演劇の国、英国バーミンガム ロイヤル バレエ団のピーター・ライト版「コッペリア」。その舞台セットは、向かい合うスワニルダとコッペリウスの家が両端に。それぞれに続く家並みが、中央に向かって遠近法で描かれた絵画のように配置されています。全体に渋い茶系の彩色と丁寧にぼかしを施した影が、アンティークの立体絵本のよう。ダンサーはみな、マイムなどの演技が達者で、台詞が聞えてきそうなコミック・バレエを見せてくれました。
英国バーミンガム ロイヤル バレエ団
「コッペリア」 全3幕日時:2008年1月11日(金)午後7時開演
(午後9時30分終演)
会場:兵庫県芸術文化センター 大ホール
音楽:レオ・ドリーブ
振付:マリウス・プティパ
エンリコ・チェケッティ
ピーター・ライト
演出:ピーター・ライト
装置・衣装:ピーター・ファーマー
照明:ピーター・ティーゲン
【キャスト】
スワニルダ :佐久間奈緒
フランツ :ツァオ・チー
コッペリウス:マイケル・オヘア
主役は東洋人カップル。佐久間さんは安定した踊りと、コメディエンヌのスワニルダを好演。2幕、コッペリアに扮して踊りを披露するときには、瞬時に切り替わるキャラクターの表現が明確でよかったです。
フランツ役のチーさんは、1幕では少し不安定なところもありましたが、3幕ではバンバン跳んでも衰えないスタミナときれいなポジションがご立派! 欧米人ダンサーに混じって群舞をするとき、もう少し身長が欲しいと感じました。
コッペリウス博士が全く怖くないというのは、少しもの足りませんでしたが、ピーター・ライト版の脚本がそうなっているようです。マイケル・オヘアさんはユーモラスで身の軽そうなおじいちゃんを好演。
《第1幕》ヨーロッパ東部の村の広場
コッペリア:ソニア・アギラー
スワニルダの友人:
平田桃子、ジャオ・レイ、ナターシャ・オウトレッド
ヴィクトリア・マール、アランチャ・バゼルガ
ジェンナ・ロバーツ
ジャオさんはお顔が小さく、大きな瞳に東洋風の詩情あり。ほっそりして笑顔がチャーミング。立ち姿の姿勢が悪いけれど、ムーヴメントは柔らかでよくコントロールされており、音楽ときれいにシンクロしていました。
ジプシー:シルヴィア・ヒメネス
黒髪のヒメネス、この日はジプシーと「祈り」のソリストでした。清楚とエキゾチシズム、どちらを演じても魅力がありました。
マズルカ、チャルダーシュ:
サマラ・ダウンズ、アニーク・ソーブロイ
ジェームズ・グランディ、スティーヴン・モンティース
見ごたえがありました。民族舞踏はロシア系でなくっちゃ! という私自身の偏狭な思い込みを改めなければなりません。しっかりアクセントをつけたステップがかっこよかったです。加えて男性コールド陣のスタイルがよかったのも、ポイント高いよ。
《第2幕》その夜、コッペリウス博士の仕事場
東洋の人形:ローラ=ジェーン・ギブソン
スペインの人形:キャリー・ロバーツ
スコットランドの人形:厚地康雄
兵士の人形:オリヴァー・ティル、クリストファー・ロジャース=ウィルソン
ここは何といっても主役3人のお芝居が見どころ。ポンポンと交わされる台詞が聞えてきそうで、実に面白かったです。マイム、顔の表情、身体の傾きなど、すべての動きに台詞と心情が仕込まれていて、しかも冗長にならない。お芝居のようなバレエでした。
佐久間さんはスペイン人形が特によかったです。博士に望まれ、扇をさっと広げたとたんに別キャラになりきり。踊りでこれだけお芝居できれば、もう最強のスワニルダです。
《第3幕》翌日の晩、公爵の屋敷の庭園
鐘の儀式のディベルティスマンです。セットは舞台奥に低く刈り込まれた生け垣が置かれた平板なものと、リボンを掛けたようなアーチ状の、大きな木の枝だけになっていました。祝祭的な踊りの場に転換したということでしょうか。
エキストラと子役は日本人。舞台での立ち居振る舞いは、とても堂に入っていて(エキストラでそう言うのもなんだが)上手でした。アムールに扮した男の子が「婚約の踊り」のラストにささっと前へ出てポーズを決めたときは(うまいっ)、感心しました。
時の踊り:コールドのみなさん
暁:キャロル=アン・ミラー
祈り:シルヴィア・ヒメネス
仕事:キャリー・ロバーツ、クリステン・マギャリティほか
婚約:平田桃子、ジョナサン・カグイオア
闘い:ジェームズ・グランディ(ソリスト)
ファーガス・キャンベルほか
平和:佐久間奈緒、ツァオ・チー
でも、こういうクラシック バレエのディベルティスマンは、ロシア・バレエが世界最強だと再認識したのでありました。踊りによって叙情や生命力を表現するのは、マイムなどの演技とは異なるテクニックだと思います。1、2幕のようにコメディの脚本がしっかりした場面では、踊りのニュアンスはそれほど複雑である必要はありません。若々しい躍動感や音楽とのシンクロを観て十分楽しめれば、それでいい。
ところが、3幕のような標題を与えられたディベルティスマンを彼らが踊ると、身体の造作を観た、というだけで終わってしまう。ダンサーの身体から発しているのが、喜びなのか感謝なのか愛情なのか、よくわからないのです。溌剌型はアスリートっぽく感じられ、バレエとしてはちと乱暴に見える。また叙情型は空間の支配力が狭くてこぢんまりと見えるのです。1、2幕の生き生きとした演技に比べ、3幕はちょっと膠着したような、平板な感じがしたのが惜しい。
いろいろ文句をつけた3幕ですが、普通に祝祭感あふれるよい終幕ではありました。主役のグランパドドゥは盤石の仕上がりで、ツァオ・チーさんはここが1番かっこよく、最後まで疾走して見せ場を締めくくってくれました。
壊れたコッペリアを車いすに乗せて見物していたコッペリウスにも、最後に幸せが? というエピローグは、この版にふさわしくてよかったです。
ピーター・ライト版「コッペリア」第1番のポイントはマイムです。バレエ作品で、あれだけたくさんのマイムを使ったものは初めて観ました。そして、そのマイムに見入ってしまったのも初めてです。ダンサーはみな演技が達者で間合いがよく、言わんとしていることがよく伝わってきました。ですから、これまで観てきたどのバレエ作品よりも登場人物に親密な気持ちを抱き、お話の成り行きを楽しみました。
BRBのフィリップ・モリス指揮、関西フィルの演奏もよかったです。ピーター・ライトの演出をしっかり支えていました。2008年初バレエ、満足なり♪

0