アレクサンドル・カレリンも届かなかったオリンピック4連覇の偉業は前日、伊調馨が達成していました。記録のことを考えると日程の兼ね合いで伊調に先を越される場面の多かった吉田沙保里でしたが、過去の3大会は吉田もしっかりとオリンピックを制覇してきました。
今大会の日本選手には競技に限らず「大逆転」の風が吹いています。体操男子個人総合の内村航平、テニス男子シングルスの錦織圭、卓球男子団体の水谷隼、バドミントン女子ダブルスのタカマツペアなどが窮地を大逆転で勝利しています。前日のレスリング女子フリースタイルの3選手も終了間際の大逆転で3連続の金メダルを確定しました。
かつて、これほどまでに日本選手が粘り強く不利な状況をはね返した大会があったでしょうか? 少しずつメンタルのひ弱さが改善されつつあるようです。
それを受けてのレスリング女子53kg級の試合が行われたのでした。
いつもは組合せに恵まれない吉田が「今回は組み合わせに恵まれている」と語っていたように少し安心してしまった感は否めません。そして、会場の観衆や応援団も日本でテレビを見ていた人々からも吉田が金メダルを獲るのは問題なく、表彰台の真ん中に陣取ることも当たり前のことのように感じていたと思います。決勝でポイントを先行されても、今大会の大逆転の系譜通りに逆転して勝つものだとみんなが思ってしまったことが、本人にも伝染し一瞬のエアポケットにはまってしまったのかも知れません。
決勝の相手、米国のヘレン・マルーリスは、2004年のアテネ五輪での吉田の金メダル獲得した姿を見て本格的にレスリングを志し「ずっと吉田を倒すために練習してきた」という経緯があります。吉田を研究し尽くしていたマルーリス陣営に対して、決勝の相手にソフィア・マットソンを想定していた吉田陣営はマルーリスに対する情報不足を露呈しました。4年前に対戦して勝った試合が最新の情報だったのです。そんな流れで吉田陣営が「これは勝てる」と慢心してしまったとしても無理からぬところだと思います。
絶対王者も無敵ではありませんし、12年の歳月も経過しています。本人が自らを「取り返しのつかないことをしてしまった。申し訳ない」と許せない気持ちはあるでしょうが、"霊長類最強の男"カレリンも4度目のシドニー五輪では銀メダルに終わっています。"霊長類最強の女"吉田沙保里が獲った今回の銀メダルは日本女子レスリング界に若く新しい芽吹きを促した強い使命感とリーダーシップのもとに得られた輝く銀メダルだということを讃えましょう。彼女の偉業が色褪せることはありませんから。

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