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2014/12/8

松前藩のお家騒動「門昌庵」  桧山振興局

さて、熊石といえば「門昌庵」
ここを通る時、見逃さないようにってずいぶんドキドキした記憶が…

赤い門が目印です
この山門、松前藩5代目藩主慶広が、豊臣秀吉から賜った京都桃山御殿の裏門。
扉の一部と金具は昔のままだそうです
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中に入ります

松前藩10代藩主矩広は8歳で藩主になったので、悪臣達が権力をふるい藩政が乱れました。
そこで、松前家の菩提寺法幢寺の住職、柏厳和尚は矩広に悪臣たちを退けるようアドバイス
ところが、かえって矩広の怒りをかい、熊石に流されてしまいました。そして、柏厳和尚は打ち首に…
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柏厳和尚は死を前に、大般若経一巻を読み終え45歳の生涯を終えます。
この時、そばをながれる小川の水がすざましい音を立てて逆流しました(今も「逆川」と呼ばれています)
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首を持った一行が松前へ帰ろうとすると大嵐になり、江差の円通寺に泊ります。すると夜中に首桶の中から火が出て寺は丸焼けに…

これを聞き、首を松前に持ち帰るのは取りやめ、再び熊石に戻しここに葬りました
それが、今の門昌庵です

柏厳和尚のお墓もありました
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何だか…とっても怖かった

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それにしても、今回の旅で何度「門昌庵」の前を往復したのか…
K「門昌庵の前、なんかい通った?」
わ「なんかいも…」

確かに「なんかいも」だわね…と、Kちゃん。汗
すみません

なんかいも通りました。
7〜8回、いや…
隣のセイコーマートでの買い物やトイレも入れると、それ以上往復しています!

「門昌庵」見せるポイント、もうバッチリだわよ!!!


そして「円空上人滞洞跡」
1661年、ここ黒岩に来て仏像2体を残します
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崖の上に、小さなほこらを見つけました
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円空仏2体は「根崎神社」と「北山神社」におさめられています
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