まだ角笛止まり  オンエア・クラシック

 先週はFMでマーラーの交響曲がふたつ聴けました。
 マーラー! 映像が彷彿としてくるようなスペクタクルと、普通じゃつまらんというワガママをかなえてくれる奇矯と、私も共有していると錯覚しそうなフォークロア…私にとってはそんな作曲家です。

 8月27日(木)クラシック カフェ。
 バーンスタイン特集だったのかな。ソニーやドイツ グラモフォンからリリースされた録音が3つ。バーンスタインの指揮やピアノで “キャンディード”序曲(ニューヨーク・フィル、1960年録音)、マーラーの“こどもの不思議な角笛”からルードヴィヒの「原光」(1968年録音)、それからマーラーの交響曲第2番ハ短調“復活”(ヘンドリックス、ルードヴィヒ、ウェストミンスター合唱団、ニューヨーク・フィル、1987年ライヴ録音)。
再放送は9月4日(金)午前7時20分〜9時15分。

 同じく27日の夜は、ヨーロッパ夏の音楽祭特集(ルツェルン音楽祭2009)から8月12日の演奏会。クラウディオ・アバド指揮、ルツェルン祝祭管弦楽団。3曲目が交響曲第1番 ニ長調 「巨人」でした。


 昼下がりにラジオをつけたら、鳴っていたのは交響曲第2番の第3楽章、ちょうど歌曲集「子供の不思議な角笛」から「魚に説教するパドヴァのアントニウス」のメロディーだったため、この大曲もなんのその、マーラーのアイロニーもどこ吹く風。アンタは気楽でええわなぁ…と、いつも言われる所以であります。

 バーンスタイン指揮の第3楽章は、歌曲「魚に説教するパドヴァのアントニウス」の印象に近い気がします。

 バリトンが歌う歌曲「魚に説教するパドヴァのアントニウス」は、お説教を拝聴する水の中の生き物たちが、聴き終われば元の木阿弥に。誰しも、持って生まれた性根はなおらんワイ(…)とでも言いたげな。

 私が持っているこの歌曲の録音のうち、バリトンは3人。フィッシャー=ディースカウ(セル指揮・ロンドン響)ヴァイクル(インバル指揮・ウィーン交響楽団)、それから南米出身の若手イヴァン・パレイ(ピアノ伴奏・ラーデマン)。軽い戯けは、笑いを誘おうとしてか、でも自嘲とも取れるような。伴奏の木管と弦、その出入り掛け合いが曲想をさらにふくらませていて、いっつも唸ってしまう。ひとり、テノールのプレガルディエン(ピアノ伴奏・ギース)の「魚に説教する〜」は、芝居があっさりしていると思います。もっと違うねらいがあるのかもしれません。

 バーンスタインの第3楽章は、そのバリトン団から伝わってきた印象に通じるものでした。

 私はもうひとつ第2交響曲の録音を持っていて、それはアバドがいつぞやのルツェルン音楽祭で指揮したものです。ハイビジョンで何度か放送したものを高級CDデッキでデジタル録音してもらいました。こちらの第3楽章は、スマートで引きしまってくもりがなくて、サクサクと進みます。プレガルディエンの「魚に〜」は、私の中ではこちらの係累です。ちなみに、アバドの最終楽章は荘厳です。霊験あらたかな光の下で温和しく頭を垂れていようと思うほど。

 んで、バーンスタインの最終章。フィナーレに近くなると、合唱団の声の出し方が、クラス対抗合唱コンクールでがんばる生徒諸君! のように思えました。彼らは鳴り響く鐘そのほか打楽器と競ってるかのような印象が。録音環境のせい?

 ここのところは、テンシュテット指揮・ロンドンフィル&コーラスの録音(たぶん1981年)が好きです。コーラスは大人らしく、熱くなりすぎず。打楽器が鳴り響くなか、合唱団を乗せた台がゆっくり後ろに下がっていくように(ほんとに動くわけじゃない、もちろん)感じます。ほら、マーラーだから、まぶたの裏に動画が浮かぶのですわ。

 バーンスタインの2番、最後はけなしてしまったので、金曜日の再放送は居ずまいを正して聴くとします。録音、忘れないようにしないと。
1

夏の出来事を端折って  四季折々

 昨夜、テレビで外国人がジャパニーズなるものを取材し、クールだなんだと楽しくやってる番組を見ていました。そしたら、2年前に東京の友人が連れて行ってくれた、庶民派のうなぎ屋が出てきました。土用の丑の日、神田の街、茶色い壁の角をくるりとまわって連なる人の列。見たことある〜♪ あれは、なかなかのボリュームでありました。

 ああニッポンの夏。今年の8月もあと2日。ブログの更新は何日ぶりかな。もはやいろんな記憶が薄れて混じって…
え〜い、やっつけで行くか。

 引っ越して、新しい部屋で初めての夏。わが街の花火はリビングから、隣町の花火は、掌にのっかるくらい小さくではありましたが、玄関を出て数歩のところから眺めました。かつて、昼間の熱気で腰を下ろせないくらい熱くなった埠頭に陣取って見たことを思えば、ささやかなものです。

 8月6日夕方には、神戸文化ホールへ全日本高校・大学ダンスフェスティバルの受賞作品上演を見に行きました。今年はわたし自身が忙しい時期だったため、せっかくの熱演を見ても、気分の波が平板、低調なまま終わってしまいました。昨日29日にその舞台の録画が放送されたのを見ました。解説者が、作品評をしながら主題や展開などを簡潔に言い添えていて、よくわかりました。シャンとして舞台を見ることができたときは、作品の核は見落としても、もっと自由に、自分の感覚が捉えたことに気を取られ、思を巡らせ、楽しむことができるのだけれど…惜しいことをしました。
3




AutoPage最新お知らせ