マラーホフの贈り物2008大阪公演を観ました。クラシックとモダンのパ・ド・ドゥ、白鳥の湖第2幕 全編、そしてマラーホフのためのソロ新作と、いろいろ取りそろえられたプログラム。ダンサーたちの個性も、元気とテクニックをほこる若手ペアから堂々のスター、アメリカに咲くウクライナの名花、マラーホフの秘蔵っ子(?!)など、さまざま。2階中央前方ブロックでしっかり楽しんできました。
マラーホフの贈り物2008
会場:フェスティバルホール(大阪)
日時:2008年2月13日(水)18:30開演
(21:30分頃終演)
《プログラムと出演者》
第1部
牧神の午後
振付:ジェローム・ロビンズ
音楽:クロード・ドビュッシー
ポリーナ・セミオノワ
ウラジーミル・マラーホフ
白い布で遠近法の絵画ふうにしつらえられた小さなレッスンルーム。横たわるマラーホフの白い背中にドキッ。2階からオペラグラス無しで見る青白い顔は、人ならぬ牧神の? でも、獣性というよりは妖精の気が漂っています。仰向けになって、細くなった脚を上げ下げなど、レッスン前のストレッチのような動きをするのだけれど、膝からつま先にかけての優美な線は比類がないです。ちょっとゾクゾクする幕開けでした。
セミオノワ、2階から見た限りではすんなりして、ぐっと女性らしく柔らかなラインになったように感じました。ふたりの場面に、ドラマチックなストーリーは感じませんでした。それぞれの「気」がこちらに伝わってくるほど絡みつくでなし、互いに膚を掠めるように通り過ぎた幻影の場、と見えました。
エスメラルダ
振付:マリウス・プティパ
音楽:チェーザレ・プーニ
ヤーナ・サレンコ
ズデネク・コンヴァリーナ
跳んで回ってなんぼ、のおふたり…かな。上手でした。一片の雲もない空がそこにあるような、そんな踊り。
シンデレラ 振付:ロスチスラフ・ザハーロフ
音楽:セルゲイ・プロコフィエフ
マリーヤ・アレクサンドロワ
セルゲイ・フィーリン
青い背景に小さな星が散りばめられた舞台。シンデレラ終幕の「ゆるやかなワルツ」かな。アレクサンドロワの衣装は照明のせいか、青みがかってみえる灰色のシンプルなワンピース。フィーリンは、ふわっと自然な感じで軽く分けた前髪が額にかかり、ゆったりしたブラウスからタイツ、ブーツまで真っ白。なんて素敵。クラクラして、マーシャはほとんど見ておりませんでした。
しかしこの振付、ほんとにザハロフか? ソ連製モダニズムというよりは、コンテンポラリーのように感じたのだが。まさかポーソホフ版ってことないよね。当代ボリショイのプリンシパルが踊ることによって、60年以上前のダンスがそういうふうに見えることがあるのかもしれません。会場で配られたキャスト表には、振付と音楽のデータが掲載されていませんでした。
(プログラムが売り切れだったため、確認できませんでした)
くるみ割り人形
振付:レフ・イワーノフ
音楽:ピョートル・I.チャイコフスキー
イリーナ・ドヴォロヴェンコ
マクシム・ベロツェルコフスキー
同じクラシックのグラン・パ・ド・ドゥでも、臈長けたバレリーナと美しいパートナーが踊るとこうなるのね。アダージョは、チャイコフスキー独特の「泣き」というか、コブシをまわすようなニュアンスをキリッと強調して見せるなど、独自の表現が楽しめました。ベロツェルコフスキーは上品な大人の王子様、ドヴォロヴェンコはマダム金平糖でした。

休憩
第2部
白鳥の湖 第2幕(全編)
振付:レフ・イワーノフ
音楽:ピョートル・I.チャイコフスキー
オデット:ポリーナ・セミオノワ
ジークフリート:ウラジーミル・マラーホフ
ロットバルト:木村和夫
4羽の白鳥:
森志織、村上美香、岸本夏未、河合眞里
3羽の白鳥:
西村真由美、乾友子、田中結子
ほか東京バレエ団
東バの白鳥の湖 第2幕、フル バージョンは初めて見ました。2階席だったので、ロットバルト 壇上(岩の上?)の怪気炎は最後のところだけしか見えませんでしたが、フロアに降りてからの鋭い動きとキメのポーズは、よく見えました。なぜか、時代劇の若い敵役を思い出しました。
マラーホフは演技が素晴しい。オデットに逢ってしまったがゆえに誕生日の憂愁はどこへやら、孤独で多感な青年が白鳥姫にくるおしいほどの憧憬を抱き、それ訴えるの図。どうかすると「ひたすらサポートしておっただけ」と言われるこの難所で、あれほどのジークフリート像が見えるとは。それはセミオノワの立派な白鳥の女王に、悲劇性を持たせることに貢献しておりました。
舞台に登場したセミオノワの立ち姿は美しく堂々たるもので、他の白鳥たちを圧倒して見えました。とにかく強そう。オデットにしては不幸の翳りや宿命の重さが見えません。そこはマラーホフとのマイムやパドドゥあったればこそ。手を差し伸べるジークフリートを前にしても、「まことの愛が誓われる(証明される?)までは救われません」と(少々棒読みではあったが)静かに応える湖畔の場面が粛々と進むのを見るうちに、封じこめられた女王の孤独が見えました。
そんなわけで途中からは、ほとんどセミオノワに目が釘付けになりました。琥珀色のマラーホフとは最後までトーンが違い、同調することはありませんでしたが、踊る芸術監督 マラーホフの演出は成功していたと思います。

休憩
第3部
「白鳥の湖」より“黒鳥のパ・ド・ドゥ”
振付:マリウス・プティパ
音楽:ピョートル・I.チャイコフスキー
マリーヤ・アレクサンドロワ
セルゲイ・フィーリン
やっぱりグラン・チュチュのアレクサンドロワは無敵。登場するや会場の空気を支配して、コーダまで圧倒されっぱなし。座席が、少しは落ち着いて見られる2階でよかったです。
コーダの最後、上手奥から下手前の王子に向かって跳ぶようなステップを繰返しながら進み出るところでは、右足を鋭く早く斜め前に伸ばしたパドシャのジャンプを繰り返しつつ王子に迫って行ってました。かっこよかったです〜。
フィーリンは、シンデレラの王子のときは額や耳にかぶさっていた髪を後ろに流し、ご公務モードになってました。今回、フィーリン王子のオフ(シンデレラで)とご公務中、両方を見られたのは、眼福でありました。
スプレンディッド・アイソレーション
振付:ジェシカ・ラング
音楽:グスタフ・マーラー
イリーナ・ドヴォロヴェンコ
マクシム・ベロツェルコフスキー
音楽はマーラーの、たぶんアダージェット(交響曲第5番第4楽章)。長大な布を使ってプロットを象徴的に伝えようとしたアイデアは、小品として面白いと思います。また、それをスタイルのよい、目を合わせるだけでストーリーが想起できそうな美しいふたりが踊るとなれば、カタルシスの期待もいや増すというもの。
でも残念、そうはいきませんでした。ムーヴメントが美しくない。作品の展開と布の使い方は、アマチュアの習作を見ているようで、なんかくすぐったかったよ。絵的には(静止画として)、目が喜ぶシーンが散りばめられていましたが。
ドン・キホーテよりグラン・パ・ド・ドゥ
振付:マリウス・プティパ
音楽:レオン・ミンクス
ヤーナ・サレンコ
ズデネク・コンヴァリーナ
サレンコは静止バランス、コンヴァリーナは連続回転。これが最大のアピール・ポイントなのはよくわかりました。きっちりと古典を見せてくれました。
ラ・ヴィータ・ヌォーヴァ(世界初演)
振付:ロナルド・ザコヴィッチ
音楽:クラウス・ノミ/ロン・ジョンソン
ウラジーミル・マラーホフ
音楽は重々しい電子音とメゾソプラノ、アルトのソロ・ヴォーカルなど。青銅を連想する硬質で冷たい斑の照明、黒っぽいシースルーのスウェットを着たマラーホフ。緊張感と不安が伝わってくる冒頭から、スウェットを脱ぎ捨て、白いショートパンツとシースルーの半袖Tシャツ姿に。終わりまで身もだえながら 踊り続ける作品でした。
カーテンコールでは、ジャンプも披露。いつものグランジュテでシュパッと登場!ではなく、ブリゼのフィニッシュ(既に空中で脚を交差させたあとの斜め飛び)でぽーんと出てきてくれました。
私はマラーホフが踊るコンテンポラリーを理解するほど、彼を長く見てはいません。でも、ロビンス版「牧神の午後」のような作品は、観る度に、またパートナーによっても印象が変わり、ドラマが想起できることがありそうです。また観たいものだと思います。
一方、今回の「ラ・ヴィータ・ヌォーヴァ」や「ヴォヤージュ」は、彼の身体の動きを観る以上に深入りしようとすると、混乱してしまいそうです。
今回、マラーホフのクラシック ダンスは、「白鳥の湖」第2幕のみ。彼の動きはサポート、リフト、ポーズばかりで後は演技です。でも、私はマラーホフのジャンプが見たいとか、特定のヴァリエーションが見たいという欲求はありませんので、十分満足しました。どんなところに満足したのか、それはなぜなのかは、本文中に書きましたので繰り返しません。彼は美しいダンサーですし、クラシック作品の1シーンを雄弁に演技、演出して見せてくれました。

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