小宮山量平の「私の大学」画家の田島征三さんがトーク
「『生きる力をかきたてること』がアーチストの仕事」
週刊うえだ 2014.12.6 掲載
上田市出身の編集者・小宮山量平さんの遺志を継ごうと開く「小宮山量平『私の大学』講座」が上田駅前のエディターズミュージアムで先頃開かれ、画家で絵本作家の田島征三さん(74歳)が、小宮山家に長年飾られていた田島さん23歳のときの大作のエピソードなどを交えて話しました。
田島さんは多摩美術大学卒業後に大手広告会社採用されますが、「喧嘩をして帰ってきてしまった」そう。仕事を得ようと絵本作家ら仲間に紹介され出会ったのが小宮山さんでした。
当時。東京国立のアパートの3畳間に住み、隣接する笹藪を刈り込んでアトリエにして描いたのがこの大作。雨を避けようとアパート軒下に置いた絵は近所からクレームを受け、捨てるつもりで出した展覧会で賞を受賞。「それを小宮山さんがもらってくれた」とのこと。
「(その後)小宮山さんは定期的に本を出してくれた。ぼくが干上がらないようにです」
「理論社に行くと量平さんの“演説”が始まる。電車のシートに座り車窓にへばりつく子どもの行儀を非難する評論家に怒り“子どもに風景を見せてやろう!”なんて素敵な人でした。話が終わるとお金が入った封筒をいただきました」と田島さん。
また絵本や現代美術制作など自身の多彩な活動についてふれ、日本・中国・韓国の絵本作家12人で「日・中・韓平和絵本」シリーズとして手掛けた『ぼくのこえが聞こえますか』を朗読。
“「くにのために たたかえ」と みんなに はげまされて ぼくは せんそうに いった。かあさんだけが ないていた”と始まる絵本は「これから起こりうることを抽象と半具象で描き、絵本でしか伝えられないメーッセージとなったはず」と話しました。