おじさんのスポーツおたく奮戦記?

岡山スポーツをまとめて応援するおじさんの気ままな戯言です。お気軽にお立ち寄り下さい。
背景を変えてみました。ベーシックなissanで勝負です(笑)
晴れの国から、岡山スポーツの応援をメインに様々な話題も拾っていこうと思います。
今後ともよろしくお引き立て下さいませ。

 
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投稿者:issan
>だいちゃん様

おっしゃる通り、岡山県出身の幕内最高優勝者は、第31代横綱の常ノ花寛市只一人です。常ノ花は10回優勝していますが、体格をみると、178cmで112kgですから、今の時代なら小兵力士ですね。しかし、得意技に櫓投げがあるように取り口は豪快だったようです。
また、岡山県出身の三役と言えば、元関脇の大邱山高祥と同じく元関脇の鷲羽山佳和の2人です。尚、鷲羽山は幕内優勝争いの次点が2回あります。前頭経験者も鷲羽山と2代目・常の山兄弟のおじさんにあたる初代・常ノ山勝正と岡ノ山喜郎の2人です。

ただ、岡山県出身の幕内力士は鷲羽山以降は一人も出ていないので、何とか西太司には十両⇒幕内へと出世してほしいと願っています。

初代・豊山は柏鵬には弱かった記憶がありますが、佐田の山に滅法強く、この2人の対戦はライバル物語として何となく覚えています。しかし、若手の中から北の富士と玉乃島(後の故横綱・玉乃海)の2人がトントン拍子に出世してきて、板挟みで中々勝てなかった覚えがあります。時代に翻弄された大関の一人ですが、周りが強過ぎたことは不運だったと思います。
投稿者:だいちゃん
西太司さん、あと数年以内にブレイクなるか、が分かれ目でしょうね。

地元の後援者としては信じて、応援あるのみですね。

正代は、熊本県出身、東農大出身としても、いずれも意外な感じの初の優勝ですが、うんちく垂れると、両方、かなり昔に可能性はあったのですよね。

熊本出身としては、主に昭和30年代に活躍した大関・初代栃光。(牛深市というところらしいです、またうんちくですが、クニもん大関ということで、川上哲治さんに目をかけられていたらしいです。昭和52年ガンのため早逝)

そして、東農大出身としては、「農大のパイオニア」とも言える、栃光とほぼ同世代の大関・初代豊山。

彼らが、なぜ、安定した上位力士の力量を持ちながら、賜杯を抱けなかったのか?

それは、余りに偉大なあの人が全盛期に君臨していた、他にも「彼の永遠のライバル」や佐田の山、栃光の同僚・栃ノ海など今とは異次元レベルの力士が揃っていたからですが、中でも、はっきり言うと大鵬さんの「厚すぎる壁」は・・想像を絶するものだったのでしょう。

それこそ、かつて栃光を熱く応援した熊本の高齢者などは、涙を流して喜んでいるでしょうね。

岡山は、最高優勝となると、戦前の横綱常ノ花に遡るでしょうか?

私の育った静岡は・・贅沢言わない、とにかく、いつか、静岡出身の三役力士が昭和ヒト桁時代、下の頃、それこそ常ノ花の薫陶を受け、「春秋園事件」で協会に反旗を翻すも、戦後は解説者となり、常ノ花とも和解したという、浜松出身の関脇天竜三郎以来出ていない、つまり私は、リアルタイムで県人の三役力士を応援した経験がないので、「夢」を叶えて欲しいです‼️

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