2021/3/31
父の命日が近づいてきました。
亡くなる2日前のことだったと思います。
もうろうとする意識の中で、父は突然敬礼をしたのです。
「あいつらが来た」───と。
旭川の軍隊時代に戦地へ送り出した部下たちの顔が見えたのだと思います。
『昭和時代落穂拾い』の中に「摩文仁(まぶに)の丘」と題した文章が遺されています。 摩文仁の丘
(前略)
──戦後三十年以上を経て、沖縄が観光地と化し、仕事の上の機会があっても、私の足は、そこへ向かうことはなかった。けれども四十年が経ち、真にやむを得ない所用のためついに赴くこととなった私は、ひとりひそかに「摩文仁の丘」を訪れた。
そこには各都道府県毎に哀悼の志を競うかのように個性的な碑が建てられているのだ。
その中でも一段と高く巨きいのが北海道の北霊碑(*)である!
それもそのはずだ。敗戦も間近にソ満国境から沖縄へと廻された北海道出身の兵士一万余を含めて最も多くの生命が、そこに虚しく散華している。私はそのオベリスクを仰ぎながら、その石肌の粒子毎に、かりそめにも私が教え子と呼んだ兵士たちの魂魄のきらめきを感じないではいられなかった。
───君らは死に、俺は生きてしまった!・・・・・・その呟きが、今も私にとっての太平洋戦争の重みである。 (後略) (*)合祀柱数/沖縄戦戦没者10,085柱/南方諸地域戦没者30,000柱 沖縄で散った若者たちが、父の前に現れたのだと思います。
“あいつらにはずかしくないように生きる” ─── 、
それが父の戦後でした。
名護市辺野古の米軍新基地建設の埋め立てに、沖縄戦犠牲者の遺骨を含む沖縄本島南部の土砂が使用されるかもしれないという報道がありました。
坪谷令子さんもメールでそのことを知らせてくださいました。
怒りが込み上げてきます。 どんどん悪くなって行く・・・・灰谷先生が今いらしたら、どんな発信をしてくださっているでしょうか。量平先生なら、永六輔さんなら・・・・・と、天を仰いでしまいます。 令子さんのメールにはそう記されていました。
灰谷さんの言葉をさがして、『いのちまんだら』(1998年朝日新聞社刊 裝画・坪谷令子)を開きました。 (前略) 沖縄が生んだ詩人、山之口貘は1958年、三十四年ぶりに生まれ故郷に帰り、基地の島と化した沖縄を見て嘆いた。 島
おねすとじょんだの みさいるだのが そこに寄って 宙に口を向けているのだ 極東に不安のつづいている限りを そうしているのだ とその飼い主は云うのだが 島はそれでどこもかしこも 金網の塀で区切られているのだ 人は鼻づらを金網にこすり 右に避けては 左に避け 金網に沿って帰るのだ 貘の歎きからさらに四十年、沖縄の現状は少しも変わらないのみならず、さらに自然を壊し、新しい軍事基地を作るのだという。 これはもはや沖縄という一地方の問題ではない。日本人全員の倫理が問われている。
のっぴきならない問題としてある。 (後略) “オジイ、オバアの声”より 山之口貘の詩に重ねた灰谷さんの怒りが伝わってきます。
遺骨、それは “失われた命”。
その “失われた命” が含まれているかもしれない土砂を、基地の埋め立てに使うなんて・・・・・。
遺族の悲しみを、沖縄が強いられてきた苦しみを、この国はどうしてわかろうとしないのか・・・・・。
絵本『星砂のぼうや』(1993年 童心社刊)を思わず手に取りました。
灰谷健次郎さんが “いのち” を語っています。
坪谷令子さんが “いのち” を描いています。
「センソウって、なに?」
星砂のぼうやは たずねた。
「人が たくさん死ぬことだよ」
「あの子の、とうさんは センソウで死んだの?」
「・・・・・・・・・・」
かあさんは だまった。
しばらくして 星砂のかあさんは ぽつりといった。
「戦争で死ぬのは 人だけじゃないよ、ぼうや」
ぼうやは かあさんを見た。
「あんなうつくしい海に 鉄のふねが いっぱいやってきて、
あかい火の玉を 島じゅうにふらしたの。
だれも、はなしのできないほどの 大きなおとがして、
そして だれも はなしをしなくなったの」
星砂のぼうやは、かあさんから 目がはなせなくなった。
遺骨が含まれている土砂。
死んだ生きものたちが眠る海。
それらが私の心の中で重なってくるのです。
私は以下のような文章を、住所・名前を明記して、沖縄県知事さんあてにFAXで送信しました。
2021.3.31 荒井 きぬ枝
沖縄県知事さんへのお願い
沖縄戦犠牲者の遺骨を含む土砂が、辺野古新基地建設の埋め立てに使われませんように
玉城デニー沖縄県知事は、熊野鉱山の開発届に対して、自然公園法33条2項に基づき、開発中止を命じてください。
〒386-0025 長野県上田市天神4-26-4
荒井 きぬ枝
(注)
3月18日、「熊野鉱山の(持ち主からの)開発届」を県が受理したのです。受理とは、書類を受け取ったということであって、許可したという意味ではありません。その届けに対して「知事権限により中止を命ずることができる」ので、その行使(許可をしないこと)を求める声を集めて知事の背中を押そうという動きが生まれています。
(坪谷令子さんの説明から)

投稿者: エディターズミュージアム
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