2008/7/10

WINGS U.K. TOUR 1975  Paul McCartney

7月6日にお会いしたビートル系友人のUさんからいただいた
ウイングスのポスト・カード。
1975年英国ツアーの時のものらしい。

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とても保存状態が良く
30年以上経過しているにもかかわらず全く遜色がない。
メンバー全員写っているのとリンダのと。

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ポスト・カードにはロンドンの出版(印刷)会社の名前らしいものが。

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70年代当時は
「どうしてポールはいつもいつもリンダと一緒なんだろ?」
「ポールはどうしてそんなにリンダが好きなの?」
なんて思っていたなあ。
子どもゴコロに
「あんなに素敵なポールには、すんごい美人の妻がいて当たり前」
と思っていたからねぇ。
リンダ、ごめんなさ〜い!

「ポールにはリンダという女性がとても必要だったんだ」
そう思えたのはずっと後になってからのこと。
わかってないねぇ、ワタシ。

ポールにはまた危なっかしいガール・フレンドがいるみたい。
大丈夫かな・・・ポールがもう辛い目に遭いませんように。
リンダ、ポールを守ってね。


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2008/7/6

ぽうる  Paul McCartney

ビートル系友人Nさんのお宅で
UさんとSさんにお会いする機会があった。

彼女たちは学生時代からの友人同士で
お互いにビートルズ・ファンという関係。
先日はUさんがSさんを誘って
リバプール&ロンドンのツアーに参加
そこでNさんやワタシと意気投合してくれた。

彼女たちはほぼワタシと同年代。
でも違うのは
学生時代にはワタシなどよりず〜っと濃い〜い
ビートルズ・ファンであったこと。

ふたりでビートルズ映画を観に行った時
こっそり録音していたことがあるとか
(今はもう時効なので許されるだろう)
日本のウイングス・オフィシャル・ファンクラブに
入会していたとかいうお話を聞いて
すっかり感心してしまったのだった。

今日はそのおひとり、Uさんから
今まで大切に保存されていた貴重な小冊子と
ポスト・カードをいただいた。
(ポスト・カードは後日ご紹介する)

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「ぽうる NO.8」と書かれた小冊子の発行元は
Japan Official Paul McCartney&Wings Fan Club
となっていて、発行年月は1976年8月。
今から30年以上も前のものだ。

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主な内容は目次にあるとおりだが特筆すべきは
5月3日から6月22日まで行われたウイングスのアメリカ・ツアー
つまり”Wings Over America”について。
それも5月26日のマジソン・スクエア・ガーデンでのライブ・レポ。
ファン・クラブ会長である日本人女性E.Mさんの観たライブの様子が
4ページに渡って書かれている。

すべてここに紹介できないのが残念なくらい臨場感あるレポの他に
やはりE.Mさんによるライブ関連やメンバーについての小ネタなど
興味深い文章を読むことができる。

当時、アメリカでのウイングス人気はすさまじいもので
(それはもちろんわかってはいたけれど)
まだ陽の高いうちからライブ会場に集まって来たファンは
「誰もが常識のようにウイングスのTシャツを着ていた」
そうである。

あぁぁぁぁ!もしもタイム・マシーンがあったなら
今すぐそこに飛んで行きたい気分だなあ!

あと、時代だなぁ〜と思ったのは
ライブ会場内でマリファナを吸うのが当たり前だったこと。
あ、E.Mさんは勧められたが断ったと書いていた。

最後にちょっとびっくりしたのは
このファン・クラブの私書箱が
現在ワタシの居住しているK市N区になっていたこと。
1976年にはワタシはまだ高校生だったから
K市には住んでいなかったけれど。

ところでファン・クラブ会長のE.Mさん
彼女は今どこで何をされているのだろうか?
今でもポールのファンでいてくださっていると良いな。

このファン・クラブの存在をご存知の方
また、会員だった方で
もしこの駄ブログを読まれている方がいらしたら
何かコメントいただけると嬉しいです。
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2008/6/20

European Capital of Culture 2008  Paul McCartney

”欧州文化首都”とは何か?

「真のヨーロッパ統合には、お互いのアイデンティティーとも言うべき
文化の相互理解が不可欠である」
というギリシャの文化大臣メリナ・メルクーリ(当時)の提唱により
1985年より”欧州文化首都”制度が発足。
以来、EU加盟国(当時EC)の文化閣僚会議でEU加盟国の中から1都市を選び
”欧州文化首都”として定め
一年間を通して様々な芸術文化に関する行事を開催し
相互理解を深める事となりました。
この制度には
「政治的、経済的な条約や協定締結だけでは一つのヨーロッパの実現は難しく
統合実現には文化が重要な役割を果たす」
という各国文化大臣の考え方も込められております。
(EU・ジャパンフェストのウェブ・サイトより)

メリナ・メルクーリさんといえば
もう亡くなったけど有名な女優さんだよね。
彼女が”欧州文化首都”を提唱したとは初めて知ったな。

今年、2008年の欧州文化首都にはリバプールが選ばれ
(あとひとつはノルウェーのスタバンガー)
芸術文化に関する行事の一環として開催されたのが
ポールがヘッド・ライナーを務めたコンサート
「The Liverpool Sound」であった。

そのコンサートを観るため訪れたリバプール。
街を歩くとあちこちにポールの姿が。
全て”欧州文化首都”に関するイベントPRのため。

「あっ、ポールがいる!」
といってもホンモノがいるわけじゃないのに
反応しまくり、写真撮りまくりだった(笑)

ピア・ヘッドにあるザ・スリー・グレイセス(三美神)
と呼ばれているリバプールを象徴する3つの建物
ザ・ロイヤル・ライヴァー・ビルディング
キュナード・ビルディング
ザ・ポート・オブ・リバプール・ビルディング。

そのうちのひとつ
キュナード・ビルディング前にはポールがいっぱい並んでいた。

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港からの風にはためくポール。
ポールはいつもワタシを良い気分にさせてくれる。
あぁ、幸せ〜!

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港から少し離れた通りに
また異なったスタイルのポールがいた。

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もうちょっとポールに寄ってみる。
楽しげなポールにこちらもつい微笑んでしまいそう。

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はためいていたポールがここでは大写しに。
しばらくここから離れたくない気分だったよ。


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2008/6/18

Happy Birthday MaCca!  Paul McCartney

ポールが66歳になった。
お誕生日おめでとう!

今日は「Band On The Run」を聴いた。
友人からのメールには
「ポールの誕生日でめでたい気分」と書いてあった。
世界中のポール・ファンが同じ気持ちなんだろうな、と思った。

ついこのあいだまで
いろいろ辛いことのあったポールだけど
今、また前に進んで行ってくれている。
それは本当に嬉しいことだ。
でも、無理はしないでね。
少しずつでいいからね。

そんなポールがいるからワタシも元気が出る。
これからもきっとそうだと思う。
きっとね。


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2008/6/1

THE LIVERPOOL SOUNDB  Paul McCartney

ステラ・マッカートニーがデザインした長袖Tシャツの上に
「No More Landmines」の赤い半袖Tシャツを重ね着。
これが今夜ポールに会う衣裳。

はぁ〜〜〜。だんだんドキドキしてきた。
「THE LIVERPOOL SOUND」のメイン・アクト
ポール・マッカートニーのライブが始まるのだ。

ステージ脇のスクリーンには
ポールに関連した写真やグッズをコラージュしたフィルムが
次々と流されていく。
珍しいものも映っていたように思う。
(また観てみたいなあ・・・このフィルム)

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フィルムと同時に
「Fireman」や「Twin Freaks」のように
ポールの作品をミックスした曲が聴こえてくる。
かつて聴いたことのないミックスではないだろうか。
もしかしてこれからリリースされるミックス?
かなり気になった。

しばらくしてステージ上にいた準備のクルーが消えた。
スタジアム内は何ともいえない期待感に包まれ・・・
ついにヘフナーを抱えたポールが登場したのだった!

マイクに向かっていきなりポールが歌い出したのは
”Hippy Hippy Shake”
うわぁ、ポールだ、ホンモノのポールが動いてる!
それにこんな曲、ポールのソロじゃ聴いたことない!

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(ワタシのデジカメではこれが限界・・・泣)

ライブのタイトルどおりに
リバプール・サウンド、それも
ビートルズもカバーした”Hippy Hippy Shake”だ。
思わず隣のNさんと顔を見合わせたワタシ。
Nさんも嬉しそうに頷いている。

ライブの始まりを盛り上げる定番の”Jet”では
いつものように「Jet!」と歌いながら
ポールと同じように空を指差す。
天にも昇るほどキモチ良い瞬間だ。

”Drive My Car””Flaming Pie”
”Got to Get You Into My Life”
”Let Me Roll It”

ライブでよく演奏される曲が続いた後
予想どおり復活したのがこの曲
”My Love”
ポールってわかり易い人なんだよねぇ(笑)
離婚が決着したらリンダへの曲が即、復活!
そんな素直なあなたが大好きで〜す、ポール!

ポールが好んで歌う2曲。
”C Moon””The Long and Winding Road”

やはりニュー・アルバムからの曲はなし、か・・・
と思っていたらここで出た。
”Dance Tonight”
マンドリンを持ったポールはとっても可愛いらしくて
(ワタシはそう感じてしまう)
そのポールが生で観れて嬉しかったなあ。
ポールの一番小さい娘、ベアトリスもこの曲は歌えるらしい。

”Blackbird”の次には
”Calico Skies”をやってくれた。
あの大阪公演での想い出の曲。
「In The World Tonight」の中でギターを弾きながら
リンダに捧げるように歌っていたシーンも印象的だった。
ライブではそれよりアップ・テンポで
明るいバージョンになっているけれど
大好きな曲であることには変わりない。

リバプールに因んで演奏された
”In Liverpool”
聴き憶えがなく?と思っていたが
ポール自作と後で知った。
だけどちょっと掴みどころのない曲のような・・・。

ビートルズ・ナンバーが2曲。
”I’ll Forrow The Sun””Eleanor Rigby”

そしてこのライブを観に来ていた
ジョージ・ハリスンの妻オリビアが観ている前で
”Something”
な〜んとこれが「Concert For George」バージョン。
ポールのウクレレで始まるが途中からバンドも加わるので
とても広がりのある感動的なナンバーとなる。
素晴らしい瞬間であった。

ところが”Penny Lane”の時
ポールがミス・・・始めたばかりで突然
曲を止めたのだ。
冗談でなはくてホントに間違えた様子だった。
何か呟くようにMCし、ポールは最初からやり直した。
ちょっと驚いたけど
大会場でのライブは久しぶりだもの
そういうこともあるかもねぇ。

この後ポールが紹介したゲストは
かねてから出演がアナウンスされていた
フー・ファイターズのギタリスト、デイブ・グロール。
彼を交えて始めた曲は
”Band on the Run”
フー・ファイターズもカバーしているらしい。

デイブは少年のようにとても嬉しそうにギターを弾く。
現在、超人気バンドとして君臨している
フー・ファイターズのフロントマンを
バック・バンドの一員のようにしちゃうポール。
うひゃ〜贅沢の極み!やっぱり格が違うのねぇ。

しかしその次の曲で、デイブ本来の魂を見せ付けられた。
それは彼がドラム・スティックを握ってのパフォーマンス
”Back in the U.S.S.R.”

デイブ・グロールはかつて
あのニルヴァーナのドラマーだったそうなのだ。
ニルヴァーナは今は亡きカート・コバーンが作った伝説的バンド。
(カートはビートルズが好きだったそうだ)
ニルヴァーナ時代にデイブは
ハンブルグ時代のビートルたちを描いた映画
「Backbeat」のバック・ビート・バンドに参加
ドラムを叩いている。
(余談だが、このサントラCDには熱狂的ファンがいる)

さすがに
ハンブルグ時代に演奏していた曲ではなかったものの
この”Back in the U.S.S.R.”は
今回のポールのライブで一番印象に残ったナンバーとなった。

何故かといえば
デイブ・グロールのロック魂溢れるパフォーマンスに
ポールが思い切り反応していたのである。
ここぞとばかり髪振り乱し叩きまくるデイブ。
そりゃ〜もう、カッコ良かったのだ!
(ワタシでさえ、すっかりデイブのファンになっちゃったくらい)
デイブのそんな様子に呼応するように
ポールのパフォーマンスも最高潮。
パワフルなボーカルでノリノリのポールに
ワタシも嬉しくて嬉しくてピョンピョン飛びながら歌ってた!

デイブ、ありがとう〜。
ポールも嬉しかったと思うよ〜。

”Live and Let Die””Let It Be”
”Hey Jude”
あぁ、だんだんライブも終わりに近づいていく。
ポールと一緒に歌いながらも
寂しくて切ない気持ちが増してくる。
嫌だ〜終わらないでぇ〜まだポールを観ていたいよ〜。

ついにアンコール。
”Yesterday”
ポールがひとりで歌うのをもう何回観たことだろう。
それでもいつまでも観ていたいんだよねぇ。

そして今回のリバプール、スペシャルなナンバーが始まった。
”A Day in the Life〜Give Peace A Chance”
今は亡きジョンと観客席にいるヨーコに捧げたこのメドレー
歌うポールにヨーコは手拍子で応えていたそうだ。
歴史的な一瞬だった。

けれど残念ながら
1990年リバプールでのジョン・メドレーの時のように
観客側から歌声が起こり、再びポールが歌い出す・・・
ということはなかった。
1990年の時はワタシもその場にいたから
あの時の感動ははっきり憶えているけれど・・・。

それでもポールの”Give Peace A Chance”を聴きながら
バック・スクリーンにくっきりと映ったピース・マークを
永遠に忘れることはないだろう。

”Lady Madonna”
この曲は大好きな曲。
だからバンドと一緒にコーラスした。

ラスト・ナンバーは
オープニングに同じくロックン・ロールで飾られた。
”I Saw Her Standing There”
デイブ・グロールが再び登場しドラムを叩く。
これぞバック・ビート・バンド!
ワタシも声を上げ踊りまくった。
やっぱりポールはロックン・ローラーなのだ!

傷心の日々の後、また前に進み出す時
ポールはいつもロックン・ロールに戻るのねぇ。

ライブが終わって
アンフィールド・スタジアムの空に大きな花火が打ち上がる。
あぁ、終わっちゃった・・・。

ワタシは・・・
ポールに会えたのは嬉しかったけど・・・
今日のポールは完璧なポールじゃなかった・・・
いつもと違う・・・
いつものポールはもっと凄いもの・・・
いつもなら涙を流すほどだもの・・・
ポールごめんね、物足りないよ・・・
だからまたすぐに会いたいよ・・・
また会いたい・・・

ポールのライブを観終わってこう思ったことは初めてで
自分でもショックだった。
(その理由は、何日か経ってからやっと理解できたのだが)
この日は、それ以上あまり深く考えないことにした。
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2008/6/1

THE LIVERPOOL SOUNDA  Paul McCartney

アンフィールド・スタジアムへの
とっても狭くて通り難いエントランス(フーリガン対策か?)に
チケットを提示していよいよ入場。

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スタンド席の椅子は意外に小さく、また前後は狭かった。
東京ドームも真っ青なくらいである。
そのうえチャチな椅子は
何回壊されてもすぐ取り替えられそうな材質のようで、苦笑い。
英国のサッカー場って、どこもこんな感じなのだろうか・・・
などと失礼なことばかり思い浮かぶ。(ごめんなさい)

そんなこんなのうちに、客席がどんどん埋まってきた。
ポールが出て来るまでにはまだ時間がある。

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そしてステージの準備が整い
一番手のアーティスト、ズートンズ(The Zutons)が登場した。
彼らはリバプール出身で売出し中の若手ロック・バンド。
いろいろなジャンルの音楽を混成させたような音を出す。
エッジの効いたタイトな演奏で充分に楽しませてくれた。

初めて観たズートンズ。
彼らは5人編成だが
珍しいのは女性サックス・プレイヤーがいること。
彼女はバンド内で紅一点・・・だから、目立つ。
おまけにそのアビィ・ハーディング嬢はキレイなコなので
なおさらステージ栄えするのだった。
フジ・ロックで来日したこともある彼ら。
そのうちまたどこかでお目にかかりたいものだ。

二番手に現れたのはカイザー・チーフス。
リーズ出身のバンドだ。
彼らもフジ・ロックで来日していたし
以前からバンド名だけは知っていたが
ライブを観るのは初めてだった。

ステージには「KAISER CHIEFS」の文字が
飛び出すように書かれた背景となっていて
それはまるで「MAGICAL MYSTERY TOUR」のロゴを
彷彿とさせるような、粋な演出になっていた。

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カイザー・チーフスのボーカルであるリッキー・ウィルソン。
彼はステージを所狭しと動き回り続ける。
そのエネルギッシュなパフォーマンスには脱帽だった。
リッキーの少し崩したトラッド風の衣裳もカッコ良く
このバンドもいつかまた観てみたいバンドだと思った。

ふたつのバンドのライブが終わり
この一大イベントの最後を飾るのは
ポール・マッカートニーその人だ。
あとほんの少しでポールに会えるはずなのに
あまりに待ち過ぎたワタシには未だ信じられないような
不思議な時間が流れていたのだった。
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2008/6/1

THE LIVERPOOL SOUND@  Paul McCartney

ずいぶんと長い間待っていたこの日。
ポールのパフォーマンスを生で観られるワタシはシアワセ者だ。

ライブが行われるアンフィールド・スタジアムは
リバプールのサッカー・チームで
ライヴァー・バードをシンボルにし
赤をチーム・カラーにしている
「LIVERPOOL FOOTBALL CLUB(LFC)」のホーム・グラウンドだ。

そこでLIVERPOOL F.C.に敬意を表し
事前にオフィシャル・ショップでチーム・マフラーを購入。
ライブ当日、首に巻いて行った。

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(デザインがカワイイので結構お気に入り!)

スタジアムに入場するための長い列に並んだ後、手荷物検査があった。
検査といってもキビシイようなキビシくないような
よくわからない検査だったので
ほとんどの人はカメラを持ち込めたと思う。
そしてスタジアム敷地内に入るとお目当てのグッズ売り場が。

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いつものようにグッズ売り場に走る(笑)
ポールだけのライブではないので
それほど期待はしていなかったにもかかわらず
グッズを見た途端、走るワタシ(苦笑)
ははは〜、懲りないヤツだね、まったく(爆)

「THE LIVERPOOL SOUND」パンフ。
レコードを模したパンフがスリーブ形の袋に収められていた。

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パンフをめくるとレス・ポールを持つ誰かさん!
左利きだし、ホワイト・バンドしてるし、ポールに間違いない。

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ポールをはじめ他の出演者(ズートンズ、カイザー・チーフス)
の写真もあったけど、やっぱりポールばかり見てしまう。

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ここにもいたよ、ポール。

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ほぼ同じデザインで色違いの
「THE LIVERPOOL SOUND」Tシャツが何種類か売られていたが
ポールの姿がプリントされていたのはこのバージョンのみ。

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こちらはバックのプリント。

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珍しくトート・バッグがあったので、購入。

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「THE LIVERPOOL SOUND」のシンボル・デザインのアップ。
ビートルズが使用していた楽器やライヴァー・ビルディング
リバプール大聖堂などが上手く配置されていて
なかなか良いデザインなんじゃないかな、と思った。

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反対側には出演アーティストの名前とスタジアム名と日付入り。

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グッズ買いが終わって一段落。
少々腹ごしらえをしたりしてから、ついにスタジアムの中へ!
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2008/5/29

出国前夜  Paul McCartney

まだ荷造り中。
洗濯もしなくちゃ〜髪の毛も洗わなくちゃ〜。
明日は早いから、24時までに寝たいんだけど・・・。

そういえば
クラスター爆弾禁止を目指す軍縮交渉「オスロ・プロセス」の
ダブリン会議というのがあったんだよね。
ポールはそれに向けて署名活動をして来た。

それでもって28日(日本時間29日)に
事実上の即時全面禁止条約案が合意されたそうだ。
やったね〜。

ところで日本政府はというと
思い切り米国寄りの国だから
今まで全面禁止に消極的な態度を取って来た。
さあ、これからどうするんだ〜?

そんなことを考えながら、ポールのMAFを聴きながら
荷造りなんとか完了・・・ホッ。
あとは洗濯物干して、髪の毛を乾かして、寝るだけ。

それでは、ポールに会いにリバプールまで行ってきま〜〜〜す!
帰国は6月5日です。


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2008/5/26

The Mail On Sunday  Paul McCartney

存在を知るとやっぱり手に入れたくなってしまうなぁ。
悲しいかな、物欲には勝てず(苦笑)

「それほど高くないからいいや、エイッ!」とクリックして
買ったのは英国The Mail On Sunday 5月11日号と
その翌週号に無料で付いていたMAFのCDだ。

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ペーパー・スリーブのジャケットは
残念ながらあまり良い状態ではなかったが(折れ目あり)
右上にMPLのマークとThe Mail On Sundayのロゴ入りが珍しい。
発行部数が多いと思われるのでそれほど貴重品でもないし
収録曲も通常のアルバムと同じ(はず)だが
ちょっと変わったデザインのジャケットということで、自己満足。

それにしても、ポールったら可愛く撮れてる(笑)

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7月には6人目の孫ができるなんて思えないくらい。

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そのポールに
もうすぐ会えるんだよね!
少しずつだけど、実感がわいてきたなー。


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2008/5/15

BAN CLUSTER BOMBS  Paul McCartney

Ban Cluster Bombs
“Cluster bomblets, like anti-personnel mines, are unacceptable
when they kill and injure innocent civilians including children.
I call upon individuals,
organisations and politicians to do all they can to remove and reduce
the impact of these weapons for future generations”
Paul McCartney

ポールは5月2日
自身のオフィシャル・サイトに
「クラスター爆弾を禁止しよう」というメッセージを掲載し
クラスター爆弾禁止のため
”No More Landmines”嘆願書への署名を求めた。

ワタシもクラスター爆弾には反対である。
No More Landminesのサイトですぐに署名した。

クラスター爆弾とは・・・
フツーの爆弾とほぼ同じ大きさのケースの中に
数個から数百個の子爆弾が入っていて
爆撃機から投下後にケースを破裂させると
子爆弾は広範囲に散らばり小規模な爆発を起こす。
つまり、対人地雷と似たような役割を果たすことになる。

一方、投下後すぐに爆発しなかったものは不発弾として残る。
それはいつ爆発するのかわからないため
戦火が収まった後でも被害をもたらす。

そしてクラスター爆弾の最もサイテーなところは
「将来戦闘要員になる可能性がある」という前提のもとに
子どもたちが興味を示すような形状で
作られているものがあることだ。
不発のクラスター爆弾を子どもが拾い爆発した時
死に至らずとも大怪我を負わせることができれば
戦闘要員として役に立たなくなるというわけだ。

なんてこった・・・こんなことあっちゃいけない。

ということで
「ポールのメッセージに応えよう!」
という方は是非こちらで署名をお願いします。

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ところで
この署名のため久しぶりに
No More Landminesのサイトを見たのだけれど
たくさんあったヘザー・ミルズの写真等がほとんど消えていた。
当然と言えば当然か。

今でもポールがサポートしているなら
おんなじNo More LandminesのTシャツ
これからも着られるってことだ・・・良かった。
そうだ、それ、リバプールに持って行こうっと。
(5月18日文章を一部訂正しました)
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2008/4/3

いつもそばに  Paul McCartney

年度末から年度始め、ほとんど毎日残業の日々。
長いトンネルに入ったまま、いつ出られるのかわからない。
数日前に仕事のことで戯言を書きなぐってしまったが
自分の能力不足も否めないから仕方ないとこもあるんだよなぁ・・・。

それでもプライベートな時間はシッカリと気持ちを切り替える。
若い頃はそれが上手くできなくてイライラしたり
泣きそうになったりしたけど(実際に泣いてたこともあったよ)
50も近くなるとなんとかバランスも取れるようになってきた。
これも年の功ってヤツか(苦笑)

残業して帰宅するとあまり時間もないので
すぐCDプレイヤーにディスクを入れる。

ポールの「Off The Ground」
このアルバムを聴くと必ず93年の3月
オーストラリアで観たライブを思い出す。
あの時もポールは弾けてた。
その弾けてたポールをワタシは
ずっとずっと見つめ続けていたっけ。

そして今、思う。
「ワタシはいつもポールとともに生きている」と。

とても勝手な思い込みだけど
ポールがいてくれるから毎日頑張れる。
宗教を信じる人たちが日々、神とともにあるように。

今年6月のリバプール
またポールと再会できますように!


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2008/3/21

THE McCartney YEARSプロモグッズ  Paul McCartney

女性ポール・ファンなら反応しまくりの”ポールの眉と瞳”
DVD「THE McCartney YEARS」は
いろんな時代のポール写真がコラージュしてある
”ポールの眉と瞳”でデザインされたパッケージ。

このデザインにココロを奪われ(爆)
eBayを通じてコンタクトしたオランダ在住のPさん♂から
EU盤プロモCDを購入してしまった。
(え〜と、慢性金欠病なのにガマンできなかったわけ)

Pさん♂とはメールで何回かやりとりしたが、全て英語。
ワタシはほとんど英語がわからないので翻訳サイトを使った。
簡単な文章しか作れなかったが(恥)

外国の人と1対1でやりとりするのは今回が初めて。
そのうえお会いしたこともなく全然存じ上げないPさん♂。
だからお金を振り込んだ後
CDが送られて来るまではドキドキだった。
でもPさん♂は丁寧に梱包し、すぐ発送してくれたようだ。
Pさん♂ありがとう!

無事に到着したCDは期待どおりのもの。
大切にしようっと。

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収録曲は8曲。

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そしてCDとは別にeBayで落としたプロモ・ポストカード。
こちらは英国在住のCさん♀から。
6枚組で端の方にOne、Two・・・と番号が振ってある。

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写真その他、DVDのブックレットにあるもので珍しくはないが
ポストカードになっているのが気に入って買った。
こちらはリーズナブルな価格だった。

はぁぁ〜満足、満足。
これでしばらくeBayをお休み・・・できるか?んんん?


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2008/3/3

ひな人形に思う  Paul McCartney

1990年の今頃は
ちょうどポール・マッカートニーたちが来日していた。
某ファンクラブはポールとリンダに
ひな人形をプレゼントしたと記憶しているが
あのお人形さんはその後どこに。

な〜んて
ドーム公演のブートCDを聴きながら
そしてあの当時のことを思い出しながら
我が家のひな人形を飾りつけていた。

「ウチのカミサン!リンダです!」

ポールはツアーで訪れたいろんな国で
その国の言葉を使ってリンダを紹介していたな。
誰だよ”カミサン”なんて言葉を教えたのは(笑)
だけど嬉しそうに言ってたよね、ポール。

穏やかな顔のひな人形を見ていると
ポールにも平穏な日々が早く戻るよう祈らずにはいられなかった。


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2008/2/19

麻取  Paul McCartney

先日、同じ職場のSさん♂に突然声をかけられた。

「ねえ、あそこの麻取に捕まってたんだよね?」

主語がなくても誰のことか、それに何のことかすぐわかった。
Sさん♂は
ワタシがポール好きで彼のことならよく知っていると思い
そんな質問をしてきたのだった。

これはもう昔の話。
今だから笑って話すことができるけれども
当時のワタシの顔はきっと引きつっていたことだろう。

1980年1月16日
ウィングスのジャパン・ツアーのため来日したポールは
入国時に麻薬不法所持で逮捕され
中目黒の麻薬取締官事務所に収監
取調べが終わった後に日本から強制退去させられた。

Sさん♂がその頃のことを職場の若い人♂に話していた時
(昔の話だもん、知らない若い人もいるさ)
たまたまそばを通りかかったのがこのワタシ。
彼にとってはちょうど良いタイミングだったのか・・・。

ウチの職場は中目黒にあって
Sさん♂のいう”麻取”はほんの目と鼻の先。

”麻取”というのはもちろん略語で
ポール収監当時の名称は
「関東信越地区麻薬取締官事務所」といった。
また、”関麻”と呼んでいた人もいた。
その後、国の省庁再編などにより
「関東信越厚生局麻薬取締部」と名称変更されている。
・・・まぁ、どうでもいいか、そんなこと。

思わぬ時に思わぬところからポールの話題になったわけだが
ミーハーなワタシはSさん♂から聞かれてもいない
逮捕当時のエピソードまでペラペラ話してしまい
後でひとり赤面していた(汗)

ところでSさん♂の話によると
”麻取”は引っ越したようで
現在、中目黒の事務所は閉鎖されているらしい。

というわけで昼休みに現地調査を決行(爆)
決行前にインターネットで検索したところ
確かにSさん♂の言ったとおりだった。
「麻取」は千代田区九段南に引っ越していたのだった。

現地に行ってみると
「麻取」の看板ははずされ
代わりに無断立入禁止の看板が置かれていた。

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事務所棟2階の窓には鉄格子のようなものが見える。
あのあたりにポールは収監されていたのかなあ。
ちょっとだけ生々しい。

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この建物も将来は取り壊されるようだ。
ポールにとってもワタシたちファンにとっても
良い想い出のない旧”麻取”ではあるけれど
不思議になんとなくさびしい気がしてしまうワタシって変?
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2008/2/6

形見  Paul McCartney

信濃町までお通夜に行った。
小学校時代からの友人Mちゃんのお父さまが亡くなられたのだ。

前に書いたと思うけれど
中学生の頃
Mちゃんのお父さまがロンドン出張に行かれるというので
彼女がワタシの分までおみやげをお願いしてくれた。
おみやげとは「ビートルズのレコード」

ところがお父さまが買ってきてくださったのは
ウイングスの「Red Rose Speedway」
ビートルズをよくご存じなかったお父さまに
店員さんがその頃ヒットしていたウイングスを勧めたのだろう。

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だけど今ではこのレコード、ワタシの大切な宝物だ。
リアルタイムに英国ロンドンから持ち帰られたウイングス。
HMVのプライス・シールも当時のまま。

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お仕事の世界では
新聞に訃報が載るほど高名なMちゃんのお父さま。
しかしワタシにとっては
柔和な笑顔が印象的な優しいおじさまだった。
一方ではワタシの性格(少々ひねくれた変わり者・・苦笑)を
すぐに見抜いた頭脳明晰な方でもあったが(汗)

おじさま、いろいろお世話になりました。
これからは遠い空の上から
Mちゃんやワタシを見守っていてくださいね。
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