2007/9/15

1993年ロンドン滞在記G  

9月15日(水)
昨日のコンサートでだいぶ暴れた(?)ので
今朝起きたら9:30を過ぎていた。
遅くなりついでにゆっくりホテルを出て
ヴィクトリアから地下鉄でレスター・スクエアに着いたら
12:00を過ぎていた。

今日は朝・昼兼用食だ。
連れ合いのリクエストでまた中華料理店で飲茶にした。
ワンタンメンも頼んで
連れ合いはこれで思い残すことはないと言っていた(笑)

食べ終わってから地下鉄でレスター・スクエアから
ハイド・パーク・コーナーへ行き、ハイド・パークを散歩した。

ハイド・パークは本当に広い。
犬が嬉しそうに遊び、池で釣り糸を垂れている人もいる。
ボートも乗れる。人懐こいリスもいる。
都会の中にこんなところがあるとは、なんてステキなんだろう。

しばらくハイド・パークで過ごした後、ナイツブリッジへ抜けた。
ハロッズの地下でおみやげを買った。
それから「地下鉄に乗るより、歩こう」と連れ合いが言ったので
ヴィクトリアまで歩いて帰った。

今日はホテル近くのテイクアウェイでカレーパンとサモサ
これを夕食にした。

7:00頃ホテルを出て
地下鉄でヴィクトリアからアールズ・コートへ行った。
駅の出口にTBFCのMさんがいらしたのでご挨拶した。

アールズ・コート最終日なので会場内に入ってから
PETAやグリーンピースやフレンド・オブ・ジ・アースのコーナーを
回っていろいろ見た。寄付も少しした。

今日は盛り上がるぞー、と決めて来たので席には着かず
ホール内が暗くなるのをホールの外で待っていた。
20:15過ぎ、客席から歓声が上がり”Help!”が聴こえた。
オープニング・フィルムが始まったのだ。
それを合図のようにしてワタシらもホール内に入り
真っ直ぐ真ん中の通路を通りステージの前へ行った。

ステージ前はもう人で一杯だったが
何とかポールが見える位置に立った。
フィルムが終わり「NOW」の文字が出た。
客席の大歓声に迎えられてポールが登場した。
やっぱり近い!!
連れ合いが「ポール!!」と掛け声を掛けたら
手を振って応えてくれた。やったね!

日本ではこんな近くでなんてポールを見ることはできない。
特に”Yesterday”の時はワタシらのすぐそばの
ステージに向かって左側のマイクで歌う。
”My Love”の時はワタシらの方に向かってウインクしてくれた。
(ワタシらのためだけじゃないのは当たり前だけど)
もう、感動の嵐!!
終盤の”I Saw Her Standing There”では踊り狂ってしまった。

”Hey Jude”が終わって
これで本当にお終いだなあ・・・と力が抜けたけど、何だかほっとした。
ポールは皆に一杯挨拶してステージから消えた。
また日本で会えるよね!ポール!

会場の外に出て
人の波と雨を避けるため少し建物の陰でじっとしていたら
誰か手を振る人がいる。
よく見たら11日に会った女性ファンふたり組のうちのひとりだった。
彼女はとても親しげに話しかけてくれた。
もうひとりのコとは席が別々だったこと
ダフ屋からチケットを買う時に値切ったこと
くまのルパート人形を振ったらポールが応えてくれたことなど
いろいろと話をしてくれた。
ワタシらも昨年渡英した時のことなど、結構長い時間の会話となった。

名前も聞かなかったけど名古屋から来たという彼女は
「コンサートを観るのはもうそろそろこのくらいにしておこうかな」と
言っていた。
一番初めの感動とまではいかなくなっているし
(といってもコンサートがつまらないわけではない)
もう充分ポールに会うことも出来たし心残りがない、と言うのだ。
ワタシらも彼女の話はわかるような気がした。

もう夜も遅いので「またどこかで逢えたら良いね」と言って別れた。
ポールが好き、ビートルズが好き、同じ者同志
何かちょっと嬉しい感じがした。

3日間のコンサートは終わってしまったけれど
連れ合いもワタシも充実感があった。
ロンドンに来て良かった・・・。

アールズ・コートから地下鉄でヴィクトリアに帰った。

**********

1993年9月15日の夜
アールズ・コートからの帰り道
海外でポールを観られるのはもうこれが最後かな・・・
などと思っていたワタシ。

しかしそんなことはなかった。
1999年12月のキャヴァンクラブで
ポールは「いつまでもやり続けるぞ」と言い
それはホントにホントだった。

2002年からのワタシは
そんなポールに導かれた信徒のように
何回か海外に出かけポールを観ることとなった。

そして2007年。
人生いろいろあってもやる気満々のポールは
もはやスゴイを通り越している。
ワタシも頑張らなくちゃね、まだまだついて行くぞ〜。
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