一日どんよりとしていたが、仕事を終えて家に着く頃には、雨が降り出した。
例の通り腹ぺこだったので、晩ご飯の食材とともに買って来た「ナタデココ」を一気に食べてから、気合いを入れ、お料理スタート。ラジオをつければ、関西は梅雨入りしたらしいとのこと。雨は横殴りに降っている。
梅雨といえば、「あいつ」がやってくる。節のある黄色い腹。てらてらと黒光りする背中。いやらしく数の多い足。強烈な牙と毒。見るもおぞましい「あいつ」は、サプライズな場所に潜んでいる。
脱いだ服の中に。風呂場の片隅に。布団の隙間に。長靴の中に。
かつて篭タイプのカバンの中に潜んでいた事まである。実に許しがたい輩なのだ。
現在はとりあえずのところ、平地に住んでいるので、彼らと顔を合わす事も少なくなった。しかもせいぜい15センチ程度の体長なので、硬直するほどのパニックには陥らない。
が、実家にいた頃は違う。裏は山だ。ただでさえ湿気があるのに梅雨になれば、半分水の中にいるも同然だ。しかも山育ちのは、からだがでかい。うねうねと長い。丁寧にワックスがけをした黒塗りの車のように背中が光っている。子どもの頃から見ていたって、こればっかりは慣れない。慣れるもんじゃないって!
が、母は強し! この季節になると、私の母親は常時バケツに水を汲んでおき、菜箸か長めの割り箸を常備していた。「ムカデ!!」の悲鳴があがると箸をもって走り、正確にキャッチして、からだをよじるムカデをバケツの水の中に手際よく落とし込み、それでも泳いで淵から這い上がろうとする猛者を、再度箸で追い落とし、8の字を描きながら水底に沈んで行くまで、油断無く見届けていた。
無口で大人しく、ちいさく華奢な人だが、しっかりものでクールな母だった。そんな彼女が持つ意外な特技。ムカデの始末にかけては職人技だった。「プロフェッショナル」の賛辞を贈りたい。どこにそんな度胸と技術が隠されていたのか、と感心する。
しかし、あんなワザは私にはとても伝承できない。あのワザが途絶えてしまうのは惜しい気もするが、私にその素質も技術もないので、あきらめて欲しい。というか、勘弁して欲しい。
Kちゃんがお風呂からあがってきたので、「なーなー、お母さんとこのおばあちゃんはなー、お箸でムカデ捕まえはったねん」と教えてあげたら、「なんか、宮本武蔵みたいやなー」と返って来た。「宮本武蔵はお箸でハエを捕まえはったんやで」
私の母VS宮本武蔵。どちらに軍配があがるかは、読者の皆さんの判断に委ねることにしよう。

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