振付家プティパと音楽家チャイコフスキーのコラボレーション、「眠りの森の美女」。音楽、美術、ダンスともに盛りだくさんな、古典バレエの大作です。この日はイリーナ・コシェレワの日本でのオーロラ デビューでした。これまで観たレニ国の全幕バレエの中で、一番よかったと思います。大所帯の出演者、演奏者全員がバランスよくまとまっており、観客が楽しめるようにという心意気が、どのシーンでも途切れることがありませんでした。
レニングラード国立バレエ
− ムソルグスキー/ミハイロフスキー記念 −
「眠りの森の美女」
全3幕 プロローグつき
日時:2008年1月30日午後18時30分開演
(終演は21時55分頃)
会場:大阪フェスティバルホール
〈キャスト〉
オーロラ姫:イリーナ・コシェレワ
デジレ王子:アルチョム・プハチョフ
リラの精:イリーナ・ペレン
カラボス:アントン・チェスノコフ
王:マラト・シュミウノフ
王妃:ナタリア・オシポワ
式典長:イーゴリ・フィリモーノフ
従者:アレクセイ・マラーホフ
妖精たち
優しさの精:アナスタシア・ロマチェンコワ
元気の精:エルビラ・ハビブリナ
鷹揚の精:タチアナ・ミリツェワ
呑気の精:サビーナ・ヤパーロワ
勇気の精:オリガ・ステパノワ
4人の王子:
ミハイル・シヴァコフ
デニス・モロゾフ
ミハイル・ヴェンシコフ
ニコライ・コリパエフ
フロリナ王女:エレーナ・コチュビラ
青い鳥:アンドレイ・マスロボエフ
宝石の精
ダイヤモンド:タチアナ・ミリツェワ
サファイヤ:エルビラ・ハビブリナ
金と銀:キャスト表によると以下の通りですが
エレーナ・エフセーエワ
ユリア・カミロワ
エフセーエワは出ていませんでした
白い猫:アレクサンドラ・ラトゥースカヤ
長靴をはいた猫:パヴェル・ヴィノグラードフ
赤頭巾ちゃん:エレーナ・ニキフォロワ
狼:アレクセイ・マラーホフ
ファランドール:
エレーナ・ニキフォロワ
ニキータ・クリギン
子どもたち:
畑節子バレエフォーラム
畑節子ジュニアバレエ
指揮:アンドレイ・アニハーノフ
管弦楽:レニングラード国立歌劇場管弦楽団
舞台は長いプロローグから始まります。オーロラの誕生祝いに訪れる美しい妖精たちの踊り、そしてカラボスの登場と恐ろしい予言、リラの精の取りなしが、マイムを盛込んだダンスでたっぷり演じられます。美しいソリストのバリエーションが、丁寧な伴奏で踊り継がれていきました。その頂点に立って牽引するペレンは、やはりひときわ美しくて存在感がありました。
主役のコシェレワは、大きな黒い瞳が可愛らしい顔立ち。押し出しは強くありませんが、ほっそりとした美しいスタイルとたおやかなフォルム、丁寧で品のよいムーヴメント、ロシアバレエのよき伝統を受け継ぐバレリーナです。
彼女が演じるオーロラの成長とともに、物語は展開します。1幕、16歳の誕生日にはまだ幼さの残る少女姫を、2幕、幻影の場では待ち続ける乙女を、3幕、結婚式ではレニ国随一のダンスール ノーブル、プハチョフ@デジレ王子とのロイヤル カップルを見せてくれました。ふたりは細身で上品なラインがよく同調し、まるで隣り合うパズルのパーツのように、ピタッとはまって見えました。
イリーナ・ペレン@リラの精は、硬質で華がある踊りと、オーロラの後ろ盾らしい温かみのあるマイムで、存在感がありました。後で聞いたところによると、彼女はオーロラのコシェレワより背が低いということですが、舞台では彼女の方がそそり立って見えました。さすがです。
「眠り」は重厚長大な作品ですから、女性の看板ソリストが多数出演。主役からコールドまで、いろいろと衣装を替え(しかもほとんどグラン・チュチュ!)、舞台はスパンコールも賑々しい、麗しのお花畑でしたわ。
その中で、エレーナ・コチュビラ@フロリナ王女は予想外の造形でした。視線、ポーズ、顔の付け方、腕の動き、すべてがとても妖艶。足が長く、細い身体、ちょっと謎めいた視線、全体から発する妖艶な雰囲気。う〜む、不思議なフロリナであった。ただ、フォルムやムーヴメントはペテルブルク流とはちょっと違うようでした。この独自路線が、レニ国のソリストとして今後どこまで認知されるのか、気になるところであります。浮いているところがなきにしもあらずなので、心配なのよ。
さて、キャラクター・ダンサーたちがみな、こなれた演技を見せてくれたのも楽しかったです。ロシア風の大仰でコミカルな表情が面白い。
立派な体格と整った顔立ちのアントン・チェスノコフ@カラボスは、ちょこっと見せるオネエ系のしぐさやポーズが出色。醜い老妖精よりも、美貌(?)と強い精気を誇るカラボスってのもいいですね。
面白さと可愛らしさがいい案配でミックスしていたエレーナ・ニキフォロワ@赤頭巾ちゃんもよかったです。
アレクサンドラ・ラトゥースカヤ@白い猫は、ちょっと年増でコケティッシュ。こういうのもありか〜。
音楽ですが、序曲の冒頭、あの つかみかかってくるような勢いが無く、「先が思いやられる」という落胆が頭をよぎりました。が、さすがレニ国打楽器陣。序曲での第1声にバッシャン!とすごい音を出し、それで管弦楽団は目を覚ましたようです。後はアニハーノフさんの制御で、バランスのいいアンサンブルでした。
バレエの伴奏ですから、ドラマを盛り上げる大きな音に聴きごたえがあるわけではなく、ダンサーに寄り添うような温和しい演奏です。
特にいいと思ったのは、2幕、リラの精とデジレ王子が登場する直前、カラボス一党が眠れる城を隠した紗幕の前で蠢くところです。この場景描写がとてもよかった。カラボスは最後の怪気炎を上げているのですが、音楽はメゾピアノ、暗い森の朽ち葉の下から囁きが聞えるような効果をもたらしていました。
その他の場面には、随所にヴァイオリン、クラリネット、チェロなどのソロがあります。みな安定して心がこもっていて、控え目で、好感を持ちました。他の公演では、たまに、ダンサーそっちのけで情感のすべてを引き受けようとするソリストに遭遇することがあります。そういうとき、たいていダンサーは踊りにくそうです。この日はもちろん、そんな突出はありませんでした。
2幕の間奏曲は、舞台のライトが落ちて紗幕の模様だけが浮かび上がる中、8分を超える演奏です。まずヴァイオリンのソロから。やがてクラリネットに移り、間もなく合奏、再びヴァイオリンの音色が浮かび上がり、静かに終わる。会場からの拍手にアニハーノフさんが振り返り、ヴァイオリンのソリストを指揮台に上げて称えていました。
バレエを初めて見る方には、「できればドンキホーテを」とお勧めするのですが、この日のような舞台なら「レニ国の眠りを」という選択肢もあると思いました。心配なのは、舞台の完成度にムラがあるかもしれない、ということ。主役、ソリスト、コールド、それにチャイコフスキーの音楽まで、全幕古典バレエの中ではかなりボリュームがある作品なので、どれか1つでもレベルダウンすると、仕上がりが全く違ってきそう。まずい舞台だと観る人の失望が大きくなる、ちょっと怖いところもある作品です。
なお、クラシックバレエでは「眠れる森の美女」という標題が一般的ですが、このバレエ団だけは、日本語のプログラムに「眠りの森の美女」と表記するのが常です。

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