北海道旅行記U・旭川編  旅行

1981(昭和45)年6月22日月曜日、北海道旅行2日目の札幌。

朝6時頃目が覚めたが、まだ眠い。二日酔いの感じでまだ起きられず、再び目を閉じる。
札幌の一夜は思った程寒くはなかった。気が付くと8時半。
階下に降りてA君が作った目玉焼きで朝食をいただく。その後皿を洗うとその水の冷たさには参った。あの私の故郷・・・信州飯田・・・の冬の水の冷たさ。手の切れる様な冷たさだった。

今日のコースは札幌〜旭川で見るべき所があったら見たい、という気楽で十分時間のあるコースである。余裕を持って10時10分彼の親類宅を出発。

札幌市内をやっとのことで抜け出すと、やがて石狩川にぶつかる。
「石狩川エレジー」を思い出しながら川を渡ると当別に入る。道路はタイヤの跡が付くところだけがへこんでいて、ところどころその上にアスファルトをのせている。
北海道は雪が積もる為に、タイヤをラジアルにする。雪解けになってもラジアルタイヤで走るので削られてしまうと言う。

当別で給油し、月形町を経て滝川市へ向かう。地図を片手に照らし合わせながらの進行は良く解った。ほとんど線路づたいで周りは緑一色。放牧された牛や馬が実にのどかに見える。
地図によると札幌〜旭川間は138`だから普通で3時間かかる。
これだけでも北海道は広いと思った。

やがて滝川市に入る。時計は12時を回り昼食時。A君のおすすめで有名な手打ち蕎麦の「そば嘉」に寄って天婦羅そばを注文する。本当の手打ち蕎麦で、シコシコしており、歯ごたえがある。
納豆蕎麦が有名らしい。マンガ家のおおば比呂司が絶賛した新聞の切り抜きが柱に貼ってあった。もちろんイラスト入りである。

車は深川市を経由して旭川市に入って行く。道路のすぐそばを石狩川が流れており、その川も我々を導いてくれた。

しばらく走って小高い丘に登ったなと思った瞬間、突然目の前に旭川市が飛び込んで来た。
山と川を見ていた私にはとても新鮮であったので、思わず大きな声で「すごい」と叫んでしまった。「そんなに驚いた?」と聞かれた程だった。

想像以上に大きな街で人口40万人と言う。
神居にある彼の家に午後1時30分着。早速コーヒー一杯飲みながら次の行動を計画した。
大雪山連峰の中の旭岳にロープウェイがあるからそこまで行こう。
出来れば勇駒別温泉にでもつかって疲れをとろう、とリュックを置きカメラを持参してそこを飛び出した。

畑の向こうに、草原の向こうに見える大雪山の山々が段々と姿を現し、残雪が夕日に照らし出され、青い空とみごとに調和を保っている。ところどころで記念写真を撮っていたら、結構時間がかかってしまった。

やがて着いたところは旭岳ロープウェイ旭岳駅。時刻は4時10分でロープウェイに乗るべく時間を聞くと、今度の4時20分が最終だと言われた。あやういところだった。せっかく来たのだ。

20人乗り位のロープウェイに我々が貸切で乗る。一人2400円と、ちょっと高い気がしたが仕方あるまい。
女性のガイド付きで遠くの山々、旭岳について説明してくれる。

途中乗継駅があり、再び乗り込む。ロープウェイでどんどん昇り、ついに標高1600m地点までくる。下を見ると、ところどころに残雪があり森林地帯はエゾマツ、トドマツが姿を現している。
見晴らしは最高。終点まで来ると15分しか余裕がないという。

ところがちょうど36枚撮りのフィルムが終わってしまったので、又新たにフィルムを買ったりしていたら5分経過。時間がないのに何をしているのか。
急いで長靴を借り(200円)すぐ近くにある見晴台まで走っていった。

すぐそこから雪があり、足をとられてうまく走れない。厚さ30pはあるだろう雪はサクサクとまるでシャーベットの様で足がのめり込んでしまう。しかも登りで日頃走り慣れていない私には、とてもつらく息が切れる。やっとの思いで着くと3分経過。

とにかく写真をと必死で4〜5枚旭岳を目の前にして撮る。
標高2290mの旭岳は夕日に照らしだされ茶色の肌を現している。

ゆっくり眺めている時間は無く、すぐ放送で最終便が出るとのこと。
再び走って降りて行く。距離にして50m。スキーのように滑りながら、今にも転びそうになりながら、二人はかけ降りて行った。
雪が長靴の中に入り、靴下は濡れている。

ロープウェイの真横には出来たばかりの川がきれいな透き通った水を徐々に集めてだんだん大きくなっていった。まだ高山植物は咲いてないが、雪解けと共に咲くのであろう。

終点には5時に着く。すぐ近くに温泉があるので入って行こうと「えぞ松荘」の風呂に向かう。
風呂代一人400円、タオル250円。ここは本当の温泉だ。弱食塩泉で適温。健康に良いと水も飲む。広い浴場を二人貸切でゆっくりつかる。

およそ1時間でA君宅に着いた。
今度は夜の旭川に繰り出すことになった。タクシーでちゃんこ鍋の「北の富士」へ行った。
二階の座敷に案内される。下足箱は昔銭湯にあったものと同じでそれぞれ力士の名前が入っており、私は栃ノ海、彼は琴桜であった。

「九重鍋」を二人前、注文した。先ずはビールジョッキである。
小皿には白いゴマがあり、これをすってスープを入れたがこの味は忘れられない。未だかつて食べたことがない位おいしい鍋だった。

スープは塩味で中には毛ガニ、大きなエビ、ホタテ貝、つくね、タラ、鶏肉、春菊、はるさめが入っていた。
最後には平べったいうどんがあったが途中牛肉を特別注文したので、もう腹はいっぱいであった。ビールは大ジョッキ2杯で締めて二人で9760円はおいしさ、腹いっぱいを考えれば安いものである。

8時半過ぎに出て、旭川の街を歩く。からっとして気持ちの良い天気だから汗も出ず、気分が良かった。

9時頃、「ナイトアンドディー」に入った。ここは音楽の生が出来るスナックだ。
彼のなじみの店だったが、マスターはちょうど東京に行っていなかった。
素人の集まりで時々ドラム、ギター、ベースを演奏するらしい。私は尺八を持参しており、ここで吹かせたかったらしい、がその機会はなく、ただ何となく時間が流れて店を出た。

もう午前0時を回っていたが、もう一軒「あすか」というスナックに向かった。
カラオケが出来る店で、もうママは酔いが回りどうしようもなかった。何人かの客がいたのだが、いつしか私達だけになっていた。

他に従業員が二人いたので、カラオケをセットしてくれた。
K君は「浪曲子守唄」を歌い、私は「私祈ってます」。又「別れても好きな人」等のデュエット曲を店の女の子と歌い、気分良くしてそこを出たのはもう2時近かった。

K君宅では2階の彼の部屋を当ててくれた。
彼は中国語の勉強をしており、朝早いNHK中国語講座を聞いているとの事。筋が良いらしく盛んに謝謝、ニーハオとやっていた。そのうれしそうな顔が忘れられない。

さて、翌日どうするかの検討をした。彼の気持ちとしては網走まで一緒に行きたいらしい。
層雲峡経由、網走とコースが決定。午前2時ベッドに就く。
酔いのせいか気持ち良くバタンキュ―だったらしい。









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