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2014/7/9

ディープな上ノ国@旧笹浪家  江差・松前 千年北海道手形

『江差・松前千年北海道手形』がいよいよ発売になりました(販売期間7月1日〜8月31日)

『江差・松前千年北海道手形』とは…
2年以内に開業する北海道新幹線が青函トンネルを抜け最初に停車する「木古内」駅
そこから広がる8つの町をつなぐ路線バスと定期観光バスが3日間乗り放題で大人6500円(こども4000円)というお得な通行手形なのです。

しかも「上ノ国もんじゅ」での昼食、江差(選択制)・松前・上ノ国勝山館ガイダンス施設入場券付のウレシイ内容!
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手形をフルに活用し2泊3日バスの旅を楽しんできました!

『江差・松前千年北海道手形』詳しくは➡コチラから


さて『上ノ国千年北海道手形』最初のプログラムは、スペシャルまち歩き!

まずは北海道最古の民家住宅「旧笹浪家」です(平成4年、国指定重要文化財)

旧笹浪家は能登谷笹浪家の5代目久右衛門が建てたもので、19世紀前半の建物と認められています
置き石のヒバ柾葺屋根が良く目立ちますが、部材の大部分はヒバです!
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家印は「ほしやまに」、屋号は「能登谷」
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ニシンで財を成した網元が商人と一緒に住んでいた家です


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笹浪家の当主は代々久右衛門を襲名、8代目は刺し網漁の他に海産行も営み、村の名手も勤め慶応2年には建網漁も営み松前藩から名字帯刀を許されますが…
その後、次第にニシンがとれなくなり10代目で倒産。11代目久英は教員で転勤があるために親戚が建物の管理をしていましたが平成元年に死亡。その翌年に町が譲り受けたのだそうです。

床の間に家系図がありました
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床の間のある座敷は一番格式のある部屋

他の部屋より床が一段高い造りです。
葬式や結婚式があるときには他の部屋の板床に畳を敷くと大広間になります
ここが全部、畳敷になります
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現在の建物は3年間かけて梁、柱、床板を手直ししています。
まだ一部に江戸時代末期の材料が使われています

例えば、床板
手前が修復したもので、奥が江戸時代のもの
地元の小学生が見学に来て、雑巾がけしてくれたのだそうでピカピカでした!
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何と…仏壇が長い旅にでていて昨年10月に戻ってきたそうです。
かなり大きいデス…が、ピタリとおさまっています
「収まるところに、収まった」って感じ。笑
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そして「円空仏」が!
町内に6体ある中の1体だそうです
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また、奥の部屋にはアイヌの人たちの衣服がありました
左がイラクサ、右がオヒョウニレで織られたものです
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手前が「イタマ」(リビング)で奥が「ミセ」
「イタマ」は囲炉裏があり天井を張らずに梁組を見せています

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当時は灯といえばろうそく
「イタマ」の裏は山だったので窓も工夫していました

昔のカギ?
すごい知恵です
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こんなふうに、窓枠が簡単に外れるのです
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「土間」(台所)です
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「ミセ」から「土間」が見えないように、ついたての役目をする「隠し戸」がありました
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中は、想像以上に広くて涼しいです!

そういえば…
「シテンドコ」と言われる若い衆(漁夫)20人ほどが寝泊まりしていた部屋ですが…
写真を撮るのを忘れてしまいました…

旧笹浪家は、北海道日本海沿岸にの起るニシン漁場建築の原型とも言われています

なんともうれしいことに…
「イタマ」の囲炉裏を囲んで、昔のおやつ「こうれん」(👈ここ)をいただきました!
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あ!「千年北海道手形」のパンフレットを発見!
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おまけ@
建築当時は「ミセ」のすぐ目の前は海でしたので、浜風をやわらげるため海側の軒先は低く山川は1メートルほど高くなっています

軒下の高さの違い、わかりますか?
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主屋外壁の表面にもヒバの樹皮、防寒効果を高めるための工夫です
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おまけA
土蔵建築群です

向かって右「サヤが覆う屋根のない土蔵」は明治18年に建てられ、国指定の重要文化財です

サヤと呼ばれる覆屋の中にあるので雨漏りの心配がありません
屋根の下地や土台の周りには白樺の樹皮が使われています。白樺は油が多く防虫、カビ除けの効果があるそうです
土蔵をこのように覆うことにより泥棒除けにもなったそうです(なるほど)


向かって左は嘉永元年建造(1848年)の米・文庫蔵です
塩・米・みそ。醤油などを貯蔵していました

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「宮の沢の水が干ることがあっても能登谷のかまどは干ることがあるまい。七つの倉にないものは馬の角ばかり」と言われたほど、繁栄を極めていたそうです

『江差・松前千年北海道手形』詳しくは➡コチラから


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