おじさんのスポーツおたく奮戦記?

岡山スポーツをまとめて応援するおじさんの気ままな戯言です。お気軽にお立ち寄り下さい。
背景を変えてみました。ベーシックなissanで勝負です(笑)
晴れの国から、岡山スポーツの応援をメインに様々な話題も拾っていこうと思います。
今後ともよろしくお引き立て下さいませ。

 
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投稿者:issan
>だいちゃん様

大化の改新に関しては、不正を正した正義の改革のように後世に伝えられますが、そもそも中臣鎌足の孫である藤原不比等が記したものですから、そもそもが眉唾です。以前、それを単なる政治クーデターだと断じた番組をNHKが放映しましたが、その後再放送されることもなく記録に残っていないことを見るとかなりの圧力があったのではないかと推察されます。
蘇我入鹿は大陸からの侵略を危惧して甘樫丘に兵器庫を建て、飛鳥川を遡って来る敵に備えていたらしいのですが、記録では甘樫丘に豪邸を建てて贅沢の限りを尽くしたとされています。
聖徳太子はそもそも蘇我の血縁です。実在したかどうかは議論はあるでしょうが、その事実があったとして血縁者間の内輪揉めを理由に改革の大義名分とするには無理があります。
天智天皇の傍若無人ぶりを垣間見るに、とても正義の改革の旗頭と考えるには疑問が多いですね。
蘇我親子の政治能力を妬んでのクーデターというのが正解ではないかと思っています。
前にも書いたかもしれませんが、藤原不比等という人、周りからは相当嫌われていたようです。竹取物語に唯一実在の人物ながら登場し、その極悪人ぶりを世間にばらされるなど、その不人気ぶりは枚挙にいとまがありません。

来年の大河は通常の視点とは逆で、光秀という歴史的には「裏切者」を主人公に選びました。土岐源氏の末裔とされている名門の明智ですが、義昭の無能ぶりから冷や飯食いの長かったことなども含めて、信長とのかかわり方に興味がわきます。信長は視点によって扱われ方が大きく異なります。それゆえ、後世の人が興味を持って取り上げたのでしょう。最も、最近では悪人のイメージが強まっているような気がしなくもないですね。
投稿者:だいちゃん
またまた、大好物の話題をありがとうございます(笑)

いろいろあるのですが、出来る限り簡潔に(笑)

諸説ありますが、仰る通り歴史は勝者が伝えてきたものが残っています。「蘇我入鹿」ましてや「蘇我蝦夷」なんてのは本名などではなく、実は親子で有能な政治家だったと聞いたことあります。これを、80年前に書いたら憲兵が踏み込んで来てもおかしくないこと書きますが、傍若無人の限りを尽くした蘇我親子は「聖徳太子」の子息を政敵として643年に葬ったとされますが、そもそも聖徳太子なんて人物は、いたかどうかも・・って感じですから、子息も虚構の存在ですよね。

奈良時代に四文字の元号があったのは、大仏建立のきっかけになった疫病などと関係あるんでしょうか。興味深いですね。

そういえば、「信長は皇室を軽んじた悪人」という考え方もあるようですが、最近の研究では将軍義昭こそ朝廷に無断で改元しようとし、それを諌めた信長と溝が出来た、との見方が有力みたいですね。それが「あの事件」に繋がっていく可能性、高そうですね。来年の大河は義昭に唆された可能性高い人物ですから、どのように掛かれるかか楽しみです(笑)

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