2006/10/5

Lennon親子それぞれの新譜  John Lennon

ジョンとその息子ショーン。
この秋、彼らの新しいCDが店頭に並んでいる。
先日訪れたCDショップでは
大々的にPRされたショーンのCDのとなりに
父親であるジョンのCDがちょこんと置かれていた。

ショーン(ウチの猫じゃないよん)の新譜は8年ぶり。
実はこのワタシ、前作「Into The Sun」を全く聴いていない。
またまたダメファンであることがバレたなぁ。
この機会に買わなくてはねぇ。

さて、今回のアルバム・タイトルは「Friendly Fire」
ネットCDショップで購入者の感想を読んでみると
かなり高評価なので期待できそうだ。

また、DVDも付いており
ハリウッド・スターが参加したPVが収録されている。
その中にはキャリー・フィッシャーの名前が。
(スター・ウォーズでレイア姫を演じていた人)
彼女の元夫はポール・サイモン。
そしてこのCDには彼の息子ハーパー・サイモンが参加している。

その他には
ジム・ケルトナーがドラムを叩いているとか
(Joe Coolさんからの情報〜Thanks!)
マーク・ボランの曲をカバーしてるとか
ビートルズ好きは結構くすぐられてしまいそうな要素もある。

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一方、ジョンのアルバムは同名映画のサントラで
「THE U.S.vs. JOHN LENNON」
未発表音源として
”Attica State(Live)”
”How Do You Sleep?(Instrumental Score)”
の2曲が収められている。

映画は、平和・反戦活動家としてのジョンを追ったもので
米国政権批判が込められている。
映画製作のきっかけは9・11テロとイラク戦争とのこと。
今年のベネチア映画祭では
コンペティションではないオリゾンティ部門で上映され
話題になったという。
日本では来年公開される予定。

ワタシ自身は
ジョンはただのロックン・ローラーだと思っている。
愛と平和でだけしか語られないなら
それはジョンのことじゃない。
ジョンがロックを叫びながら気付いた
平和の大切さや戦争の極悪さ。
この事実に対して再びロックで語りながら
自ら活動を起こしたこと
それはまたジョンの一面でもあった、と理解している。

けれども平和憲法が
そうでないようなものに変えられてしまいそうな
危機的状況となっている現在の日本で
この映画が公開されることは非常に意味があると思う。
ジョンが歌った
”Imagine All The People Living Life In Peace”
この一節の意味を
改めてかみしめなくてはならない時期が来ているのだ。


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2006/2/11

Yoko in Turin  John Lennon

イタリアのトリノで第20回冬季オリンピック競技大会が開幕。
オープニング・セレモニーではオノ・ヨーコがスピーチを行った。

ワタシは再放送で観たのだけど
白っぽい銀色のビニールみたいな素材に見える?衣裳に
アタマからすっぽり身を包んだ28人のパフォーマーたちが
ステージに張られたワイヤー・ロープを降りたり登ったりする
独特なパフォーマンス(まるでシルク・ド・ソレイユみたい!)

その最後にパフォーマーたちが皆真ん中に集まって来て
何をするのかと思っていたら
形作られたのは平和の象徴の”ハト”
わぁ!凄い凄い!何てよくできたパフォーマンスなのだろう!

それに感動してる間に出てきたのはヨーコだった。
おおっ!これも凄いタイミング!
ヨーコは真っ白な衣装に身を包み
最初のひと言は「Imagine peace!」

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いつものヨーコらしい世界平和への願いをスピーチし
「夫のジョン・レノンもそう歌っていた」と言ってから
最後に Imagine の歌詞を読み上げた。
「Imagine all the people, living life in peace」

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その後、ピーター・ガブリエルのピアノと歌で
Imagine がオリンピック・スタジアムに響き渡った。

トリノ・オリンピック組織委員会は
「ジョン・レノンさんが亡くなって25年。
 平和をアピールするのに最適な人と考えた」
と起用の理由を説明していたそうである。


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2006/1/5

JOHN LENNON’S JUKEBOX  John Lennon

昨年からずっと欲しかったCDがやっと手に入った。
ジョンが60年代後期に所有していたポータブルジュークボックス
の中に収められていた楽曲を集めたアルバム
JOHN LENNON'S JUKEBOX (EU盤)である。
このアルバムにはジョンが強く影響を受けた
40曲ものソウル、R&B、ロックンロール・ナンバーが収められている。

自分の好きなアーティストは、他のどんなアーティストまたは曲に
影響を受けていたのか?
数年前からそれがとても気になるようになった。
しかし原曲を集めるのはかなり根気のいる作業だったので
何もせず今に至っていた。
それが今回少しだけわかったのは嬉しいことだった。

このアルバムにはビートルズがカバーした
Long Tall Sally Money (That's What I Want) Some Other Guy
Twist and Shout Ooh My Soul Bad Boy が入っている。
またジョンがソロになってカバーした
Be-Bop-A-Lula Slippin' And Slidin' Bring It On Home To Me
が入っている。
特にSlippin' And Slidin' はバディ・ホリーとリトル・リチャードの
それぞれのバージョンが収録されているのでおトクである。

興味深かったのはポール・マッカートニーが1999年に製作した
ロックン・ロールアルバム Run Devil Run でカバーした
She Said ”Yeah”と Brown Eyed Handsome Man が含まれていたこと。
やっぱりふたりのルーツは同じところにあるんだなぁ。
今さらだけどミョーにナットク。

ビートルズを聴き慣れているとは言え
彼らがカバーした曲の出来は原曲を上回っていると感じた。
特に Bad Boy はジョンの声の出し方と歌い回しが絶品。
20代半ばであんなに色っぽく歌えたジョンは
女性に対して余程の Bad Boy だったに違いない(苦笑)
あ、ポールも負けてないかな(爆)


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2005/12/9

Things Left Behind  John Lennon

2002年の秋だったか冬だったか、ジョン・レノン・ミュージアムで
John Lennon/Things Left Behind on His Last Moment
という展示がされたことがあった。

これはファンにはかなり辛い展示で
見に行こうかどうしようかとても迷ったけれど
展示を許可したヨーコの心情を思って見に行った。

しかし頑張るつもりがやっぱり耐え切れず
展示を見ながらずっとポロポロと涙をこぼしていた。
それでもこれだけは絶対に直視しなければいけないと思い
意を決して見たものがある。

それはとてもとても怖くて辛くて悲しいもの。
ジョンが最後に着ていた服・・・撃たれて血に染まった服・・・。
それが警察から返されたそのままこの袋の中に入っている。

ほんの一瞬の出来事で命を落としたジョン。
その無念さと残酷さを思った時、涙で目の前が見えなくなった。
「こんなことは二度とあってはならない」
ヨーコの思いが痛いほど伝わる。

この袋の写真をここに載せることも迷ったが、やはり載せてしまった。
見たくなかった方、ごめんなさい。


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2005/12/8

追悼の日  John Lennon

日本時間で言うと今日じゃないのだけどやはりこの日に。

今日は午後から無理に休暇を取って(あぁ仕事が・・・)
ジョン・レノン・ミュージアムへ。
ミュージアムができてから毎年恒例の献花をして来た。

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今年も行くことができて良かった。ホッとした。
ミュージアムの存在については賛否両論あるけれど
国内で献花できる場所はここしかないと思う。
ニューヨークまで行くことはとてもできないから。

悲しいことにワタシは
ジョンが亡くなったというニュースが流れた日のことを
何ひとつ記憶していない。
何年か経ってから当時使っていた手帳とか
その他何か書いていたようなものを見てみたけれど
ジョンの死については何の記録もなかった。

ビートルズが大好きで、ジョンも大好きだったのに
ワタシはあの日何をしていたんだろう。
ジョンが亡くなったという事実を受け入れることを
本能的に拒絶してしまったのだろうか。
だけど今でも理由はわからないまま・・・悲しい。

そんなことがあって、とてもジョンに申し訳けなくて
お詫びするようなキモチで毎年献花に行っている。

今夜はアルバム Mind Games を聴いている。
その中の Out The Blue が好きだから。
”I was born just to get to you”
こんな歌詞書いてしまうのは、ジョンならでは。
いじらしいというか、可愛いというか。

ジョン・レノン
あなたに会うことはできなかったけれど
あなたの歌はいつでもみんなの心にあります。
どうぞ安らかに眠っていてください。


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2005/12/7

聖人じゃない!  John Lennon

ジョンが亡くなって明日で25年。
月日の流れは早いものだ。

区切りの年?(四半世紀だから?)のせいか
今年は12月が近づくに連れ
特にあちこちでジョンの曲が流れ
色んな雑誌にも特集記事が載っているようだ。

ジョンを取り上げてくれるのは嬉しいのだが
記事などの中でひとつ気に入らないことがある。
それはジョンを聖人扱いすることだ。

確かにジョンは平和運動もチャリティもした。
ヨーコとの間にショーンが生まれた時は
当時としては画期的な主夫という役割もして
優しいパパになった。

でもジョンは聖人ではない。
ただのロックンローラーだよ!

シンシアとの子供、ジュリアンが幼い頃には
ちっとも良いパパじゃなかった。
そんなジュリアンを励ます歌がポールの Hey Jude だ。
ヨーコと一時的に別居し
毎晩酒を飲んでは大騒ぎしていた「失われた週末」
それもジョンの一面なのだ。

だけど、ジョンが大好きだ。
思ったまま一途に行動したジョン。
ビートルズで名声を得ても精神的に休まる時間は短く
上手く行くことより挫折の方が多い人生だったかも知れない。
しかし、その全てをジョンは曲に託し
ワタシたちに贈ってくれたのだ。

みっともない姿で悪あがきしながら作った曲だから
なおさらワタシたちの心を打つのだ。
カッコつけないその姿が、実は真のカッコ良さなのだ。

もう一度言う。
ジョンは聖人ではない。
ロックンローラーであっただけ。


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2005/11/6

Imagine  John Lennon

昨日の朝日新聞にフジフィルムの全面広告が。
ジョンとヨーコの写真を使用したもので「PHOTO IS」というタイトル。

この「PHOTO IS」はすでにテレビCMで放映されており
オノ・ヨーコさんがモノクロ画面の落ち着いた映像で
画面から静かに語りかけてくる。
そしてバックにはジョンの Imagine が流れている。

さて Imanine はあまりにも有名な曲だけど
ジョン・レノンの歌う Imagine にまさる Imagine は存在しない。
どんなに歌の上手い人が歌ってもジョンを超えることはできない。
ジョンが歌うことで Imagine という曲が成立していると思うから。

フジフィルムのサイトではこのCMを観ることができ
CM撮影時のちょっとしたエピソードなども紹介されている。

ヨーコさんがいなければ
Imagine という曲が作られることもなかったんだよなぁ。
昔はヨーコさんのことをよく理解できず
誤解していた時期もあったけれど
今はヨーコさんに感謝!


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2005/11/1

YES  John Lennon

週刊モーニングに連載されている
佐藤秀峰 作「ブラックジャックによろしく」
医療現場を舞台にした社会派マンガである。
そのため内容は深く重い。

今週号で”精神科編”が完結した。
あらすじはここにはとても書ききれないので
興味のある人は単行本を買って読んでみて欲しい。

”精神科編”の最終話では
精神病患者に対する世間の偏見に
耐え切れなくなり自殺を図った男性患者が
奇跡的に一命を取り留める。

彼は同じ精神病患者である女性と
お互いに好意を持ち合っていた。
生死を彷徨う意識不明の中で彼は彼女の夢を見た。
夢の中で見た彼女が彼に生きる力を与えたのだ。

そして意識を取り戻した彼が
このマンガの主人公である男性研修医に語り始める。
ジョンとヨーコが初めて会った日の話を。

その話を読み終わりページをめくると
まっさらな2ページに小さい文字が書かれている。
それはもちろん
   
YES

最後のページには精神病患者同士の男女が
寄り添って歩く後姿が小さく描かれていた。

決してキレイごとで終わったわけではない。
この先、彼らが幸せになれる保障はない。
今以上に不幸になるかもしれない。

しかし彼らは愛情という強い絆で結ばれたのだ。
愛し愛されているという充実感は

YES

この言葉を信じて生きて行く自信に繋がったのだ。
そう思いたい。

ところで
このマンガでジョンとヨーコのエピソードに
出会えるなんて。
驚いたなぁ。


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2005/10/28

ジョンの教科書  John Lennon

一昨日ジョン・レノン・ミュージアム・カフェに寄った時
ミュージアム入り口付近に展示してあった英語の教科書。
その中にズバリ「John Lennon」というのがあった。
ジョンの少年時代からビートルズになるあたりまでが
書かれていた(と思う。)


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これって副読本なのだろうか?
ひとつの章の終わりには練習問題があって
カッコ内に単語などを入れるように指示されている。
ビートルズ・ファンの中学生だったら
こんな教科書楽しいだろうなぁ。

もしも中学生のワタシがこんな教科書に出会っていたら
見ただけで即、驚喜のあまり卒倒してるに違いない。

オトナの立場から言えば
ジョンが教科書に載っちゃうなんて
何だかヘンな感じである。
だってジョンはただのロックン・ローラーだもの。

良いのか悪いのか、時代は変わったんだなぁ。
ジョンもあの世で苦笑いしてるかも。

しかしこのポール、全然似てないじゃん!


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2005/10/9

Happy Birthday John!  John Lennon

ジョンももう65歳なんだねぇ。
お誕生日おめでとう、ジョン。
そしてショーンもおめでとう。

ついでに猫のションタロもおめでとう。
拾って来たからホントはいつだかわかんないんだけど
お誕生日がないとかわいそうなので10月9日に決定〜。

英国の音楽雑誌「Q」11月号はジョン65回目の誕生日を祝って
特集を組んでいる。
ポール手書きのメッセージが掲載されているのは貴重だ。
表紙は2種類あるが、雑誌の中味は同じ。
オマケのCDはどちらもジョンのカバーが14曲。
しかしそれぞれ1曲だけ違う曲が入っている。

今日はこの雑誌を並べてジョンを想う。


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2005/10/7

Dream Power ジョン・レノン・スーパー・ライヴ 2005  John Lennon

今日は夜に備えて午後から休暇。
仕事帰りに渋谷のCD・レコードショップを見て回る。
ポールのニュー・アルバムのアナログ盤を探したが
第一便はすでにソールド・アウト。
ファンの方々、皆さん出足が早い。
もうひとつの目的、ジョンの生誕65周年を記念したベスト盤
WORKING CLASS HERO はゲット。


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今夜は日本武道館まで
Dream Powerジョン・レノン・スーパー・ライヴ2005を観に行った。
早めに到着したので武道館の近くでひと休みしていると
向こうからどこかでお見かけした方が・・・。
何とポール好きのNくんではないか!
こんなジョン関係のライブでも
ポール好きは惹き合ってしまうのだろうか(爆)

ライブ開始前には往年のニッポン放送DJ、亀淵昭信さんが登場。
ステージの隣にセッティングされたDJブースで前フリ。
「株主総会よりもこの方が落ち着きます」
みたいなことを話していた。

DJ亀淵さんはビートルズ日本公演の音を流す。
画像はなく、当時の司会者E.H.エリックさんがビートルズを
紹介する声、悲鳴のような歓声、そして
ジョン、ポール、ジョージが楽器をチューニングする音。

その後、スーパー・ライブが始まった。

良かったのは LOVE PSYCHEDELICO の Real Love
Oh! Yokoもね。
期待どおりのトリビュートぶり。
ボーカルのKUMIもギターのNAOKIも弾けてた。
ジョンの曲を歌えてきっと嬉しかったんだろうなぁ!
ヨーコにも会えたしね。
やっぱりこういう人たちが出なくちゃ意味がない。

大いに感動させてくれたのが忌野清志郎。
彼は真のロックンローラーだと再認識したよ。
歌う前、こんな風に観客に訴えかける。
「21世紀になっても全然平和になんてならないじゃないか!」
「日本国憲法第9条はジョンの曲みたいじゃないか!
 憲法第9条を自慢しようぜ!なんでもっと自慢しないんだ!」
ホントにその通りである。
彼の迷いのない雄叫び、久しぶりにスカッとした!!
そうだよ!改憲なんて、第9条を無くすなんて、絶対にやめよう。
ワタシも自分に言い聞かせた。

清志郎は自分流に訳した詞で Mother と Imagine を歌った。
日本語なのにマジでカッコ良かった。

ところでほとんどバックバンドに徹していた杉真理。
今回、彼の果たした役割は大きかったと思う。
彼の、Imagineの歌詞に関する思いを語るのを聞いて
ちょっぴりナミダが出そうになった。

また、宮本亜門もステキな演出をしてくれてた。

そして最後、ついにオノ・ヨーコがステージに現れた。
この夜の彼女のパフォーマンスはおそらく一生忘れられないと思う。

フィリピンで夫が妻を殺した事件にインスパイアされて作ったという
I Want You To Remember Me
この曲にはそれだけでなく大国が小国を戦火に巻き込む悲劇・・・
そんな意味もあるらしい。

ヨーコは、ある時はセリフを語りながら
そしてある時は昔から変わらぬあのウォーウォーとか
ヒィーというような叫び声で歌う。
ジョンと一緒にパフォーマンスしていた頃のままだ。

ヨーコの叫びからは強い「怨」を感じる。
まるで抑圧された人々の代わりになって歌っているよう。
そんな彼女からのパワーを受け止めるのは大変だ。
ワタシはしばらくの間、全く身動きができずに聴いていた。
凄かったぁ・・・。

長丁場で少し疲れたけど今夜は良いライブが観れた。
これもジョンのお陰かな。
ジョン、ありがとう。
皆、ジョンのことが大好きだよ。


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2005/5/6

今この時にこそ  John Lennon

ジョンがいてくれたらなぁとつくづく思う。
自衛隊は当然のようにイラクへ派遣された。
そして憲法第9条の見直し論に拍車がかかっている今
ジョンがいたらワタシたち日本人に何と言ってくれるだろうか?

ここにご紹介するのは1947年に文部省が発行した
中学1年生用の社会科教科書に書かれていた一部である。
長いし平仮名が多くて読みにくいけど
今読んでも新鮮な内容だと思う。

「戦争の放棄」
 みなさんの中には、こんどの戦争に、おとうさんやにいさんを送り出された人も多いでしょう。ごぶじにおかえりになったでしょうか。それともとうとうおかえりにならなかったでしょうか。また、くうしゅうで、家やうちの人を、なくされた人も多いでしょう。いまやっと戦争はおわりました。二度とこんなおそろしい、かなしい思いをしたくないと思いませんか。こんな戦争をして、日本の国はどんな利益があったでしょうか。何もありません。ただ、おそろしい、かなしいことが、たくさんおこっただけではありませんか。戦争は人間をほろぼすことです。世の中のよいものをこわすことです。だから、こんどの戦争をしかけた国には、大きな責任があるといわなければなりません。このまえの世界戦争のあとでも、もう二度と戦争はやるまいと、多くの国々ではいろいろ考えましたが、またこんな大戦争をおこしてしまったのは、まことに残念なことではありませんか。
 そこでこんどの憲法では、日本の国が、けっして二度と戦争をしないように、二つのことをきめました。その一つは、兵隊も軍艦も飛行機も、およそ戦争をするためのものは、いっさいもたないということです。これからさき日本には、陸軍も海軍も空軍もないのです。これを戦力の放棄といいます。「放棄」とは「すててしまう」ということです。しかしみなさんは、けっして心ぼそく思うことはありません。日本は正しいことを、ほかの国よりさきに行ったのです。世の中に、正しいことぐらい強いものはありません。
 もう一つは、よその国と争いごとがおこったとき、けっして戦争によって相手をまかして、じぶんのいいぶんをとおそうとしないということをきめたのです。おだやかにそうだんをして、きまりをつけようというのです。なぜならば、いくさをしかけることは、けっきょく、じぶんの国をほろぼすようなはめになるからです。また、戦争とまでゆかずとも、国の力で、相手をおどすようなことは、いっさいしないことにきめたのです。これを戦争の放棄というのです。そうしてよその国となかよくして、世界中の国が、よい友だちになってくれるようにすれば、日本の国は、さかえてゆけるのです。
 みなさん、あのおそろしい戦争が、二度とおこらないように、また戦争を二度とおこさないようにいたしましょう。 


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2005/4/14

TRUNK LTDのTシャツ  John Lennon

ポールのTシャツはライブ会場で入手できるので
ある程度持っているが
ジョンのはほとんどなかった。
探してもカッコいいものはあまりなかったし。

ところがこのTRUNK LTDのTシャツは
色もデザインもクール。
それにわざと着古した感じに作ってあって
カッコいい。
ネットで見つけてすぐ手を出してしまった。

それが今夜到着〜。
着心地もいいし
サイズもピッタリだった。
でももう少し痩せてる自分だと良かったんだけど。

またビョーキが出たと笑われそうだが
やっぱり欲しいものは欲しいのよ。
あはは〜(笑ってごまかす)


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2005/4/3

67年の頃  John Lennon

何かダマされてるなぁ〜と思いつつ
表紙を見るとつい買ってしまう「Rock In Golden Age」
第3号は”サマー・オブ・ラブ”の真っ只中にいたビートルズの
記事が中心。

この頃のジョンのスガタ〜カタチが好き。
メガネをかけてるトコもかけてないトコも
ヒゲがある顔もない顔も。
この頃のジョンはワタシのお気に入り。

ジョンは時代によって
わりと極端に見かけの変わるヒトだけど
何を着てもどんな髪型をしても
不思議に似合ってしまう。
おシャレなんだよね〜。
その点、ポールはたまにハズしちゃう(苦笑)

ところで・・・
生ジョンにお目にかかることはできなかったが
生ジュリアンにはサイン会で握手してもらったことがある。
”ジョンと間接タッチできたんだなぁ〜”なんて
しばし感動してしまったっけ。
もちろん生ジュリアンに会えたことも
嬉しかったんだけど・・・ジュリアンごめんね。


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