ガイドの返品は受け付けませんので、最後までお付き合い下さいませ!発車オーライ♪                                        

2013/11/30

上ノ国ナナメ観光、その2  桧山振興局

「勝山館跡」です
車で山の上まで上がっていけます
そこには「勝山館跡ガイダンス施設」がありました
クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

ここは1470年頃に武田信広が築いた館跡。
武田信広はこの館で死んだとされ、信広の子ども光広が本拠を大館(松前)に移すまで、およそ50年間、軍事・政治・北方交易の拠点となっていました。
のちに、経済の中心が江差に移り、江差檜山奉行が設けられると、この館は廃城となりました

「ガイダンス施設」では、出土品や復元された館の模型、墓のレプリカを見学できます(1979年から発掘が始まる)
クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

実際に歩いて(走って)みました
Kちゃんは、車で仮眠です

夷王山(いおうやま)です
「エゾの王者の山」の意味。
松前藩祖、武田信広公を祀った「夷王山神社」がありました。
クリックすると元のサイズで表示します


また、この山には5つのエリアに分かれて大小130あまりの土まんじゅう型の墳墓があります。
「松前家の先祖武田・蠣崎一族の墓」だろうといわれています
クリックすると元のサイズで表示します

「アイヌの人達の墓」もあります
クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します


ゴミ捨て場、井戸、池、倉庫の跡もこの周辺で見つかっています。
クリックすると元のサイズで表示します

「八幡宮跡」です
クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

そのまま海を眺めながら下ると、先ほどの八幡宮と上国寺のところへ抜ける事ができるのです
クリックすると元のサイズで表示します

ここです↓↓↓
クリックすると元のサイズで表示します

この日ラストは「州崎館」と「砂館神社」です
蠣崎季繁の娘と結婚した武田信広が新居として構えた館(1457年)
砂館神社は、夷王山、上の国八幡宮とともに上の国三社と呼ばれており、松前藩の氏神「毘沙門天」を祀っています。(1462年信広公が建立、その後火災にあり1700年代に13代目藩主道広公が再建)

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します


上ノ国町を後に、江差町に着いた時には薄暗くなりかけていました
あきままさんに会いにいきましたが・・・
残念ながら函館へ行ってたようです。
スタンドであきままさんのお店を聞いたら「隣だよ」と・・・笑

定番「いにしえ街道」を歩き、もう決めてた「せき川」さんで甘味タイムです

いつも思うんだけど・・・
抹茶とお菓子のセットって、お菓子を食べ終えた頃にタイミングをみてお茶を出してくれるといいな〜って・・・
ほんとは最初にぜんざいを食べたかったけど、そうするとお茶が冷めるのでお茶をぐぐぐっと・・・
残念。
クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

「繁次郎」にお別れし・・・
峠を越えて函館へ
クリックすると元のサイズで表示します

Kちゃん、運転おつかれさまでした!

ブログランキングに参加しています
人気ブログランキングへ




2013/12/9  23:17

投稿者:花子

あきままさん
こんばんは!
お会いしたかったです!残念
私も毎日ワタワタしてます・・・
もう少し、気持ちを引き締めて行動しないと・・・
毎日小さなヘマをかましています。
あきままさんの界隈は、道内では歴史の古いところ
色々気軽に巡れてうらやましいです!
またいつか、お会いしましょう。
お正月は、息子さんも帰ってきますね!

2013/12/6  5:24

投稿者:あきまま♪

おはようございます。
お会い出来なくて残念でした。
ばたばたと過ごす毎日ですが、
もっと歴史を勉強しないといけませんね。
花子さんのブログは、あらためて、
ご近所のの魅力を発見できました。


※投稿されたコメントは管理人の承認後反映されます。

コメントを書く


名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ