おじさんのスポーツおたく奮戦記?

岡山スポーツをまとめて応援するおじさんの気ままな戯言です。お気軽にお立ち寄り下さい。
背景を変えてみました。ベーシックなissanで勝負です(笑)
晴れの国から、岡山スポーツの応援をメインに様々な話題も拾っていこうと思います。
今後ともよろしくお引き立て下さいませ。

 
投稿者
メール

 
コメント
URL
コメントは新しいものから表示されます。
コメント本文中とURL欄にURLを記入すると、自動的にリンクされます。
投稿者:issan
>だいちゃん様

リアルタイムで視ていた力士ばかりで非常に懐かしいです。私の幼い頃には、大相撲に興味を持つ子供というのは「変わり者」のレッテルを貼られていたので、学校ではほとんど話題にしませんでした(笑) 柏鵬全盛時代でしたが、ひねた子供だった私は九州出身の佐田の山が好きでした。あと、佐田の山のライバルだった大関・豊山との対戦が一番楽しみだったように思います。

若浪、明武谷の吊りは当時ももてはやされていましたが、当時の力士は誰でも吊りを持っていたように思います。明武谷と同部屋の後輩、陸奥嵐は更に吊りに拘った力士でしたね。大鵬を吊り落としで破るというのを最大の目標にしていた為に、軽量なのにがっぷりにしかならない荒業の力士でした。基本通りの相撲を取ればもっと出世したのでしょうが。こういう個性的な力士はもうでないんでしょうかねぇ?
投稿者:だいちゃん
先日、ネット観てましたら、Youtubeに昭和39年初場所初日の幕内取組の様子があり、興味深く見ました。

当たり前のことですが、今とは体格から、力士の動きから、まるで違います。

大鵬柏戸佐田の山栃ノ海(全員鬼籍に・・・横綱2人が東北出身、大鵬も道産子、うーん、時代)らはみんな完勝でしたが、私は

1、戦後岩手県勢の出世頭・最高位関脇の前田川(高砂部屋伝統の押し相撲で一発あったらしく、大鵬・柏戸を倒してその2勝のみという場所は有名ですね)が勝った

2、若浪・明武谷の必殺技「吊り」。

その美技にはお二人とも、息を呑む思いでした。

本当に、今、こうした必殺技で、観客やテレビ桟敷を唸らせる人は少ない。

ちなみに、引退後数年で、明武谷さんは角界を離れますが、背景は、issanさんも知ってる話だと思いますが、その道に進んでかなりたった後のインタビューでも

「私は、小部屋所属だったから」そして、

「私だって、賜杯を抱きたかったし、横綱になりたかった」 と、思いを口にされていたようです。今もご健在らしいですね。

しかし、報道のカメラも明らかに旧式だったし、貴重な「史料」レベルの映像でした。
投稿者:issan
>だいちゃん様

各メーカーが新商品を全国発売する前にモニターとして地域限定で売り出すことが良くありますね。メーカーの担当者に聞いた話では、「岡山と静岡で売れれば、全国どこでも売れる」とのことでした。食料や生活に困っていないので、新商品にも飛びつかない県民性だそうです。そこで売れれば必ず売れるとのお墨付きで、あまり売れなくても全国的にはそこそこ売れるそうです(笑)

ハングリースポーツで大成しない県民性と言うのは、岡山も静岡も同じような感じだと思います。「そんな辛いことをしなくても、何をやっても食べていけるよ」という土地柄だからですね。

岡山はそれでも常乃花寛一という横綱が出たことで、昭和の時代には結構多くの関取が輩出されました。最後の幕内力士と言うのが、おっしゃる通りで鷲羽山です。彼は、叔父さんが元幕内力士の常ノ山だったことの縁でお兄さん(元十両、常の山)とともに出羽海部屋へ入門したいきさつがあります。ただ、身長が足りなかったために、背が伸びるまで高校に通っていたそうです。

体重はご存知の通り100kgに足りず、99kgと発表されていましたが、それも恐らく水増し申告で多分90kg前後ではなかったかと思います。当時は今のように大型化していませんでしたが、そんな中でも際立って小兵でした。それが大きな高見山や北の湖ですら倒していたので人気のほどが分かると思います。

つまり、「江戸の大関より、国の三段目」と言われたとおり、地元出身力士への思い入れは何処も同じで格別のものがあるということです。

翠富士の肩透かしは師匠直伝のようですが、さらに磨きをかけて「翠富士スペシャル」と呼ばれるようになってほしいですね。

今後を楽しみにしています。
投稿者:だいちゃん
九重部屋の件もありながら、なんとか場所を完遂出来たのは良かったです。

そして・・・私は今、「長年の夢が叶い、感激で無敵状態」です😁

issanさんなら、推察していただけるかもしれないですが、「翠富士の技能賞獲得により、史上初の静岡出身力士の三賞獲得が、ついに実現」したからです😁

小学校途中で北陸から静岡に親の転勤で引っ越し、ほぼ同時期に相撲ファンの世界に「入門」した私。

当時は、いよいよ若貴兄弟が入門し、平成のブームに突き進む時期でしたが、静岡の私の周辺では「スポーツに関する話題の半分以上がサッカー、少し野球」という雰囲気で、相撲の話題が出来る人はあまりいなくて、寂しい日々でした。

それには、issanさんも分かると思いますが、「おらが国のスター力士」が不在の土地だった、というのも、要因の一つだったのでしょう。

岡山もそうなのでしょうが、気候が温暖で、基本的に県民性が「ライバルを蹴落としてまででも、這い上がってやる」的な県民性ではないので、力士はやはり、「ひでり」の土地でした。私は勝手に、この辺は、岡山と静岡は、少し似た傾向があると思っています。

そこへ、アマ相撲(少々、気性荒い傾向の港町、焼津市出身で、県内の相撲の強豪・沼津の飛龍高校から近大経由)で鍛え上げた、しかも自分の型を持つ、今までの静岡出身力士との違いを明らかに感じさせる、翠富士が登場し、まあ、私は、相撲への情熱、取り戻しましたね😃

issanさんも、たぶん、鷲羽山がいた時は相撲観戦の楽しさが、全く違ったと推察しますし、今、西大司さんの大成を願うのも、こうした

「郷土意識、同じアイデンティティーのある力士への思い入れ」ですよね。

これからも、お互い、応援、頑張りましょう‼️

カレンダー

2021年
← March →
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

カウンター

  • 本日のアクセス  
  • 昨日のアクセス  
  • 総アクセス数      

プロ野球データFreak
セリーグ順位表
パリーグ順位表

過去ログ

メッセージBOX

PVアクセスランキング にほんブログ村

QRコード

ブログサービス

Powered by

teacup.ブログ
RSS
teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ