2015/7/17

大相撲との縁  スポーツ・健康

昭和34年、私が小学生の頃は、栃錦・若乃花が横綱で栃若時代と呼ばれ、自宅にはまだテレビが無かった為、ラジオを良く聞いた。そしてマンガで「若乃花物語」を見て「土俵の鬼」と知った。

中学生の時は柏戸・大鵬が横綱で、人気者の大鵬は優勝を重ねて「巨人」「大鵬」「卵焼き」と3大人気に数えられた。もちろん私も好きだった。

時を経て平成15年5月、西新宿に元栃桜が経営する、相撲料理・和食と地酒「方屋」が開店した。
私は開店前に栃桜と知り合いになり、開店日に招待された。
現北の湖理事長・宮城野親方(元金親)・北桜も見えてビールに「ちゃんこ鍋」を頂いた。
会が進み余興として、相撲の歌謡曲は無いので「柔」を尺八で演奏した。宴会終盤の頃、「綾小路きみまろ」も来店。若い頃から栃桜と懇意にしていたそうである。私はきみまろ氏を知っており、一度下げた尺八をもう一度取り出し記念撮影をお願いした。友人たちに写真を見せたところ知らない人が多かったが、今では知らない人はいないであろう。
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栃桜は相撲甚句の名手でCDも出しており、記念品として頂いた。

「方屋」と言えば、夜の宴会に友人を連れて「ちゃんこ鍋コース」を食べたが、鳥のダシがうまく、日本酒の「田酒」を初めて飲み気に入った。
今年の正月に自宅近くの酒屋で1升瓶の「田酒」を売っていることを知り、他の銘柄1本を抱き合わせ販売で2本を買い、長らく楽しんだ。
「方屋」の昼ランチは「サバ焼き」や「ちゃんこ鍋」もあり、特に「サバ焼き」は好きでよく食べた。

ある時、元NHKアナウンサーの葛西聖司氏が、たまたまカウンターの私の隣に座り、ビックリしたが、この機会にと失礼ながら声をかけた。
私の最初のNHKFMラジオ「邦楽のひととき」で「明治松竹梅」を演奏した時の、出演者紹介時の放送アナウンサーが葛西氏だったからだ。
当然だが面識もなく、無名の私を覚えているハズが無いが、その頃筝曲家の沢井忠夫(1937〜1997)が亡くなっており、「残念ですね」と言葉を交わした。
「方屋」は何年か前、惜しまれて閉店された。

昨年(平成26年)初場所の1月20日の9日目だった。突然午後に知人から電話があり「升席4人のところ3人空いているから来ないか?」と言われて当日だったが、あわてて家族も呼び出し4時に両国で待ち合わせをした。
もうすでに館内は、横綱土俵入りを終えてザワザワとしていた。相撲茶屋に案内されて、無事升席に座った。周りの升席は多少空いており、足を投げ出して見ていた。西側の土俵からは遠かった。
ビールは飲み放題だし、何本もの焼き鳥に二段弁当やらで6時終了まで、食べるのに忙しかった。
それでも私は遠藤関に「遠藤ー!」と大声を上げていた。その時、前席のおばちゃんが振り向いて私の顔を見た。
テレビと違って解説や再生ビデオがない為、たんたんと進む。
帰りには、紙袋いっぱいのお土産(うどん・和菓子・急須等)を頂いた。せめて昼頃から見られれば、ゆっくり出来たのだが。

今場所(名古屋場所)十両・御嶽海(みたけうみ)は初日より6連勝と好調が続いている。私と同じ信州で木曾出身。得意な突き・押し相撲を貫いてもらいたい。

日本人の横綱誕生を期待しています。
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