ラ・ラ・ランドを見た  映画

日本公開の初日の24日に、「ラ・ラ・ランド」を見た。

詳しく知りたい人は公式HPをご覧ください。
主演男優のライアン・ゴズリングは吹き替えなしで、ジャズピアノを弾いたし、主演女優のエマ・ストーンは魅力的だ。
何と言っても本場のジャズの演奏は、素晴らしい。映画「セッション」も見たが、同じ監督だって。

(2/28追加=アカデミー賞の作品賞にノミネートされていた、「ラ・ラ・ランド」は発表時にハプニングがあった。一度は「ラ・ラ・ランド」と発表されたが、実は「ムーンライト」だった。
予想通り、「エマ・ストーン」が主演女優賞を受賞した。まさに「石」のような、意志の強い演技で感心した。その他、監督賞、撮影賞、作曲賞など6部門を受賞。)

初日とあって、館内は混んでいた。特に女性が多かったと思う。

何気なく、空いている真ん中あたりの右側4席の通路側を確保したら、隣に60歳位のおばさんが来てびっくり。わざわざ俺の隣に来なくてもと思った。

作品は、売れないジャズピアニストと売れない女優の出会いから、それぞれ夢をつかむまでを描いているが、後半が物足りなさを感じた。
ハピーエンドを感じさせながら、実はそうでない所がひねってあり、素直な感じではなかった。
もう一つ物足りないのである。

1/21には「本能寺ホテル」、2/6「スノーデン」も映画館で見た。
やはり、自宅でDVDを見るのとは違う。

ところで私が小学6年生の頃であろうか、学校の授業で「路傍の石」の映画を見た。(昭和35年作)

太田博之主演で、「吾一」は友人と度胸試しをする羽目になった。
汽車が迫って来るのに「吾一」が陸橋のまくら木にぶら下がり、板ゾウリが下の川にポチャリと落ちるシーンだけを覚えていた。当然汽車は目の前で停まって事なきを得た。

どうもその太田博之も「路傍の石」も気になって仕方なかった。
太田博之はネットで検索出来て、回転寿司の元社長だった事は知っていた。
「路傍の石」の本は図書館で借りて来た。

日本の文学、山本有三の分厚い本の中にあった。(昭和12年作)
未完の大作である。執筆中のところ、本の中で「ペンを折る」と題して、突然止めてしまって、以後何を言われても山本有三は完結しなかった。検閲が気に入らなかったらしい。

当時の時代背景から、貧しい家庭が描かれており、「吾一」が成績が優秀でも、当時の「中学」にお金が無くて行けなかったのである。

「いせ屋」の奉公では下働きばかりで、職を転々とするが、いつまでも下働きであった。
後半では、学校の担任だった次野先生と偶然会うが、「中学」に行くにはお金が必要だったが、知り合いのオジサンから「吾一」へと渡されたお金を先生は、使い込んでしまった、と告白する。

吾一は全く知らされていなかった。

何とも想像がつかない展開になった所で、絶筆だった。
誠に、残念だった。だから筋(結論)が、分からなかった。
活字が小さく、大きくなった新聞の字と比べると甚だ、読むのに難儀だった。

併せて行替えも少なく、活字がびっちりと言う感じである。

残念だが「路傍の石」はレンタルビデオ店には無いようだ。

やはり、小学生の頃に見た映画で、気になるものがある。
坊やが「イターノ」と飼っていた「牛」に、闘牛場で叫ぶシーンが目に焼き付いている。
ネットで調べたら「黒い牡牛」らしいが、レンタル店で置いてなかった。
1956年、メキシコが舞台のアメリカ映画で、内容まで調べられた。(ネットで検索出来て凄い)

今回の直木賞受賞作で、恩田陸の「蜂蜜と遠雷」を、図書館にある「オール読物3月号」で少し読みだしたが、作者は幼いころからピアノを弾いている為か、すごく楽曲やコンクールに詳しい。
かなりの長編である。
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