2009/8/18

百人一首應答歌二十九  日記と歌論

めぐり逢ひて見しやそれとも分かぬ間に 雲隠れにし夜半の月影
紫式部

たもとほる經ぬる夜の間をなつかしみめぐり逢へるは月かあらぬか
ながれのおも

気に係りもの思はせる恋人を突きに託して詠んでゐるわけですから「月かあらぬか」とつけてみました。

有馬山猪名の篠原風吹けば いでそよ人を忘れやはする大弐三位

笹の葉をさやに吹き越す風のごとそよとのたより有馬山へと有馬山を「有り」の掛詞にして。


 大弐三位は紫式部の娘であるのみならず、源氏物語宇治十帖は或いは彼女の作かと説をたてられてをります。
 私も何度か通読してみて文体やや齟齬といふか異質なずれあるを覚えました。与謝野晶子などは五六人の作者の手が加はつてゐる可能性があると見てゐたやうです。
 とは申しても源氏物語を世界に紹介したアーサーウェイリーの評に曰く「かつて書かれた文学作品の中でも三本の指に入る出来栄え」といふ価値のほどはいささかも変りありませんが。

母娘して百人一首に選ばれた例は他に和泉式部と小式部内侍があります。
父子となると各年代に跨り十余例に上ります。

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