2017/6/1

同期会で尺八演奏  音楽

5月28日(日)に信州阿智村の昼神温泉「天心」にて、高校卒業50周年記念同期会が行われた。

中央道日野バス停から8時38分発の高速バスに乗り、先ず飯田に向かった。天気は良好。座席は2Aでうれしい事に、今回の隣の席は空席だった。

バスは順調に走り、「伊賀良」で下車した。申し込み時は「飯田駅前下車」の予定だったが、宴会の余興で同級のT君とギター共演をする為、皆より早めに行き、リハーサルをする必要があった。

T君との待ち合わせ時間調整の為、近くの蕎麦屋「A」で五目そばをいただき、まだ時間があるので、オーガニックとうたった「コーヒ―」も注文した。
小さな籠の中に、シュガーが2本入っており、1本を取ったところ何と使い古しの空の袋だった。
そこでもう一本のシュガーを入れた。

一応、注意をしようとピンポンを押して、来た係りの人に注意した。やや疑ってはいたが、「本当だよ」と言った。コーヒーは美味かった。しかし精算時にコーヒー代は入っていなかった。サービスしてくれたのだ。

得した気分で、1時過ぎ迎えのT君の車に乗り込み、昼神温泉に向かった。

早く着いたものの、宴会場の隣の部屋が使用中だったので、3時まではリハーサル出来なかった。
3時受付開始だから、もう同級生は三々五々集まりつつあった。

3時過ぎて、マイクのセッテイングや音量、エコーの調整をした。
T君とは母の葬儀の後(4月5日)に、一度練習はしていたが、伴奏のキッカケを再確認する必要がある。

「あの素晴らしい愛をもう一度」「若者たち」「青春時代」の3曲でボーカルをもう一人同級のO君にやってもらうことにした。
私は、この日のためにT君に借りた楽譜を移調して、五線譜に書き直して臨んだ。

多少間奏を入れ直し、どうにかキッカケは分かり、間違っても宴会のどんちゃん騒ぎの中だから何とかなるだろうと思った。

高校卒業50周年記念式典は4時30分から始まり、校歌斉唱もして5時には終わった。総勢110名も集まったから大したものだ。
ホテル前で記念撮影後宴会場に移り、5時30分から宴会が始まった。

私のA組は一番多く出席して16名。舞台に一番近くだった。
実は、この宴会で乾杯の前に尺八の演奏を依頼されていた。
司会者の紹介で開会後、すぐに舞台に上がった。

リハーサル時には、「尺八演奏の前に話をするぞ」と言っていたものの、司会者が「春の海を演奏します」と言ってくれたので、いろいろ考えてきた言葉は発せず、いきなり演奏に移った。

「春の海」は三部形式でA.B.A'であるが、全曲は長い。
そこで、いつもはAのみだが、今回はAとBの途中までにした。後で会長に「長さ的にこれがちょうど良かった」と言われた。

大きなミスはなかったが、静まりかえった会場の中、多少緊張で上がったかも知れない。
音の伸びがいまいちだったかな。

いままで見せなかった難しいテクニックを、披露出来たとは思う。
(今まではたいがい、演歌ばかりだったから)
この宴会のトップバッターに尺八演奏を選んでくれた幹事の方々に、感謝する次第である。

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乾杯後「30分間はひたすら食べること」の司会者の名言で、料理に舌鼓を打った。
30分も過ぎると、皆活発に動きだし、それぞれ目当ての人と談笑しだした。

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壮観な人、人、人。中には50年振りに会う人もいるかも知れない。
何人かの知り合いは、私のところに来て尺八の演奏に対する好評を述べてくれた。

同級のY君は、吹奏楽班で一緒で彼はトランペットを演奏していたが、私に触発されたのか彼も尺八を購入していた。
昨年の在京同窓会で尺八を持っていると話を聞いていたので、持参してもらった。
宴会の前に、少し尺八の音の出し方や、簡単なテクニックを教えた。

尺八は都山流の歌口で「露秋」銘だった。乾いた感じの素材で、音程が少し悪くやや鳴りにくいが、継続して練習してくれればうれしい。

1時間もすれば会たけなわで、あちらこちらと人がうごめいていた。
そうした中でのギターとの演奏は、ほとんど無視された。
やはり無理である。大声が飛び交う中、演奏が始まった。

残念ながら、写真の撮影依頼するのを忘れて、演奏写真が無い。

最初は「あの素晴らしい愛をもう一度」で「若者たち」「青春時代」と続いた。
あらかじめ歌詞を各テーブルに配って置いたが、果たして何人の人が見て一緒に歌ったことか。

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最後はやはり応援団の出番である。応援歌などを歌い「フレ―フレ―飯田」で〆た。

宴会は19時30分に終り、日帰りの人はバスで飯田まで帰り、宿泊の人は各クラスに分かれて2次会に移った。

私のA組は女性も交えT君のギターや私の尺八で、懐かしい「悲しい酒」や「天城越え」、フォークソング等を歌った。皆元気である。

午後10時には解散して、展望風呂に入って疲れを取る。
部屋は4人の和室。11時消灯したが、演奏の出来栄えとか、翌日箏の先生との「春の海」合奏のメロディーが頭に浮かんで、ほとんど眠れなかった。イビキをかいていた友人がうらやましい。

翌朝は5時過ぎにO君と1階の露天風呂に入った。ぬるぬるとして美人の湯だそうだ。

6時過ぎに昼神朝市に行った。ここで実家と箏の先生への土産(百合まんじゅう)を買った。
自宅へはブルーベリーのジャム。

9時の飯田行のバスに乗る予定だったが、それより早くI君が車で実家まで送ってくれた。
「持つべきは、いい友達だなあ」と言ったら、「北原らしいな」と言われた。

約束の10時に箏のO先生宅に伺った。
O先生とは20代の頃、東京でのおさらい会に尺八の賛助出演をした事があり、以来長い。

O先生は飯田高校邦楽班の箏の指導をしており、毎年県代表だし、全国大会で、文化庁長官賞や文部科学大臣賞(優勝)を受賞している。凄い指導者である。

「春の海」は飯田のライブで合奏した事があるから、初めてではない。
もちろん全曲とおしで2回、合奏した。
録音もしないし、観客もいないので誠にもったいない演奏であった。
昨日より、上手く演奏出来た。

昼は兄と今宮神社の「半平」に行き、お気に入りの「ざる蕎麦と五平餅セット」をいただいた。
やはり五平餅は美味い。2本ついて700円とは安い。

東京行きのバスは午後2時に飯田駅前発。
同期のY君も一諸だった。彼は今回バスに乗るのは初めてだと言う。
今まで車だったが、廃車にしたそうだ。皆少しずつ歳を取っていく。

さあ2時のバスが来た。乗ろうとした時、彼の帽子がベンチに残っていた。
もちろん彼を呼び返してことなきを得た。

忘れ物が多くなる歳になった。そう言う私もホテルの部屋でシャーペン(製図用)を落として、友人が追っかけ出発寸前の私に届けてくれた。私にとって大切な気に入っている物だった。

一緒に乗ったY君は一番後ろの席。私は一番前の運転席の後ろの席。ここはロケーションが良く、好んで予約している。

彼は、ゆったりとダブルの席(隣が空席で1000円プラス)だそうだ。
「隣に来いよ」と誘われたが、静かにしたかったので丁重にお断りした。
ところが私の隣も空席でラッキーだった。

私は日野バス停で降りた。Y君は新宿バスタまでなので、彼をバスの外から見送った。
何を慌てたのだろう、私はペットボトルに入れた飯田の美味しい水をバスの中に忘れて来てしまった。

改めて、高校同期会の幹事及び、この会に携わった方々にお礼を申しあげます。
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