2010/4/1

Like A Rolling Stone  Rock

職場近くの児童公園で
満開の桜に見とれながら歩いていたら
公園と道路の仕切りの何かにつまづいて
いきなり転んでしまった(痛ッ!)

ワタシのカラダは一瞬で道路に投げ出され
まるで転がされた石のようだった(泣)

情けない石になったのはマヌケなワタシだが(苦笑)
今も転がり続ける超カッコ良い石は誰?
それは3月21日、Zepp Tokyoで観たボブ・ディランだった。

収容人員が多くないライブハウスで
ほとんどの観客は椅子のないフロアに立ったまま。
そのうえ満員だから熱気ムンムン。

だけど白いジャケットに白い帽子のディランは
一見とてもクールな表情なのだった。
そんなディランのパフォーマンスはどうだったかというと
ものすごくロックしていてビックリ!
ほとんどキーボードの前で歌っていたにもかかわらず。

ディランのバックを務めていたバンドもカッコ良くて
彼らからのグルーブはワタシに至福の時間を与え
その嬉しさに、不意の涙も。

伝説の人を観に行ったつもりが、大間違い。
ボブ・ディランを伝説として語るのは
もっともっと後のことになるだろう。
だって彼は未だ変化しているようなのだから。

みうらじゅんさん編集のアルバム「DYRANがROCK」は
ディランのライブを観終わって数日後に買ったもの。
みうらさんの解説入りイラストも楽しい。

そういえばディランを観ていた時
ワタシのそばにスーッと何かが来たように感じた。
あれは多分、ジョージだったのではなかったか。

ハレ・クリシュナ!
(転んだ痛みが早く治りますように・・・爆)


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2009/12/31

ありがとう  Rock

清志郎さん、マイケル、
いつまでも忘れないよ。

ポール、
いつまでも追いかけていくよ。

みんなみんなありがとう。
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2009/12/2

Live And Let Die  Rock

今夜WOWOWで桑田佳祐さんのライブを生中継していた。
毎年恒例の”Act Against AIDS”である。

今年のタイトルは
”映画音楽寅さん チャラン・ポランスキー監督・脚本・主演 『男はしたいよ』”
相変わらず桑田さんらしいおフザケなものだけれど
ライブ自体はエンタテインメント大盛りで完成度の高いものだった。
内容はタイトルからもわかるとおり映画音楽。

そして007シリーズから桑田さんが選んだ3曲のうち
最後の1曲はウィングスの”Live And Let Die”だった!

あは〜やっぱり。
桑田さんならウイングスを選んでくれるかなと期待していたら
そのとおりでとても嬉しかった。
ポールやウイングスが好きだという
SASのサポート・ギタリスト斎藤誠さんも
嬉々としてギターを弾いていて楽しそうだったなー。

ステージでは小さいながらも炎がボンボン出ていたし
しっかりとオーケストラも入っていたし
なかなか素晴らしいパフォーマンスだったから
思わず拳を突き上げながら観てしまったワタシだった。

ポールにも見せたかったぞ〜。
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2009/11/13

THIS IS IT  Rock

ロンドンでのビタミン不足な数日間のせいか
それとも帰国後の
雨風強かった2日間の現場仕事のせいか
風邪を引いてダウン・・・仕方なく今日は休暇。
念のためインフルエンザ検査したが陰性だった。

にもかかわらず夜は
連れ合いとマイケル・ジャクソンの映画に(爆)

ロンドンに行く前から観たかったのだが
インフル予防のため極力外出を控えていたので
やっと観に行けた。
もちろんロンドンでも上映していたけれど
連れ合いと約束していたので
ひとりで観るわけにもいかなかったのだ。

それほど待ちに待った映画「THIS IS IT」
観たすぐ後の感想は・・・やはり・・・
”マイケルが死んだなんて信じられない!”

マイケルが生涯最後のパフォーマンスとして計画していた
ロンドン公演のリハーサルの模様を映画化したものなのだが
ショウのほぼ完璧な仕上がりぶりに驚く。
マイケルは本気だったのだ。

ロンドン公演がマイケル本人の口から
アナウンスされた時ワタシは
本当に大丈夫なの?ブランクがあるマイケルに
そんなライブができるの?と、懐疑的だった。
マイケルを追い続けていなかった人たちは
ほとんどがそう思っていたに違いない。

だけど公演のチケットはすぐに売り切れた。
マイケルを信じていたファンの人たちは
完全復活する彼のことをわかっていたのだろう。

映画の中のワンシーン
マイケルがリハのためスタジオで
あるヒット曲をアカペラで歌い出す。
とても繊細に、一方で大胆に。
ほんの少しだけのシーンだけれど
ワタシは鳥肌が立ってしまった。

”KING OF POP”
人々はマイケルをそう呼ぶ。
それが揺ぎのないものなのだと
この映画は教えてくれる。

ラストは”Man In The Mirror”
映画の中でマイケルは
あと4年で環境破壊を止めるんだと語っていた。
それもきっと本気だったんだと思う。
”Man In The Mirror”で
「Change!」と歌っていたように。

マイケル・・・
ラスト・パフォーマンスを完璧にキメて
その後あなたは何をしようとしていたの?
それをもうこの目で確かめられないことが
ワタシは残念でならないよ。


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2009/8/31

It's no use crying over spilt milk  Rock

オアシスからノエル兄ちゃんが脱退することは
彼らのオフィシャル・サイトで正式発表されていた。
あぁ、今度こそ元に戻りそうもない。

ノエル兄ちゃんはリアム弟にギターを叩き壊され
とうとう堪忍袋の緒が切れてしまったらしい。

過去に何回か殴り合いのすごい兄弟ケンカはあったのだが
だいたいは後で関係が修復されていた。
ノエル兄ちゃんが一歩引いていたんだと思う。

でも今回はついに・・・という感じだ。
もしもギターを壊されたというのが本当なら。

2005年11月以来
会場の関係で
(遠くて広過ぎたり、体力が持たない野外フェスだったり)
なかなか観られる機会がなかったオアシス。
でもいつか観に行きたいとずっと思っていたが
ノエル兄ちゃんが抜けちゃったら
ワタシは多分もう行かないと思う・・・さびしいなぁ。

2005年11月の代々木には2回観に行った。
ザック・スターキーが
ドラムでサポートしていたのも嬉しくて。
開演前と開演後にはそれぞれビートルズが流されていた。

1回目はアリーナ最後列(苦笑)
後ろに誰もいなかったので
椅子の上に思い切り立って観ていた。
ステージからは遠かったけれど
全体が見渡せてとてもキモチ良かった。

2回目はスタンドで。
これも近くはなかったが
双眼鏡でマジマジと眺めながら楽しんだ。

会場内にワタシのようなオバサンはほとんど存在せず
男子トイレにのみ列ができているという
あまり体験したことのないライブで新鮮だったな。

願わくは
ノエル兄ちゃんに帰って来て欲しいけれど
難しいかな・・・。


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2009/8/29

Noel Gallagher 'quitting Oasis'  Rock

BBC NEWS に載ってるんだから今度はマジだ。
ショックだなぁ(泣)
ノエル兄ちゃんがいないオアシスじゃ、つまんない。
”Don't Look Back In Anger”は誰が歌うんだよー。


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2009/7/9

S&G来日!  Rock

サイモン&ガーファンクルが
彼らの言う”最後の日本公演”で来日中。
昨日の名古屋からツアーが始まった。

招聘元ウドーのオフィシャル・サイトでは
初日のセット・リストが掲載されている。

ワタシは観に行く日までガマンできないヤツなので(苦笑)
披露された25曲をすでに知ってしまったが
それでますますライブが楽しみになった。

連れ合いは
「自分が生きているうちに二度もS&Gが観れるなんて!」と
今からワクワクしているようである。(16年前に一度観ている)
観れるだけでシアワセ、ということらしい。
この調子だと彼は多分、泣くと思う(爆)

会場はきっと
おじさんとおばさんだらけなんだろうなぁ(汗)
まぁ、人のこと言えないけどさー。
できれば若い人たちにも観て欲しいところだけど
チケット代が高いよね・・・。

さて、絶妙のハーモニーは健在か?
それが確認できるまでもうすぐだ。

で、ここからネタバレ〜。








アート・ガーファンクルは来日前
オーストラリアのメルボルン公演で
自身のソロ・ナンバー”Bright Eyes”をマイケル・ジャクソンに捧げた。
そして名古屋でも・・・。

これは、メルボルンでのふたり。

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2009/7/4

1984  Rock

7月4日は米国の独立記念日、それに今年は土曜日だ。
というわけで今朝はシカゴの”Saturday In The Park”を聴いた。

その後今日はマイケル・ジャクソンから繋がった
ヴァン・ヘイレンのアルバム「1984」を聴いた。
何年ぶりかで引っ張り出したよ、このCD(笑)
これもリアルタイムで買ったものではないのだけれど。

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1984年は結婚2年目の頃。
知人から譲ってもらったエアコンのないオンボロのホンダ・シビックで
あちこちよく出掛けていた。
真夏はウチワで扇ぎながら(苦笑)
それでもカー・ステレオはついていた。

カー・ステレオにカセット・テープを入れ
窓を開けっぱなしにして大音響で聴いていた”Jump”は
「1984」に収録されていた軽快なナンバー。

ヴァン・ヘイレンは知らなくても”Jump”は聴いたことがあると思う。
繰り返されるシンセサイザーの音は一度聴いたら忘れられない。

それから久しぶりに聴いてフフフッと笑っちゃったのは
”1984”という短いインスト・ナンバー。
イントロがまるでTDLのエレクトリカルパレードの
オープニング音みたいなのだ。

アルバム3曲目の”Panama”はシングル・カットされてたかな?
この曲もヒット・チャートを走っていた気がする。

アメリカン・ハード・ロックは夏にオススメだ。
ギュイ〜ンというギターの音とバコバコ鳴るドラム。
できれば大音量で大汗かきながら聴きたい(爆)

エドワード(エディ)・ヴァン・ヘイレンのギターはカッコ良い。
デイビッド(デイヴ)・リー・ロスのボーカルは熱い。

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日本盤ライナー・ノーツに書かれていた
東郷かおる子さんのコメントが笑える。
「アメリカでは、女の子がデイヴにキャーキャー言って、
男の子たちはエディのギターを見てるって図よね。」
ワタシはエディの方が好きだけどね。


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2009/7/3

Beat It  Rock

「マイケル・ジャクソンは白人だと思っていた」
連れ合いの友人のお子さん♂がそんなふうに言っていたらしい。
その子は今、高校生。
それを聞いた連れ合い、とても驚いたそうだ。

80年代のマイケルを知らない世代が存在している。
この何年かの彼の置かれたいろいろな状況を考えると
そういう話があって無理もないかなと思うけれど
高校生の彼のような子たちにもこれから
マイケルの偉業を知る機会があれば良いなと思う。

このところマイケルのことばかり書いているけれど
とにかく「Thriller」の頃は
ここ日本でもたくさんの人々が
彼のスタイルや踊りを真似しまくっていたから
ワタシにとってマイケルはかなり印象深い人なのである。

アルバム「Thriller」収録の”Beat It”は
ハードロックのギターがフューチャーされた曲。
間奏のギター・ソロはヴァン・ヘイレンの
エドワード(エディ)・ヴァン・ヘイレンによるもの。

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ちなみに彼らが出したアルバム「1984」も当時大ヒットしたが
(”Jump”をカー・ステレオでよく聴いてたなぁ)
「Thriller」に阻まれ全米1位は取れなかったそうだ。

BAD Tourの時に横浜スタジアムで観た”Beat It”
マントのような衣裳を羽織り
巨大クレーンに乗って現れたマイケルは
この世に生きている人とは思えないような
不思議な雰囲気を醸し出していたっけ。

”Beat It”での踊りも大好き。
あの踊りも世界中でずいぶんたくさんの人々が真似したはず。

ギターや頭飾りがピカピカ光る
電飾ギタリストにも度肝を抜かれたなぁ(笑)


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2009/7/2

Smooth Criminal  Rock

昨日ニュースを聞いて驚いた。
マイケル・ジャクソンが7月ロンドン公演のステージで披露するため
新しい”Thriller”のビデオを撮影していたというのだ。

あの完璧で非の打ちどころのない”Thriller”を
自ら新たに撮り直す・・・これは大変なことだ。
マイケルは完璧なもののまたその上を目指していたのだ。
もっともっと進化したものを観客に見せたかったのだ。

マイケルはある意味モンスターのような人だ。
とても常人には考えつかない。
完璧を超える挑戦をしていたのだから。

是非そのビデオを観てみたいものだが、機会はあるだろうか。

マイケルが世界的に人気絶頂だった頃
小林克也さんの番組「ベストヒットUSA」でだと思うが
よく彼のミュージック・ビデオを観ていたから
マイケルが亡くなった後でその時のことを思い出した。

”Bad”完全版が最初に流される前にドキドキしたこと
(連れ合いとふたりでテレビにかじりついていたっけ)
”Man In The Miller”で映された社会的な出来事の数々に
マイケルも世の中のこと考えてるんだなぁなんて感心したこと
(ジョンとヨーコが観られる場面もあったっけ)
あれもあったね、これもあったねと。

あの頃、ワタシも若かった。
まだ20代だもん(爆)

そんなミュージック・ビデオの中で
これ以上カッコ良いマイケルはあり得ないんじゃないか
と感じたのが”Smooth Criminal”
映画「Moonwalker」のワン・シーンとなっているが
白いハットに白いジャケットのマイケルが軽やかに踊り歌う。
彼の踊りのキレは他の者を寄せ付けない。
目は映像に釘付けのまま、息を飲むほど素晴らしい。
まだ子どもだったショーン・レノンが出ていることも話題になった。

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今日は「とんねるずのみなさんのおかげです」で
マイケル追悼をしていた。
当時、木梨憲武さんがマイケルの真似をして(口パク)
マイケルと同じようなビデオを撮っていた。
その中にも”Smooth Criminal”があった。
そしてそれを今日放送してくれたのだ。

とんねるずだから大いにお笑いが入ってるんだけど
(マイケル、失礼!)
木梨さんはマイケルが好きだから真似したのだろう。
とても不謹慎かも知れないが
石橋貴明さん演じるバブルス君も懐かしかったよ。
(マイケル、ごめんなさい!)


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2009/6/29

Heart of Gold  Rock

先週「桑田佳祐の音楽寅さん」で桑田さんが
ニール・ヤングの”Heart Of Gold(邦題:孤独の旅路)”を歌っていた。
鎌倉の建長寺でカラス天狗像をバックにしたパフォーマンスは
なかなかシブくてGood!

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アルバム「Harvest」に収録の”Heart Of Gold”
今聴くととてもココロに沁みる曲で
あぁ良い曲だなぁ〜と思うのだけれど
この曲を幾度も聴いていた中学一年生の頃は
どこが良いのかよくわからなかった。
すごく地味な曲だな〜と。

その頃は聴いていたというよりも
ラジオ番組から流れて来ていたのを耳にしていただけ。
”孤独の旅路”なんていう邦題からの先入観もあったんだと思う。
当時ほぼビートルズ一辺倒の女の子には
ニールの声質もピンと来なかった。

あれれ〜あの頃は、聴く耳が全然なかったよ(汗)

今はたくさんニール・ヤングを聴いている・・・とは言えないけど
彼には一目置いている。
以前も書いたが米国9・11テロの後
放送が自粛されていた”Imagine”を
真っ先に歌ったのがニールだったからだ。
2006年にはアルバム「Living With War」で
当時のブッシュ大統領に対して強烈な批判をしている。

こういう人がホンモノのロッカーというのだ。

そのニール・ヤングが英国ロンドンで行われた野外ライブ
Hard Rock Calling2日目(英国時間27日)にトリで登場
ビートルズの”A Day In The Life”を歌った。

そしてそこである大変な出来事が・・・
ニールのステージにポール・マッカートニーが
飛び入りしたというのだ、それも手ブラで(苦笑)
そんなポールはまるでヨッパライのオヤジ状態(爆)
ニール・ヤングとポールは旧知の仲だけれどね。

ところで”Heart Of Gold”の歌詞を見てみたら
fine lineというのが出てきた。
ポールの作った曲に”Fine Line”があるけれど
何か関わりがあるのかなー。


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2009/6/26

Ben's Song  Rock

朝のニュース番組での一報
マイケル・ジャクソンが心肺停止状態で病院に搬送された、と聞き
とても驚いてテレビから離れられなくなった。
その後残念ながら、彼は帰らぬ人となってしまった。

こういうのって、やはりショック。
仕事中もアタマの中にはアルバム「Thriller」の曲たちが
ずっと流れていた。

マイケルを初めて知ったのは中学生の頃。

高度な知能を持ったネズミが人間を襲うというパニックもので
一方、リーダー格ねずみの”ベン”と孤独な少年との
友情も描いた映画「Ben」
それが観たくて母に頼んで映画館へ連れて行ってもらった。

映画は思ったとおり良くできた作品だったが
それにも増して感動したのが
当時13歳のマイケルがソロで歌っていた”Ben”
ワタシは映画館でシングル盤を買ってもらい
毎日のように聴いていた。

ワタシと同年代の男の子なのに、この才能って!
素晴らしく美しい声で切々と歌い上げられたバラード。
歌詞はねずみのベンに寄せた孤独な少年の心情。

その頃のワタシは洋楽をやっと聴き始めた頃。
マイケルがすでにジャクソン5で名声を得ていたことも
全く知らなかったワタシには
とにかく驚愕のパフォーマンスだった。

シングル盤はなくなっちゃったけれど
映画のパンフはまだ持っている。
そこにはマイケルもしっかり紹介されている。

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そしてその時のエピソードとしてこう書かれている。

多忙なスケジュールの中で主題歌がOKになったのは
マイケル・ジャクソンが大のねずみ好きだったことが成功の因。
それを証明するかのように吹き込み前にねずみを見たいと言うので
ハリウッドのアニマル・トレーナー・センターに
足を運んで調教中のねずみに面会して大喜び。
早速、新LPにも吹き込むという程の力の入れようと相成った。


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そして80年代。
マイケルは「Thriller」で超大ブレイク。
来日公演にワタシも行った。
その頃のことは以前記事に書いた

当時の我が家は安月給。
LP盤を買うなんて贅沢だったから
貸しレコード店で「Thriller」を借りカセット・テープにダビング。
今夜はそれを聴いてみた。
20年以上も前のテープだったがまだ生きていたよ。
(ちなみに・・・ワタシの書いた字ではありませぬ)

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ポール・マッカートニーとも”Say Say Say”の
プロモ・ビデオで共演したマイケル。
インチキ薬売りのMac&Jack
シャレが効いててなかなか良かったよね。

TDLではマイケル主演の3D作品がアトラクションにお目見え。
それは「キャプテンEO」・・・今はもうないけど。
面白くて大好きだったから何回も観た。
そこで歌っていた曲
曲名は忘れちゃったけどすごくカッコ良い曲だった。
「キャプテンEO」今また観たくなっちゃった。

予定されていたツアーを目前にして
マイケルは逝ってしまった。
そして復活のステージは永遠に延期された。

マイケルが所有していたビートルズの版権はどうなるのだろう?
気になるところだけれど
今日はマイケルの冥福を祈ろう。
唯一のKING OF POPだったね。
ありがとうマイケル、あなたの輝きは忘れない。


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2009/5/16

Paul SmithのZippo  Rock

1993年の旧ユーゴスラビア紛争時に
設立された「WAR child」は
戦争被災地で苦しむ子供たちの支援活動をしているチャリティ団体。

この団体をサポートするため
ポール・マッカートニーとデビッド・ボウイの発案により
制作されたコンピレーション・アルバム「WAR CHILD HEROES」

その発売を記念しファッション・デザイナーのポール・スミスが
彼のオフィシャル・ショップでオリジナル・デザインの
コラボTシャツを発売したそうである。
(Paul Smith JEANS×WAR child)

売り上げの一部は「WAR child」に寄付されるということだが
日本国内200枚限定だそうなので今日発売されたばかりだけど
もう売り切れてるよね〜きっと。

英国のデザイナーであるポール・スミスに興味を持ったのは
1990年初めての英国行きで
旅行会社からもらった買い物ガイドに彼の店のことが載っており
顧客にポール・マッカートニーの名前があったから。

それ以降ポール・スミスの扱う服が気になり出したが
彼はメンズ・ウェアのデザイナーなので
ワタシの着られるモノというとTシャツくらいしかなくて
だけどサイズの合うモノが少なくて(ワタシはチビなのだ)
あ〜あ、つまんない、と残念がるだけだった。

オトコに生まれてたらなぁ〜と思うのはこんな時だわ(爆)

しかしポール・スミスが扱っているのは服だけじゃない。
小物もあったのだ。
そこで少ない小遣いをひねり出して(苦笑)
手に入れたモノが、いくつか。
その中で大切にしているモノが、ふたつ。

ひとつは、2002年サッカーのワールドカップ時に
イングランド代表の参加を記念した販売個数限定ウォレット。
内側にイングランド旗のデザインと限定番号入り。

もうひとつは、ピース・マークが彫られたジッポーのライター。
やはり何かの記念で販売されたモノだと思うが・・・忘れた。
販売個数限定150個だったので2/150という文字と
”Best Wishs From Paul Smith”という
手書き風文字が彫られている。

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ピカピカのシルバーなこのライターに彫られた
ピース・マークを見るたびに
1946年生まれのポール・スミスが体験してきた時代を思う。

その時代はまさにビートルたちが体験してきた時代と同じ。
ロックが世界を席巻した時代。
次々と起こる戦火に大衆が反戦を叫んだ時代。

だから彼はこんなデザインの小物を創ったり
今回のようなチャリティに協力したりするのではないかなと
ワタシは勝手に思っている。
そういうポール・スミスって人、ちょっといいんじゃない?

なお、コンピレーション・アルバム「WAR CHILD HEROES」は
ポール・スミスのお店(一部)でも販売しているそうだ。


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2009/5/13

Bob Dylan  Rock

先日、ボブ・ディランのライブ映像を観た。
「ニューポート・フォークフェスティバル 1963-1965」
伝説のライブといわれているだけあって
ディランについてほとんど知らないワタシにも
強烈な印象を与えてくれた映像だった。ブラボー!

たった3年間でフォークの貴公子からロックのカリスマへと
大胆な変貌をとげたディラン。
数日前にある番組でビートたけしさんが
忌野清志郎さんのことを
そのディランになぞらえて話していたなぁ・・・。

アコースティックをエレキに持ち替えたディランに
大きくブーイングする聴衆。
聴衆はすでにディランを神格化し始めていたのだ。
ギター一本でメッセージ・ソングを歌う教祖様と。

しかしディランは聴衆を裏切る。
彼はとてつもない勢いで進化していたから。
聴衆はそれについていけなかっただけか・・・。

ディランは今でも進化し続けているようで
先頃発売されたニュー・アルバムは
米国や英国のヒット・チャートで一位になったそうだ。
もう少しで70歳に手が届きそうな彼なのに
これはすごいことだ。

そしてその”すごい”ディランが
「ポール・マッカートニーとコラボしたら面白いだろうな」と
最近発言したそうである。
以前、ポールもディランとやりたいと言っているし
このふたりの共演が実現したらもっと”すごい”よね。
ワクワクの二乗だなぁ!
でも、いったいどんなコラボになるんだろう?
ちょっと想像がつかない。

それからこれは別の話だけど
5月初めにリバプールでディランがライブをやった時
なんと彼は一般客に混じってミニバス・ツアーで
メンディップスを訪れたという。
メンディップスとはジョン・レノンの暮らした家。
管理するナショナル・トラストのスポークスマンによれば
ディランは一般客と一緒に家の中に入り
楽しんでいたということだが
それがボブ・ディランとは誰も気がつかなかったらしい。

ボブ・ディランって一体どういう人なんだろ(爆)
かなり面白いキャラだな〜興味津々だわ。

一方リバプールのライブでは
ジョージ・ハリスン作”Someshing”を演ったとのこと。

最後に
ボブ・ディランのニュー・アルバム”Together Through Life”
清志郎さんの訃報を聞いた翌日
CDショップに入って一番最初に試聴したアルバムだった。
ストレートに迫って来るディランの声が
全く年齢を感じさせなかった・・・素直に”すごい”

だけど・・・買わなかったんだよね。
なぜってそれは・・・金欠病だったのさ〜(汗)


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2009/5/10

イマジン  Rock

桑田佳祐さんがラジオ番組で
忌野清志郎さんのことを話していたそうだ。

桑田さんの妻のハラ坊が清志郎さんの大ファンだったこととか
葬儀式での甲本ヒロトさんの弔辞が良かったこととか。

それからワタシたちも見た、雨上がりの大きな虹のことも。
「高速で渋滞中に虹を見て、清志郎さんのことを考えた。
数えるほどしか会ったことないけど会うとワクワクする人でした」と。

1990年にRCサクセションが出したアルバム「カバーズ」
桑田さんはこのアルバムに”桑竹居助”という偽名で
コーラスに参加していた。

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「カバーズ」はそのタイトルどおり
外国の有名な曲をカバーしたアルバム。
清志郎さんはジョン・レノンの”Imagine”を歌っている。

あくまで私見だけれど(エラそうな言い方で申し訳けない)
ジョン以外の人が歌ったもので許せるのは
ニール・ヤングが9.11テロの後に歌ったものと
この清志郎さんの歌う日本語訳”イマジン”だけである。


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