2010/9/2

若乃花逝く恰も震災忌  日記と歌論

力士等にまして酷暑は去らぬ日を若乃花逝く恰も震災忌
天國で取れ水入りの大相撲再會よろこびゐむ栃錦と

栃若時代とは双葉山が破竹の連勝記録で興隆させ今日の十五日興行を定着せしめたに匹敵する相撲の黄金期でしたでせう。
二人は又ともに理事長となつて、両国の地に国技館を再建するに大きく貢献した。両横綱合せての優勝回数を上回る大横綱も何人か出てゐますがその相撲史に於ける意義と価値では到底両者に及ばぬと言へます。
一連の不祥事による苦難の過ぎ行かぬ間に逝くは心残りでもあつたでせうが、世界の格闘技の中でも最も完成された様式美を備へた国技にして文化財でもあります。再建復興に到る道筋を天国で栃錦とともに見守つていただきたい。恰も昨日は震災忌でしたか。何事天災人災を問はぬさまざまな災厄に堪へながら持続し発展してゆくものと信じます。
ご冥福をお祈りします。


「土俵の鬼」花田勝治氏が死去 元横綱初代若乃花、栃若時代を演出
産経新聞 9月1日(水)19時33分配信

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初代若乃花、ニ子山勝治元理事長=1989年5月(写真:産経新聞)

 「土俵の鬼」と呼ばれた大相撲の元横綱初代若乃花で、日本相撲協会元理事長の花田勝治(はなだ・かつじ)氏が1日午後5時25分、腎細胞がんのため東京都内の病院で死去した。82歳だった。青森県出身。自宅は東京都杉並区成田東3の25の10。葬儀・告別式は未定。歴代横綱では初代梅ケ谷の83歳に次ぐ2番目の長寿だった。



 花田氏は平成17年5月に死去した元二子山親方(元大関貴ノ花)の兄で、若乃花、貴乃花の兄弟横綱の伯父。昭和21年秋場所で、初土俵を踏み、25年春場所で新入幕。30年秋場所後に大関に進み、33年初場所後に第45代の横綱に昇進した。全盛期でも105キロの軽量ながら猛げいこで鍛え上げ、呼び戻しなどの大技でファンを魅了した。ライバルの横綱栃錦とは昭和30年代前半に「栃若時代」を築き、優勝も栃錦と並ぶ10回。

 昭和37年夏場所前に34歳で現役を引退し、年寄「二子山」を襲名。二代目若乃花、隆の里の2横綱、貴ノ花、若嶋津の2大関らを育てた。相撲協会では63年2月から理事長に就任し、2期4年務め、平成8年9月まで定年退職後は相撲博物館長を務めた。

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