあるから演奏しづらい。

 この6寸管も実は、いただいた6寸管をふなぎら君が調律してくれた。
 23歳頃、私の弟子の関係で「実業の日本社」の雑誌に掲載されたのを見て、読者が亡き主人の尺八を幸運にも譲ってくれたのだった。これは良く鳴る。

 この「萌春」は名曲である。初演は尺八、坂田誠山。
典型的な7孔尺八向けで、宮田耕八郎、三橋貴風は7孔で演奏している。

 5孔尺八ではテクニックがいる。5孔で見事に演奏しているのは山本邦山である。(リのメリと、ツのメリが吹きにくい)
 私が26歳位の時だった。砂崎知子先生と所属していた「木犀会」で合奏した。

その時、直前にも砂崎先生は山本邦山と「萌春」を演奏していた為、練習の時のテープを貸してくれた。

途中のある部分では具体的に「もっとふわーと春が萌えるように演奏して」と、歌ってくれた。
(甲のロでなく、ヒの五を下からすりあげる奏法)

その後、山本邦山先生とお会いすることがあって、その「萌春」の事を話したところ、何と「もう歳だね」と言われた。未だ、当時邦山は39歳頃だったのに。

おさらい会の「萌春」の最初は上手く行った。だが、途中辺りからやや掠れも生じて来た。
最後の直前なぞは間をしっかり取らずに、感覚で演奏したら、ちょっと箏と合わなくなってしまった。
気づく人は気づくだろう。だが、最後はしっかり締めた。

トリの演奏は吉崎克彦作曲「華紋」で、琴2面、十七絃と尺八。
尺八は門下生F君。
何故私ではないのか? 曲の選定段階で、私が難色を示していた(都山流の楽譜だし、難しそうだったから)ところ、門下生が上手く吹くので、彼に演奏をしてもらった。

現代曲でリズムに乗り、十七絃が入って重厚な演奏となった。

終わって、自宅でそのまま記念撮影と茶話会を1時間ほどして、かねて伝えていた尺八の門下生3人を連れて、土砂降りの台風の中、駅前の「バーミアン」に行った。

先ずは反省会が「残念会」となった打ち上げだったが、笑いが絶えなく、尺八の難しさを語って、つい中生を3杯も飲んでしまった。

新曲(宮城道雄作曲)や現代曲はもはや、都山流の楽譜しか出版されていない状況にある。
これからは琴古流といえども、都山流の楽譜も、五線譜も読めるようにしないと、出来る曲が限られてしまう。
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2017/6/1

同期会で尺八演奏  音楽

5月28日(日)に信州阿智村の昼神温泉「天心」にて、高校卒業50周年記念同期会が行われた。

中央道日野バス停から8時38分発の高速バスに乗り、先ず飯田に向かった。天気は良好。座席は2Aでうれしい事に、今回の隣の席は空席だった。

バスは順調に走り、「伊賀良」で下車した。申し込み時は「飯田駅前下車」の予定だったが、宴会の余興で同級のT君とギター共演をする為、皆より早めに行き、リハーサルをする必要があった。

T君との待ち合わせ時間調整の為、近くの蕎麦屋「A」で五目そばをいただき、まだ時間があるので、オーガニックとうたった「コーヒ―」も注文した。
小さな籠の中に、シュガーが2本入っており、1本を取ったところ何と使い古しの空の袋だった。
そこでもう一本のシュガーを入れた。

一応、注意をしようとピンポンを押して、来た係りの人に注意した。やや疑ってはいたが、「本当だよ」と言った。コーヒーは美味かった。しかし精算時にコーヒー代は入っていなかった。サービスしてくれたのだ。

得した気分で、1時過ぎ迎えのT君の車に乗り込み、昼神温泉に向かった。

早く着いたものの、宴会場の隣の部屋が使用中だったので、3時まではリハーサル出来なかった。
3時受付開始だから、もう同級生は三々五々集まりつつあった。

3時過ぎて、マイクのセッテイングや音量、エコーの調整をした。
T君とは母の葬儀の後(4月5日)に、一度練習はしていたが、伴奏のキッカケを再確認する必要がある。

「あの素晴らしい愛をもう一度」「若者たち」「青春時代」の3曲でボーカルをもう一人同級のO君にやってもらうことにした。
私は、この日のためにT君に借りた楽譜を移調して、五線譜に書き直して臨んだ。

多少間奏を入れ直し、どうにかキッカケは分かり、間違っても宴会のどんちゃん騒ぎの中だから何とかなるだろうと思った。

高校卒業50周年記念式典は4時30分から始まり、校歌斉唱もして5時には終わった。総勢110名も集まったから大したものだ。
ホテル前で記念撮影後宴会場に移り、5時30分から宴会が始まった。

私のA組は一番多く出席して16名。舞台に一番近くだった。
実は、この宴会で乾杯の前に尺八の演奏を依頼されていた。
司会者の紹介で開会後、すぐに舞台に上がった。

リハーサル時には、「尺八演奏の前に話をするぞ」と言っていたものの、司会者が「春の海を演奏します」と言ってくれたので、いろいろ考えてきた言葉は発せず、いきなり演奏に移った。

「春の海」は三部形式でA.B.A'であるが、全曲は長い。
そこで、いつもはAのみだが、今回はAとBの途中までにした。後で会長に「長さ的にこれがちょうど良かった」と言われた。

大きなミスはなかったが、静まりかえった会場の中、多少緊張で上がったかも知れない。
音の伸びがいまいちだったかな。

いままで見せなかった難しいテクニックを、披露出来たとは思う。
(今まではたいがい、演歌ばかりだったから)
この宴会のトップバッターに尺八演奏を選んでくれた幹事の方々に、感謝する次第である。

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乾杯後「30分間はひたすら食べること」の司会者の名言で、料理に舌鼓を打った。
30分も過ぎると、皆活発に動きだし、それぞれ目当ての人と談笑しだした。

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壮観な人、人、人。中には50年振りに会う人もいるかも知れない。
何人かの知り合いは、私のところに来て尺八の演奏に対する好評を述べてくれた。

同級のY君は、吹奏楽班で一緒で彼はトランペットを演奏していたが、私に触発されたのか彼も尺八を購入していた。
昨年の在京同窓会で尺八を持っていると話を聞いていたので、持参してもらった。
宴会の前に、少し尺八の音の出し方や、簡単なテクニックを教えた。

尺八は都山流の歌口で「露秋」銘だった。乾いた感じの素材で、音程が少し悪くやや鳴りにくいが、継続して練習してくれればうれしい。

1時間もすれば会たけなわで、あちらこちらと人がうごめいていた。
そうした中でのギターとの演奏は、ほとんど無視された。
やはり無理である。大声が飛び交う中、演奏が始まった。

残念ながら、写真の撮影依頼するのを忘れて、演奏写真が無い。

最初は「あの素晴らしい愛をもう一度」で「若者たち」「青春時代」と続いた。
あらかじめ歌詞を各テーブルに配って置いたが、果たして何人の人が見て一緒に歌ったことか。

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最後はやはり応援団の出番である。応援歌などを歌い「フレ―フレ―飯田」で〆た。

宴会は19時30分に終り、日帰りの人はバスで飯田まで帰り、宿泊の人は各クラスに分かれて2次会に移った。

私のA組は女性も交えT君のギターや私の尺八で、懐かしい「悲しい酒」や「天城越え」、フォークソング等を歌った。皆元気である。

午後10時には解散して、展望風呂に入って疲れを取る。
部屋は4人の和室。11時消灯したが、演奏の出来栄えとか、翌日箏の先生との「春の海」合奏のメロディーが頭に浮かんで、ほとんど眠れなかった。イビキをかいていた友人がうらやましい。

翌朝は5時過ぎにO君と1階の露天風呂に入った。ぬるぬるとして美人の湯だそうだ。

6時過ぎに昼神朝市に行った。ここで実家と箏の先生への土産(百合まんじゅう)を買った。
自宅へはブルーベリーのジャム。

9時の飯田行のバスに乗る予定だったが、それより早くI君が車で実家まで送ってくれた。
「持つべきは、いい友達だなあ」と言ったら、「北原らしいな」と言われた。

約束の10時に箏のO先生宅に伺った。
O先生とは20代の頃、東京でのおさらい会に尺八の賛助出演をした事があり、以来長い。

O先生は飯田高校邦楽班の箏の指導をしており、毎年県代表だし、全国大会で、文化庁長官賞や文部科学大臣賞(優勝)を受賞している。凄い指導者である。

「春の海」は飯田のライブで合奏した事があるから、初めてではない。
もちろん全曲とおしで2回、合奏した。
録音もしないし、観客もいないので誠にもったいない演奏であった。
昨日より、上手く演奏出来た。

昼は兄と今宮神社の「半平」に行き、お気に入りの「ざる蕎麦と五平餅セット」をいただいた。
やはり五平餅は美味い。2本ついて700円とは安い。

東京行きのバスは午後2時に飯田駅前発。
同期のY君も一諸だった。彼は今回バスに乗るのは初めてだと言う。
今まで車だったが、廃車にしたそうだ。皆少しずつ歳を取っていく。

さあ2時のバスが来た。乗ろうとした時、彼の帽子がベンチに残っていた。
もちろん彼を呼び返してことなきを得た。

忘れ物が多くなる歳になった。そう言う私もホテルの部屋でシャーペン(製図用)を落として、友人が追っかけ出発寸前の私に届けてくれた。私にとって大切な気に入っている物だった。

一緒に乗ったY君は一番後ろの席。私は一番前の運転席の後ろの席。ここはロケーションが良く、好んで予約している。

彼は、ゆったりとダブルの席(隣が空席で1000円プラス)だそうだ。
「隣に来いよ」と誘われたが、静かにしたかったので丁重にお断りした。
ところが私の隣も空席でラッキーだった。

私は日野バス停で降りた。Y君は新宿バスタまでなので、彼をバスの外から見送った。
何を慌てたのだろう、私はペットボトルに入れた飯田の美味しい水をバスの中に忘れて来てしまった。

改めて、高校同期会の幹事及び、この会に携わった方々にお礼を申しあげます。
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2017/5/16

千の風になって  音楽

「千の風になって」の楽曲は、作詩者不詳で新井満がこの英詩を日本語に訳し、自ら曲をつけたものである。

3月に母が亡くなったのに続いて、5月8日に同居の義母が食道の病気で亡くなった。88歳のお祝いをした後だった。

2月に緊急入院してずっと点滴状態だったが、喉を広げる手術(口から)もして、4月には自宅に引き取り、終末介護をしていた。

最後までボケてはおらず、話も良く解り、死の前日にはビールを要求して、少しだけ飲んだ。
そして我々が見守る中で静かに翌日、旅立った。

5月11日が葬儀で、私は「千の風になって」を尺八演奏した。
これは「邦楽ジャーナル」に載っていた楽譜を使用した。箏との二重奏曲になっていたものを、尺八独奏で一番、間奏、二番と演奏した。

この曲は以前、ハ長調やヘ長調で練習をしたことがあった。
ハ長調はテクニック的には演奏出来るが、高音域が演奏しづらい。ヘ長調は演奏しやすいが、普通では高音域が出ない。甲(かん)や呂(ろ)に上げたり下げたりすれば出来るが、自然ではない。

したがって「邦楽ジャーナル」の変ホ長調が演奏しやすい。理にかなっている。
楽譜が手元にあっても練習はしてなかった為、あわてて探したら、はまった。ぴったりである。

葬儀屋さんとの打ち合わせで、尺八の献奏をすることになり、この「千の風になって」を選んだ。

故人はピアノを演奏したし、音楽は好きだった。一応私の尺八を生前認めてくれていた。

11日の葬儀は家族葬的な簡素なスタイルで、お寺の小ホールで行われた。
葬儀屋さんの進行で、個人の経歴の紹介のあと、尺八の献奏であった。

義母とは、新宿の印章店で7年間一緒に働いたし、ここ10年間は二世帯同居である。
さらに、昨年7月には私達とシンガポールまで旅行に行った。本当に元気に歩き回り、食べまくった。(シンポール旅行記のブログあり。参照)それらのことを述べて演奏に移った。

通常ツのメリで演奏するところは、ハのカリで演奏した。
音量があるし、気分的に良いと思ったからである。無事に演奏を終えた。

尺八の極意はこの「メリカリ」奏法で、今流行りのフリマアプリの「メルカリ」と言葉が似ていて、ニュースを見て「メリ、カリ」或いは、動詞の「メル、カル」かと思った。

葬儀の翌日は、私の母の49日法要であった。
12日中央高速バスで飯田市に行って実家に泊まり、13日は土砂降りの中、寺の本堂で行われた。
本堂に寄付の名簿が掲げられており、私の父の名前を初めて見つけた。結構な金額で貢献していたのだなあ。

納骨は土砂降りの為出来ず、翌日兄達がすることで落ち着いた。

会食は三宜亭。200年を誇る庭園のつつじを鑑賞出来た。

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私は15時の飯田駅前発バスで東京へ帰るので、着替えもあり、忙しかった。

帰りのバスは空いていたが、何故か私の隣は恰幅の良いお兄さん。
私は窓側で、まさかの窮屈さで、嫌がっていた。途中の双葉サービスエリアでの休憩後、運転手に断って一人で前の席に移動した。
こういう時は、おでぶちゃんが先に気を使って欲しかったな。

今月は28日が同期会で再び飯田へ行く。又、8月の混んでいる新盆でも行かなくてはならない。

余談だが、母の葬儀で「花籠」の小さい熨斗袋をいただいた。袋の中には5円玉が入っていた。
これは、「高齢者の葬儀の際には長寿にあやかるため」だと言う。
(母は満97歳だった)

葬儀の時にいただいた「花籠」は、自宅に戻ったら探しても無かった。
無いはずである、49日法要で飯田の実家に行って、兄に借りたスポーツウエアを来た時、ポケットに入っていたのである。
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2017/5/5

カラオケで尺八  音楽

カラオケ店で尺八を演奏するのは楽しい。
テレビの番組では、フルートの練習をしたり、落語家も弟子に教えるのに最適だと言う。

確かに音の出る演奏は家人には「うるさい」であろう。
その点、カラオケ店では誰にも文句を言われず、音響設備の整った個室で十分堪能出来るのである。
ボリュームもエコーも自由自在に変更出来る。
その上、録音も出来る。

しかし、カラオケ店で歌うにもキー設定の問題がある。
自分に合う高さだ。男性と女性では音域が違うし、人によっても違う。

ましてやプロの歌手は音域が広い。五木ひろしは低音も高音も良く出るし、前川清はかなり高音だ。

そこでキーを自分に合わすことになる。ひとまず歌は置いておくことにしよう。

問題は尺八である。
通常持っている一尺八寸管で吹けなければ素人には困難だ。
そこでキーの方を変更して、演奏しやすい一尺八寸管に合わすのである。

ここではプレミアDAMの機種についての結果を報告しよう。

そうすれば皆さんはカラオケ店でキーを少し変更すれば、すぐに演奏出来る。
ここにいくつか曲を掲げてみる。
(注意)このキーはセット表示された曲のキーであり、原曲とは違います。

童謡・文部省唱歌

ふるさと         ±0
もみじ          ±0
花(滝廉太郎作曲)  ±0
浜辺の歌        ±0 
椰子の実        −2
里の秋          +2 
おぼろ月夜       +5
さくらさくら        +5 (琴古流入門の楽譜による。ただし最後のメロディーが若干違う。)



歌謡曲

千曲川        ±0
風雪ながれ旅    ±0
みちづれ       −1
星影のワルツ    −2
柔           −2    
天城越え      −3
王将         −3
北国の春      −5
仁義         +2 

余談だが長野県歌の「信濃の国」は+2である。

+1は半音高くで、+2で一音高くなる。
−1も同様に半音下げる表示だ。

カラオケ店はいろいろあるが、会員になっていれば安い。
しかも、時々割引券をくれるから、それを利用すれば、例えば平日の午前中に開始して2時間、1ドリンク制だと先日は464円だった。

ちょっとした喫茶店でコーヒーを飲むより安いのである。

私は大概1時間は好きな歌を歌って、残り1時間を尺八で演奏だ。
普段はホットコーヒーを注文するが、ある時、生ビールが\108の時もあったから驚くほど安い。

カラオケを上手く利用して、尺八を上手くなろうと言う訳だ。

気を付けるのはリズムと音程である。
本当に気持ち良くなって帰れるんだから。

YouTubeで検索すれば、カラオケで尺八の演奏はいくつかあり、参考になる。
ただ、このカラオケで歌を歌いそれをアップしたら、著作権隣接権で訴えられた人がいるので、注意されたい。
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2017/4/9

かあさんの歌  音楽

NHKの「みんなの歌」で多く知られるようになった「かあさんの歌」は作詞・作曲とも窪田聡である。1956(昭和31)年発表。

戦時中、窪田の母親が長野市に住んでいたらしく、歌詞の3番に「もうすぐ春だで」と言う箇所がある。
これは長野県の方言である。

3月30日の夜、母が亡くなった。

母は童謡が好きで、介護施設ではいつもピアノを弾いていた。

それを思い、母の葬儀があった4月4日の葬儀では、読経のあと私は尺八独奏で「かあさんの歌」を演奏した。

実は告別式のあと、葬儀のセッティングがあった時、マイクのテストをさせてくれた。やはりプロの葬儀屋さんだから、感度・エコー・ボリュームなど完璧だった。会場(かざこしホール)いっぱいに響き渡った。

満足して、控室に行ったところ「まる聞こえ」だったと聞かされ、冷や汗をかいた。

何より、不必要な発言をしなかったのは良かった。妻はハラハラしていたそうだ。

そして本番。気分は高揚してくる。昨晩から緊張で寝つきは良くなかった。
通常の演奏会と違い、どうも近親者がいると、カッコつけか上がってしまう。

今回は慣れた竹の尺八では無く、最近手にした「木の尺八」だった。
不慣れもあり、強めに吹こうとした瞬間、高音の「ピ」音が鳴ってしまった。

我慢して、最善を尽くし曲を終えた。

その後、「弔辞」は何と、甥の娘の小学3年生の女の子が、実にハッキリと堂々と、上手く「弔辞」を読んで参列者を感激させて、私は恥ずかしかった。

母は97歳の老衰で、静かに逝き、大往生だった。精進落しの後の会食では「赤飯」が出た。まるでお祝いではないか。

今後は49日や「新盆」、一周忌に飯田に行く事になる。飯田を通るリニアは未だ先の事で、当面私は中央高速のバスで飯田まで往復する。

実家は祖父が、繭糸店を営み、父は宅地建物業を始めた。
今は兄が「平和不動産」を営んでいる。

リンクに「平和不動産」を表示したので、ご覧いただければ幸いである。
リニアが通ったら、飯田は東京を出たらすぐに着く。いまのうちに別荘などいかがだろうか。
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