2020/12/2
わら半紙を少し厚くしたような、きばんだ小さなハガキが残されています。
1951年(昭和26年)、父あてに届いたある展覧会のお知らせです。
“ご無沙汰いたしました。いろいろおせわになりました”
そう添え書きがありました。 原爆の図美術展覧会
丸木位里・赤松俊子 共同制作 8月6日─11日
日本橋 丸善画廊
第四部 虹 第五部 少年少女
幽霊・火・水の三部作を昨年の今日発表しましてから全国各地を三十八ケ所、約五十万の方々に見ていただきました。いろいろと御批評激励をいただきましたことを厚く御礼申しあげます。
その間に第四部虹、第五部少年少女を描き上げました。六、七、八、九、十部完成の計画をしております。
暑いときでございますがどうぞおいで下さいますよう御案内申し上げます。
あわせて見ていただきたいものは、原爆後、ここニケ年の間に、描きあげました八十才の母の二百点ばかりの中から選びました数十点の作品でございます。
丸木位里 赤松俊子 「私はお前をえた」と題して、父が娘の私に語りかけるようにして書いた文章が収められている『愛になやみ死をおそれるもの』は、1950年(昭和25年)に理論社から刊行されました。十九名の方たちとの共著です。
目次のページを開くと、その最後にこう記されています。 本書の装幀扉カットなどの繪は丸木位里・赤松俊子 共同制作「原爆の圖」およびデッサンのなかからすべてえらばれました。 丸木位里さんと俊子さんが「原爆の図」の制作にとりかかられたのも、やはり1950年であったと記録されています。
のちに理論社の創作児童文学作品に多くのさし絵を残された丸木俊子さん(のちに俊さん)と父はこのようなつながりを持っていたのですね。
『南の風の物語』(おおえひで)は1961年刊、創作児童文学作品最初のシリーズ “創作少年文学”全12冊中の一冊です。
『ありこの記』(香山美子)1962年刊、『しあわせの花』(神沢利子)1965年刊等々。
戦争の悲惨さを伝えることに精魂を込められた一方で、やさしいいくつもの絵が残されています。
描かれている多くの“ハト”は、俊子さんの平和への強い思いなのですね。
『愛になやみ死をおそれるもの』の巻頭に父が記した“編集のことば”を読み返しています。
1950年“朝鮮特需”という情況の中で書かれた一文は、七十年も前に書かれたものでありながら、今現在のこの国への“警句”でもあると、私には思えるのです。 何という侘しい祖国の姿なのであろう。敗戦五年後の時の流れに洗われて、すべてがその本来の姿をむきだしにあらわした現状を見わたすと、戦火に荒れはてた焼けあとの曠野に立ったときよりも、はるかに荒涼とした思いにとりつかれるのではなかろうか。
華やかに夜明けを告げた自由の叫びも、つけやき刃のように、もろくも折れてしまった。
民主主義というめっきの剥げおちたあとからは、凶暴なファシズムの地肌がむきだしになっている。配給の自由を謳歌することのできるひと握りの人々が、今日の日本をエデンの園と呼ぶとき、生活に追いこまれている無数の民衆たちの心からは、自由を叫ぶ気力そのものさえ消滅しようとしている。
こうして、学問の園からは、学問の自由が去った。市民の心には重苦しい壓力が、たとえば税金というような形で、四六時中のしかかっている。多くが失われてゆくなかで、税務官吏と警察隊だけが増強され、そして、私達は今、眼近に戦火のとどろきをきくことになってしまった。
しかし、恐ろしく侘しいのは、単にそれらのことではない。嘆かれるのは、それらのことが、すべて昨日の喜劇の繰り返しだということである。性こりもなく、同じ喜劇悲劇を繰り返そうとして憚らない。その心根である。言論が統制されはじめ、思想の善導が強調され、日本精神がよび戻され、そして、にんまりと特需景気がたたえられているではないか。(後略) 児童詩誌『きりん』に寄せられた詩を父は“編集のことば”のあとに載せています。
『愛になやみ死をおそれるもの』を刊行した父の思いを、位里さんと俊子さんは共有してくださっていたのですね。 戦争はいやだ 戦争はこわい ごはんをたべていても サイレンがなるかと思うと ごはんものどに通らない こわい戦争 人なんかころすの わたしはいやだ ころしては 人がすくなくなって さびしくなるよ かわいそうな人も でてくるもの わたしがなくなったら どうしよう ―大阪市 山口 雅代 (小学二年生) 2020.12.2 荒井 きぬ枝
『愛になやみ死をおそれるもの』より
ミュージアムに展示されている丸木俊子さんの作品です。1966年「南アフリカ政治犯救援国際美術展」のためにほぼ同様の作品を提供してくださったのです。
投稿者: エディターズミュージアム
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