マリインスキー・バレエ団から客演したファルフ・ルジマトフ@アリがお目当てで観に行ったレニングラード国立バレエ団の大阪公演「海賊」。ルジマトフの存在が格調高くて、海賊の首領コンラッドの奴隷には見えない変則バージョンではありましたが、それがむしろ愉快でさえありました。
レニ国のダンサーの踊りは3幕「花のグラン・パ」が特に印象に残りました。クラシックでファンタジックな群舞を観るならレニ国ですね。
レニングラード国立バレエ団・海賊
日時:2007年1月25日(木) 午後6時30分開演
会場:フェスティバルホール(大阪)
演奏:レニングラード国立歌劇場管弦楽団
指揮:セルゲイ・ホリコフ
出演:メドーラ:オリガ・ステパノワ
ギュリナーラ:アナスタシア・ロマチェンコワ
アリ:ファルフ・ルジマートフ
コンラッド:アルチョム・プハチョフ
アフメット:アントン・プローム
クラシック・トリオ:イリーナ・コシェレワ
タチアナ・ミリツェワ
エレーナ・フィルソワ
レニングラード国立バレエ団
レニ国の海賊は1955年、このバレエ団において振付ピョートル・グーセフ、美術シモン・ヴィルサラーゼで上演された版を1994年にボヤルチコフらによって復刻したものだそうです。
プロローグは黒い紗幕の向こうで船の難破からメドーラとコンラッドの出会い、そしてメドーラたちギリシャの娘がアフメットの策略でトルコの軍隊にさらわれてしまうまで。
ギリシャの娘たちの衣装が、2カ月前に観たマリインスキーのガリーナ・ソロヴィヨーワのデザインとはずいぶん違います。マリインスキーの娘たちはお腹を出した普段着姿、海辺育ちのお転婆さんたちといった様相。レニ国はクラシックチュチュに小さなベレー帽を被ったお嬢様たち。お金持ちの令嬢が学校の制服姿で遠足に来ているみたい。踊りもおとなしいです。
やがて主役のステパノワ@メドーラ登場。真ん中でピシッとポーズを決めたときの強さは、後に海賊の女房になる気丈な娘らしく、ひときわ目立ちました。髯がかっこいいプハチョフ@コンラッドとよくお似合い。2人とも、すんなり伸びた手脚がきれいです。プハチョフがもうちょっとたっぷり見栄を切ってくれたら、ルジマトフ@アリの主人に見えたかもしれません。
1幕:市場の場面
奴隷を物色する金持ちの喧噪やエキゾチックな娘たちの踊り、そして商売熱心なアフメット(市場の元締め・奴隷商人)の立ち回りなど、いろんな芝居や踊りが盛込まれています。しかしレニ国の市場は雑多で猥雑な感じを醸すところまでには至っていませんでした。たぶん、舞台セットが簡素なのとエキストラの人数が少ないこと、そして男性陣が金持ちの好色漢に見えないせいかな。
そしてまずはロマチェンコワ@ギュリナーラ(さらわれたギリシャの娘・美しさではメドーラに次ぐ2番手)とプローム@アフメットのパドドゥです。プロームは芸の道半ばのかわいい悪役でした。お金持ち相手にあやしげな商売もやってのけながら市場を仕切る、芸達者で憎めない悪役になってね。
ロマチェンコワは身体能力が高いのでしょう、踊りは安定していて上手でした。でも身に降りかかった不幸を嘆きつつ、美貌の娘らしい魅力も見せるこの場の主役としては、こちらも道半ばでしょうか。ステップするときの腕、顔の付け方などがもっと表情豊かになるといいな。
2幕のパドトロワ(メドーラ、コンラッド、アリ)は、美しくてシリアスなアリと、若い海賊カップルをボーッと見ているうちにサラッと終わっちゃいました。ちょっと吸引力に欠けたかな?それとも私の集中力が切れたかな。
3幕、パシャの夢「花のグランパ」。
レニ国のダンサーは鬘を付けないで踊ります。白い鬘で扮装しなくても十分ファンタジックです。むしろこちらの方が自然で好き。クラシック・チュチュが似合うダンサーの容姿、それからよく揃った群舞が美しくて眼福でありました。クラシック・トリオ、ピチカットの踊りで彩りが添えられ、飽きることがなく、楽しかったです。私がひいきにしているミリツェワ@クラシックトリオのバリエーションも好調。こういう群舞の場面が始まると、つべこべ言うのをすっかり忘れ、ファンタジーに浸ることができる、これがレニ国の最大の魅力だと思います。
さてお目当てのルジマトフですが
彼は中央アジア出身。両親はカザフスタンとウズベキスタンの人で、ヨーロッパ・ロシアのペテルブルクでは、エキゾチックな存在。私が彼の全幕作品出演を観るのは初めてでしたが、ロシア人ダンサーの中に立つルジさんは意外なほど華奢に見えました。それなのに、あの桁外れの存在感。桁が外れすぎて浮いてたような気がしましたが。。。
ルジマトフはアリというキャラクターがどのようにして生まれたかを心得ていて、この青春冒険譚の群像に収まる役作りをしたのでしょうが、私には収まりきってなかったように見えました。
踊りは控えめでしたが、ペテルブルク派バレエの優雅な所作は疎かにしません。芝居のマイムやポーズを美しくたっぷりと演技し、しかも顔つきがなぜだかやたらシリアスで目立ちます。
容姿抜群のプハチョフ@コンラッドは姿勢や見栄切りなどにまだ修行の必要ありなので、ルジさん@アリとはどう見ても主従関係が逆。
アリが「おかしら、剣をどうぞ」と手渡し
「ご存分に」とマイムをしても、そうは見えません。
アリがコンラッドに剣を遣わせて成敗を促し、美しくゆ〜ったりと片手を上げ、「行け!」とか「やれ」なんてね、ことの成就を待つといった風情。2階のてっぺんまで魅了したこと間違いなしですが、その間の主役の動きはすっかり見落としました。僕にあるまじき態度ですなー、脚本をすっかり逸脱してました。後ろから襲いかかってくるビルバントを防ぐのも、アリではなくてご主人のコンラッドでした。アリはメドーラを庇う役。
でも海賊ってキャストによる変則バージョンも楽しめる娯楽作品ですから、私はとても楽しみました。なにしろ、舞台に居ながら脚本を書き替えてしまうルジさんを目の当たりにしたのですから。
ルジマトフというカリスマダンサーの客演でレニ国の「海賊」全幕が、特別印象の強い舞台になったとは思えませんが、ちょっと際物的な面白さはありました。
姫や王子が出てくるバレエではないので、主役、脇役にもっと強い野性味と自己主張がほしかったです。芯がそのように成長したら、おとなしくてお行儀のいい男性群舞や市場のエキストラさんたちも弾けるかも…ね?

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