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2017/9/20

またまた月形町へ  空知総合振興局

そーいえば、今更ですがまた更新を怠っています…
先月のお話ですが…Aちゃんとドライブしました。

最初に、Aちゃんが気になってたお肉屋さんでジンギスカンを!
当別町の駅前にあります…

お店が開くのを待って入店です
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で、目的地に行く前に今度は私が気になってたパン屋さん「きみかげ」へ
名前がGOOD!ですね…
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店内やパンの品ぞろえなどは…
昔のエグ・ヴイヴのよう
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クロワッサンと、豆乳の山食を買いました。
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そして、どれだけ行けば気が済むんでしょうかね。月形町…
NPO法人「そらち炭鉱の記憶マネジメント」の方が無料で案内してくださるというので、参加してみましたの。「ぷらぷらツアー」に。
たまには、誰かの案内も聞いてみたいなーと思って。
事前予約もいらないっていう気軽さもヨカッタみたい!
月形町役場前からスタートです!
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降ったり…
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止んだり…
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雨に振り回されっぱなしの1日だったけれど…
まぁ、まぁ、よかったです(←なにが?って突っこまれそう)。まる
樺戸監獄(月形刑務所)の初代典獄(刑務所長)、町名にもなった月形潔の胸像
おなじみですね。
小顔のショウユ顔(←昔、ハヤッタわね)
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町内を散歩
市街地にある町丁名について、話を聞きながら「すべつ川」を渡ります
「偕楽町」「小柳町」「柳橋町」などという風流な地名があったり…
明治30年ごろ囚人が初めて田んぼを作った場所に「農事会」という地名が残されている・・など。興味深い話を色々と…
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「須部津川」(すべつがわ)の語源についてもアイヌ語の「シペッ」に由来し「本当の」「大きい」「本川」という意味なんだそうですが…
「死別」に通じて縁起が悪いとか、開拓に入った東北人が訛って「すべつ」になったとか…説もいろいろだそーで、おもしろい!

で、今の「入舟町」のあるところが、すべつ川と石狩川の合流点ということで、外輪船が入った港があったのかな?多分…
数年前に自転車で「波止場跡」をみつけるために、ウロウロしたところが今回の説明の「波止場跡」の場所と、バッチリ同じでうれしかったです。まる
地名も「入舟町」だったとは…
数年前に…川沿いの民家で「ごめんくださーい。昔の波止場跡はどの辺かわかりますか?」って聞いたんですが…かなりの年配者でしたが知らなかったんですよね。地元月形町民が、自分の住む町を案内人と一緒に歩いたらいいんじゃないかしら?と思いました。
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町内には、かつて囚人が建てた寺が2件あります。
まずは「北漸寺」へ

このお店「まるなか」さんは、その参道に古くからあったお店らしいのです

昔の「まるなか」さんと
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今の「まるなか」さん
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昔の表参道を歩き境内へ
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福井県永平寺直轄の格式高いお寺だそうです。
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細部にわたる彫刻は、新潟出身高岸石次郎が彫ったものだそうです(京都東本願寺の山門を建てた棟梁)
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動物の目には石の玉が入っています
模様が彫りこまれた柱も130年前のまま…
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「霞町」という地名にも「表霞町」と「裏霞町」があるのですが、「表霞町」の溝口菓子屋さんで「月形まんじゅう」を…
はい、その場でいただきました!
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再び、役場前に戻ります。
昔の「デパート」
建物そのものが、超レトロ

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その並びの靴屋さん(履物屋)も、看板が木彫りでした!
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そして、もう1軒のお寺「円福寺」(明治30年完成)へ
お寺の中を案内していただけることになりました。

真宗大谷派東本願寺のお寺です。お坊さんの大谷さんは明治20年に会津若松から住職として北海道に渡ってきたそうです(当時24歳)ここ月形で「中島説教所」を開いたのが始まりとのこと。
当時、木材を伐り運ぶのは大変だったらしく、ロープだとすぐに切れてしまうので「毛綱」(髪の毛をロープに織り込んだもの)を使い、晩生内(おそきない)の山から木を運んだのだそうです。

建築から今年で130年ということで、大々的に改修工事を行いました。
建物を一度、本堂前に移動させ基礎をつくり直したそうですが、その後元の場所に建物を戻してもゆがみやズレを直す必要はなかったそうで…このお寺を建てた宮大工(囚人)さんは相当、腕が良く丁寧に建てたんですね。

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裏のレンガ造りの納骨堂も、その頃建てられたものかしら…
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「ぷらぷら歩き」は、このあと解散に。
その後、希望者だけ車で円山と囚人墓地へ出かけます

囚人が植林した北限の杉並木
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月の形の展望台
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向こうに延びてみえるのは、三笠(空知集治監)とを結ぶ峰延道路(囚人道路)
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囚人墓地…
今年はここへ仕事でも出かけました。
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熊坂長庵のお墓もみつけました!
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月形については2011年の旅のようすもごらん下さい➡ここです!

ダラダラ写真と、テキトーな文章にお付き合いいただきありがとうございました!




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