五味川純平さんの「人間の条件」を三一書房に紹介したことについて、「理論社のような小さな出版社では宣伝費をかけることができないけれど、出版広告を派手にしたら、2万5千部は売れる作品だと思った」と、父は語っていました。
出すべき本を、いつ、どのような形で出すか……、父の編集者としての仕事は、机の上でする編集ではなく、“時代そのものを編集する仕事”だったのではないか──、私はそう思っています。
「住井すゑ作品集第七巻」(1999.7、新潮社刊)の「月報」に戦後三度目の衆議員選の折りに五味川さんと住井さんと父が“勝手連”なるものをつくって、風見章さんを応援したいきさつを父が記しています。
実際、そのことについて、父はたびたび楽しそうになつかしそうに語っていました。五味川さんと住井さんは、父にとって戦後の「祖国恢復」に向けて、共に闘った同志だったのだと思っています。
荒井 きぬ枝
わが友 住井すゑ
“友愛をめざして・・・” 統一体質復活への深い祈り小宮山 量平
(日本読書新聞 1982年9月27日)
*・・・私にとって住井すゑさんほど「ともだち」を感じさせられる人はいない。それというのも、先生あつかいしたり先輩あつかいすることを、彼女自身がおのずから拒んでいるからだろうか。いや、それだけではない。今や彼女の中には、いわゆる友情を越えて、「友愛」にまで昇華させる人間関係への気魄が、いぶし銀のようにみなぎっているからである。
*・・・あんな気魄は、パリ・コミューンの頃のエピソードにはずいぶんちりばめられているのだけれど、近頃の「近代化」された人間関係からは消え失せつつあるのだろうか。私自身は『橋のない川』という作品を、世にいうところの差別問題の観点からのみ味わうなんてことは殆どない。それは前提であり、主題ではあっても、ロマンそのものではない。この作品のロマンはといえば、友愛なのだと思う。
*・・・すさまじい差別の壁をつきぬけ、たたかいぬいて、人間が人間と結びつく紐帯の強さと温かさを描きぬいたからこそ、友愛への大道が照照と誰の胸にも迫ってくるのだ。今その感動こそが、迷える若者たちをこの作品へと結びつけずにはおかないのだろう。当代のロングセラーたるものの根本がここにひそむ。
*・・・思えば「支配するには分離せしめよ」との原理どおり、わが戦後史を貫く内外の支配者たちの施策は、よくぞ分裂体質の形成に成功してきたものである。
その痛みを真底から感じとるが故に、統一体質へのわが同胞のめざめを第一義的な課題として見すえる・・・・・・そういう作風が、住井作品を、この上なく雄大にしている。 挫けるな、挫けるな・・・・・・と、私たちを励ましつづける。正に祈りの文学なのだ。
*・・・近ごろ会うたび、彼女はふしぎな美しさを増しつつある。余りにも壮大な祈りを虹のように思い描くがゆえに、彼女は今、老ゆるわけにはいかないのだ。彼女に巨きないのちを・・・・・・と、テレビなどでこの美女に出会ったあと、うちのカミさんなんぞは、ほんとうに手をあわせて祈っている。
小宮山 量平(理論社会長)
牛久沼の住井さんを訪ねた折
左:「向い風」(1974年 理論社刊)
右:文化座第38回本公演「向い風」パンフレット