チャイコフスキー 四季(管弦楽版)  CD・レコード

 巷はとっくにクリスマス飾り、商戦はお正月までいっちゃってる晩秋かな。街角では木々から壁面の蔦に至るまで、じっくりしっかり紅葉を見せてくれているというのに。

 でその … 「自然に移ろいゆく季節をゆっくり眺めんかいっ」と言いつつ、夕餉の支度で暖まった部屋にチャイコフスキーの「四季」を。料理はいいよ。お湯をわかしてカップスープだけでもいいけど、なんか切って鍋に入れてみ。ソーセージのシッポを口に放り込んだり塩加減をみたりしているうちに、とりあえず落ち着くし、部屋暖まる。

 え〜、それで「四季」。今年夏頃にFMで放送されたエフゲニー・スヴェトラーノフ指揮の管弦楽版(アレクサンドル・ガウク編)。

チャイコフスキー:『四季』(管弦楽版)


 1月「炉ばたで」。この曲に添えられたプーシキンの詩はどんな情景を描いているのだか。スヴェトラーノフは、昔語りをする好々爺になりきっております。

 特に中間部がよいのであります。オーボエが呼びかけ、それにホルンの和音とハープのアルペジオが応えます。ふたつのパートの掛け合いが、ピアノ版にはないイメージのふくらみを創り出しています。そのフレーズをを3回演奏し、やがて発展していきます。子どもが好む「繰返し」の心地して、昔話がひもとかれたときの安息と期待感が広がります。様々な楽器による音色の変化が、イメージをより豊かにしているのでしょうね。

 さすがです♪ 「掴み」はこれでキマリ。聴き進んでいくと、メロディーの叙情で聴かせる6月「舟歌」などはピアノで、とも思いますが、管弦楽のアンサンブルによって初めて気づかされる曲想もあり、なかなか楽しめました。

 スヴェトラーノフの指揮で聴く管弦楽版「四季」は、一連の詩をアナウンサーが朗読するような、抑制のきいた表現です。2月「謝肉祭」や8月「取り入れ」、9月「狩り」、11月「トロイカ」といった生き生きと明るい曲も、ロシアらしい熱狂や舞踏シーンのような高揚感はひかえめです。多少濃淡はあれど、全編これフォークロア調の小品、しかも厳選の音色をソヴィエト国立響のソリストが奏でるとなれば、あとは聴衆の心象におまかせ、かな。
(しかし、11月のホルンはどうした、シッカリせんかい!)

 そんなふうにして、ロシアの四季を旅するのはあっという間。そいじゃ原曲を聴こうかなというときには、リヒテルのピアノがしっくりきます。スヴェトラーノフと同じく、情緒的に振り切れることはありません。でもココというフレーズには、ごつい指から思い入れが鍵盤にぐいと込められるように聞こえます。11月「トロイカ」の、凜としたタッチ、キラキラと輝く雪面、滑り行く橇のような分散和音はどうよ。ジャケット(裏面)にあるとおり、これはリヒテルの詩情。全曲版は、あるのかしら。

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 チャイコフスキー:四季
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