バーミンガム ロイヤル バレエ団2008年日本ツアー千秋楽は、びわ湖ホールにて「美女と野獣」。午後からは曇り空の大津。でも視界は良好♪ 東岸、西岸はもちろん遥か対岸の連山までぐるりと見渡せました。ホールから琵琶湖に向かってすぐ左手は比叡山。山襞には雪が残っており。正面に、びわ湖大橋もよく見える。その少し右手には、片側をスプーンですくい取ったプリンのような伊吹山。大ホール4階ホワイエは、びわ湖パノラマ1等席でした。
英国バーミンガムロイヤル バレエ
「美女と野獣」全2幕
日時:2008年1月19日(土)16時開演
会場:滋賀県立芸術劇場 びわ湖ホール
【キャスト】
ベル:アンブラ・ヴァッロ
野獣:ドミニク・アントヌッチ
ベルの父親(商人):マイケル・オヘア
ベルの姉 フィエール:キャロル=アン・ミラー
ベルの姉 ヴァニテ:マリオン・レイナー
ムッシュー・コション:ジョナサン・ペイン
ワイルド・ガール:アンジェラ・ポール
雌狐:平田桃子
カラス・ジョセフ・ケイリー
木こり:ヴァレンティン・オロヴィヤニコフ
差し押さえ執行官:ロリー・マッケイ
終税吏:ヴァレンティン・オロヴィヤニコフ
祖母:ヴィクトリア・マール
指揮:ポール・マーフィ
演奏:関西フィルハーモニー管弦楽団
BRBの「美女と野獣」は、物語バレエを達者な演技と凝ったつくりの舞台装置で見せる佳品です。ダンサーの演技は目の動きから背中の伸び具合まで、とても雄弁。マイムはもちろん、ソロ、パドドゥ、群舞まで、そのほとんどすべてが登場人物のキャラクターや細やかな情感、そして物語の展開を伝えるために演じられます。
舞台美術は、仕掛け絵本が開くように展開したり、上から大きな布が降りてきたりして、いろいろな場面を演出していました。「その美しさに匹敵するほど残酷で、裕福だが無慈悲で、その権力に自惚れていた」がゆえに野獣となってしまった王子の物語ですから、ほとんどの場面は暗い照明に渋い茶と金を多く使った重厚なセットでした。美女(ベル)の姉たちの即物的、利己的な振るまいを、明るく彩色豊かな場面でくり広げるアイロニカルな場面もありました。
アンブラ・ヴァッロが演じるベルは、心の強さが目に現れているような美人でした。父親や野獣に自分を差し出すことができたのは、その強さゆえ、と思えました。でも「女傑」というのではなく、荒涼とした風景の中に立つ若木のような詩情も感じる、魅力的な主人公です。
野獣のアントヌッチは、凶暴な顔の被り物をしていてさえ、その面が懇願し、苦悶し、恫喝する…と表情を変えているかのような演技がおみごと。最後に美しい王子となり被り物をとったら、サウナにから出てきたといった様相で、なんとも汗臭いことでありました。
1幕と2幕の終わりに ベルと野獣のパドドゥがあるのですが、特に1幕のパドドゥがよかったです。これは野獣の館にベルが到着したときのもの。ベルは恐怖を感じながらも、自分を招いた館の主人たる野獣に深く敬意を表します。それを見た野獣はベルを強く求め、その後毎日のように求婚するようになります。ベルは野獣の優しい心に気づきながら、望郷と、愛のない結婚は承諾できないというふたつの思いから、野獣の求めに応えられません。
かつての残酷さと自惚れを悔い、ひたすらにベルを求めて懇願する野獣。同情しながらも求めには応じられないベルの心情。それを細やかに演じながら踊られるパドドゥ。この作品における演劇バレエの真髄です。このような複雑な心理描写の方が、演劇バレエには向いていると思いました。終幕、美しい王子とベルのパドドゥは、ふたりの幸福感あるのみですから、どうしても単調に見えました。こういうパドドゥでうっとりさせてくれるのは、やはりロシア系のダンサーだと思います。
子どものためのお話「美女と野獣」は、女性をよき妻に育てようという、含みがある物語だと言われることがあります。でも私は、BRBの「美女と野獣」は、ベルの強さと誠実さという美点に触れた野獣が、美しい人間に再生した物語だと思います。
第1幕だけ見れば、「捕食性の夫を穏やかな男性に教化する」のが妻の美徳だというまでのことです。ところが、優しを見せるようになっても、野獣の恐ろしい容貌は変わらず、思い通りにならなければ、凄まじい怒りを露わにもします。ベルのよき夫でありたいと願うだけでは、何も変わらないからです。野獣としての自分をベルに受け入れさせるだけでは、彼は再生できないはずです。
第2幕、ベルの留守中に野獣が瀕死の苦しみに陥るのは、野獣が人として再生するための孤独な葛藤の姿だと思います。それは彼女が野獣の館を自分の意志で離れていたときのことであり、瀕死の野獣を見守っていたのは、彼の残酷さゆえにその道連れになった獣面の廷臣やワイルドガール、つまり「罰」なのです。
象徴的な意味において、野獣がその属性を美しい王子に変えることができたのは、死ぬほどの葛藤を孤独に耐えて克服したからなのだと、この物語バレエは訴えていたと思います。
サブ・キャラクターでは、ワイルド・ガールのアンジェラ・ポールも魅力的でした。ヴァッロより身体がひとまわり大きく、これまた強い目の力がカッコいい美人です。彼女はプロローグで残酷な王子が狩ろうとしていた雌狐が、木こりによって姿を変えられたものです。王子に命を奪われそうになったところを助けられたわけですが、王子に寄り添う使命を与えられるのです。炎のような赤い髪、しなやかな白い身体、野獣の姿を追い続ける目。それは不可思議な化身の演技です。
ベルを野獣の城に導くカラスのソリストと群舞、獣に姿を変えた城の人々の舞踏会など、ソリストやコールドの活躍はもっぱらお話の展開を語るト書きや地の文を担っています。全2幕6場の随所で、話のうねりや場面の飛躍などを効果的に演じていました。
姉たちをアイロニカルに描いた場面も、渋いアンティーク絵本に挿入されたカラーページのような効果をもたらしていました。
残念ながら、このカラーページの場面以外は照明が暗く、客席の後ろ半分には、この演出のよさが前方席ほど伝わっていなかった模様です。この作品が英国で初演されたときも、照明が暗すぎるという批評があり、
ウェブサイト(ballet.co)に残っています。舞台芸術として譲れないところもあるのかもしれませんが、多くの観客に舞台上の表現が十分に伝わり、共感を得られるようにして欲しいものです。
現代カナダの作曲家、グレン・ビュアーによる音楽は、どことなくストラヴィンスキーのバレエ音楽を思い出すような和声や、もっと近代的な感じの奏法や、サックスのソロが入るなど、ところどころ「おや?」と思わせるスパイスを散りばめながらも、演奏会にならず、クラシカルな雰囲気の伴奏に徹していました。
レベルの高い舞台表現を楽しませてくれた英国バーミンガムロイヤルバレエ団。そう遠くない将来、再び来日してビントレーの演劇バレエ作品を見せてくれることを願っています。

0