今日は大変元気であったが、またもや職場まで夫に送ってもらう。道中、「うめめ」や被写体や風景など、写真の話に始終した。
「梅佳代さんが、『東京の人は、いやです、って言ったらホントに撮らせてもらえないけど、大阪の人は、あかん、て言ってても結局は大丈夫だったりします、ってゆうてはった」と言うと、かつて写真部に所属して、大阪の人々を被写体としていたH氏は、「そやそや、おばちゃんなんかも『えー、いやや〜』とか言いながらも、ピースサインしてたもんな」
ふと一つの疑問が私の頭をよぎった。
「なんで写真を撮ってもらうとき、みんなピースサインするんやろ?」
と言う訳で、調べてみました。
出典はいつものように、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』である。まずは、基本形から。
ピースサイン (peace sign) とは、勝利のアピールや平和を祈るサインとして用いられている。意思表示を送る相手に人差し指と中指をまっすぐに離して突き出し、他の指は曲げて手のひらは外に向ける。V の形を作るため、Vサイン (V sign) とも言われる。手のひらを内側にすると侮蔑の意味を表す場合がある。
私は平和運動華やかだった60〜70年代頃から始まったのかと思っていたが、いやいや、ピースサインの歴史は意外にも古かった。もっとも「ピース」という意味からはかけ離れているが。
百年戦争のアジャンクールの戦いで最初に使われたと言われている。イングランド軍の弓兵が敵であるフランス軍を挑発するサインとして使用した。弓兵は歩兵以上に脅威なので、捕虜にされれば指を切り落とされる事もあった。その指を敢えて見せ付ける意味合い(「切り落とせるものなら切り落としてみろ」)がそのサインにはあった。
第二次世界大戦中、イギリス首相チャーチルが、戦争の継続と勝利への強い意欲を表現するためにVサインを使用したのは有名である。 また終戦後、日本の統治にやって来たマッカーサー将軍が、来日した飛行機のタラップでカメラマン達に見せたV(Victory)サインによる勝利宣言はあまりに有名。
チャーチルのVサインは知っていたけど、マッカーサーまでが、まさかVサインをしていたとは。日本に勝利しているのは、すでに判りきってるんだから、わざわざそんなところでVサインしなくてもねえ。日本人を12歳と言ったらしいけど、これがホントなら、マッカーサーも相当ガキだよな。
1960年代、世界中に平和運動が高まり盛んに平和集会が行われるようになると、参加者が自らの健在ぶりと平和への願いを表す意思表示の手段として広く用いられるようになった。
そうそう、やっとおなじみの使用法に辿り着いた。で、ついに写真撮影のピースサインに話が及ぶのである。
撮影されるときにピースサインをするようになった経緯ははっきりしないが、全共闘などの学生運動をしていた学生がピースサインをしていて、その姿をテレビで見て真似たのではないかという説を唱える人もいる。
日本人が撮影される時にピースサインをするのは、井上順がカメラのCMでアドリブでピースサインをした影響だとも言われている。
子供の場合、ただピースサインをするだけではなく、大きい声で撮影者に向かって「ピース」といっていた。但し、「ピース」の正しい意味を理解していた者はあまりいなかったであろう。
修学旅行で卒業旅行で、ピースサイン花盛りのクチだった私たち。まだコドモだったので、フラワーチルドレンや当時の大学生が、とってもカッコいい!と憧れていたいたフシがある。ニコニコ顔の黄色いピースシールもペタペタ貼っていたし。意外にも「ピース」の正しい意味を把握していたのだ。
当時の少女マンガはシンプルで直情的ながらも、なかなか社会派だったのだ。上流社会やカネの力なんて愛のチカラでぶっとばせ!的なラブコメディ、社会的弱者を擁護したり主人公に据えたりするドラマ、学園コメディの敵役の校長が「肉損(ニクソン)」という名前だったりもした。あの頃、少女マンガは「いま」を感知するのに、最適な読み物だったのである。
それにしてもピースサインの仕掛人が井上順だったというのは、すっかり失念していたなあ。そうだったなあ、井上順、カメラのCMに出ていたよねえ。考えてみれば、ピースサインの布教者としては、最適なキャラかもしれない。明るく能天気で争いを好まない。
この際、井上順氏に日本国憲法のCMにも出ていただき、世界にアピールしてもらってもいいかも。ピースサインで日本国憲法。

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