2009/6/30

百人一首應答歌 六  日記と歌論

わたの原八十島かけて漕ぎ出でぬと 人には告げよ海人の釣船
参議篁

君が帆影三船の山の瀧つ瀬も思ひこがれて松浦潟まで
ながれのおも


天つ風雲の通ひ路吹きとぢよ 乙女の姿しばしとどめむ
僧正遍昭



天雲の間ゆさしまねく使ひらが眞袖もゆらにつれびく笛の音


小野篁は平安朝三代嵯峨天皇の世に、遣唐使を批判の意を篭めた詩文をとがめられて流罪となつたのですが、その彩色を惜しむは「海人の釣り船」のみならず「三船の山の瀧つ瀬」とあらはした國中皆はましてといふほどの意です。
五説の舞をみて詠めると前書きある遍昭の歌に添へては、居合はせたその夜の情景をと心がけてて応答しました。






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