ガイドの返品は受け付けませんので、最後までお付き合い下さいませ!発車オーライ♪                                        

2011/5/19

ちょっとイシカリ@日本初!  石狩振興局

札幌近郊の石狩市
北区・手稲区と隣り合わせ〜
海だってある!石狩川だってある!
厚田の桜も満開だ!
よし!週末はイシカリへ行こう!

「ちょっとイシカリに行ってくる〜」
そんな距離間なのだから、もっともっと沢山の人に
『イシカリ』を満喫してほしいな〜
『イシカリ』のこと知ってほしいな〜
と思い〜「ちょっとイシカリ」に行ってきました!

地元の人もあまりジックリと歩いたことがないと思われる「石狩本町地区」をぶらぶらです

な・な・なんと〜
石狩本町地区には「日本初」なるものが2つもあったんですよー
その一つが、この「石狩小学校」

日本最初の円形校舎だそうで昭和31年設立!・・・現役校舎です
散歩中、ときどきチャイムが聞こえてきましたよーー
チャイム、なつかし〜
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当時、近代的な鉄筋コンクリート校舎にするには莫大な費用が掛かるということで反対もあったそうです。
しかしながら、小学校のすぐそばは海で、木造建築では吹きさらしの風をまともに受け寒くて授業にならないということで、何度も話し合いが行われた結果、小学校としては全国初の円形鉄筋コンクリート造りの小学校が誕生しました。

今年で築55年?

当時の全校児童320人!(今は何人だろー)
町、はじまって以来の簡易水洗施設の近代的な校舎〜
また、中央玄関と2カ所の生徒通用玄関は全部、教室の出入り口に面していて非常時には生徒の避難も短時間で済むという設計!
なるほど〜

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さて、石狩市の「日本初」2つ目は”西洋式缶詰工場”が設けられたこと

日本で初めて缶詰が作られたのは明治4年・・・
長崎の松田雅典がフランス人のレオン・ジュリーから缶詰を見せられ、その手ほどきでイワシの油づけ缶詰を試作したのがはじまり。
しかしその頃はまだ、ブリキ板も缶をつくる機械も日本にはなく、缶だけを輸入していたので数にも限りがあったのです。

そこで、たくさんの缶詰を製造するには西洋式の機械を導入導した工場が必要ということで、明治新政府は開拓使に官営の缶詰工場建設を命じたのです。

明治10年、石狩に作った「開拓使石狩缶詰所」もそのひとつ。
缶詰工場は、ほかに北海道内と択捉島の5カ所にも作られたのですが、日本で最初にアメリカ製の製かん機や西洋式の製造機械を導入し本格的に缶詰の生産を始めたのは、石狩缶詰工場だそうです!

現在「石狩市観光センター」が建つ辺りに”開拓使石狩缶詰所跡”の碑が建っています
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↓反対側から見た風景(赤い看板が「石狩市観光センター」)
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ちょうど、このあたりに工や氷室など10棟あまりの建物が建っていたそうです。
当時は「缶詰」のことを「筒詰」(つつつめ)と呼び、海外でも人気があったとか・・・
10月10日は「開拓使石狩缶詰所」で操業が開始された日!なので、日本缶詰協会ではこの日を『缶詰の日』としたそうです!

ちなみに・・・
日本最初の缶詰・・・
もちろん、中身は「さけ」です!

実はすぐ近くにある「いしかり砂丘の風資料館」では、”缶詰づくり体験”が出来るのです。
中身は、思い出の品や手紙・・・それとも「さけ」?

残念ながら、私が訪ねた日は「休館日」でした
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おまけ
「開拓使石狩缶詰所」で、あのクラーク博士も缶詰製品を試作したとか!!
話の続きはバスの中で・・・笑
ちなみに・・・
私的、「ごはんのおかず缶詰NO1」はコレです。

マルハ「さんまの蒲焼」
「さけ」ではありません
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