旅は目によい  オンエア・クラシック

 遠目がきくのが自慢だった私は、30代の半ばにして近くが見えにくくなり、それ以来眼鏡を使っています。自分では遠視だと言うとりますが、周囲は一人のこらず老眼だと決めつけます。そうかもしれんが、遠くはよく見えるし、電車内の吊り広告なんかは、ルビだってなんだってちゃんと見えるんだ、ふん。

 ところで長崎から帰って以来、不思議と近くがよく見えるようになりました。旅の効用かも。

 長崎は坂の街。建て込んだところは、くねくねと細い路地が家の間を縫うように続いています。バイクぐらいしか通れないな、と思えるところは、空家や更地もチラホラ。引っ越しのトラックが入れないため、最近でも馬の引く荷車が使われているのを見たと、友人は言います。
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 そんな坂を登る途中にも、何度か視界が開けることがあり、立ち止まって見れば長崎港から対岸の稲佐山、そして電気、重工、おかげさまでの女神橋までが一望に。
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 予習不足ゆえ、あれはなんぞや?今さら聞けない珍物どもも見えます。飽きませんでした。
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 そういえば、前日夜に到着したときにも、黄色いのを見たな。これの兄弟分かな。
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 週末は写真をプリントして、世話してくれた友人やご家族に手紙を書こう。あ、その前にトコロテンを作ってみなければ。


 今月は、FMで放送されるマーラーの交響曲を聴く機会が何度かあり、かのルートヴィヒとヴンダーリヒが歌う「大地の歌」も聴きました(オットー・クレンペラー指揮、フィルハーモニア管弦楽団&ニュー・ハーモニア管弦楽団)。まずはふたりの歌唱に魅了されました。 

 ツルツルに仕上げられた甘く美しいお菓子のような声だと思っていたヴンダーリヒ。ベテラン女教師のような安定感と包容力、聴くうちに信頼感を抱いてしまう声って、なんだか古くさ〜と敬遠していたルートヴィヒ。けれど大地の歌。ヴンダーリヒってどうしてこんなに完全無欠なのか、西欧人の中国趣味が、なかなか素敵じゃないかと思えてくる。ルードヴィヒのドイツ語には(意味はさっぱりわからないけど)、フムフムと共感し、ソレカラ…と心の旅に導かれる心地がする。

 マーラーの交響曲や管弦楽伴奏の歌曲。午後から夜にかけて、日ざしと風をカーテンごしに受ける部屋で、ときには空の色なんかも見やりながら聴くのが、好きなんだわ。今日も暑かったな。

 聴くたびに感じることはいろいろで、そういう気づきは、いつも、ふいに湧いてくる。音楽に感応すれば気分はいいが、いつも脈絡がなく、言葉にすれば飛躍だらけ。

 当分はお天気まかせ、身は引きこもり、気分は空飛ぶペンギン。。。で聴くかな♪
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2009/9/26  22:14

投稿者:sweetbrier

吉田さんっ、ざぶとん!じゃありませんが
段落ごとに笑っちゃって、もう・・・

あらためまして、コメントありがとうございます。
吉田さんは、まだ眼鏡を作る前の段階ですね? うらやましいです。
CDのライナーって、なんであんなに文字がぎっしり詰まってるんでしょうねえ。愛好家が知りたいことが、案外書いてないのじゃないかしら。
私もあまり読ま(め)ないです(^^;)。

ルートヴィヒのヴィジュアルについてのコメントは、初めてうかがいました。ハハ、なんか安心したりして。

ともかく、なぜかしら心惹かれる演奏ですね。最近、過去の人となった演奏家の録音を、進んで手に取ることがほとんどなかったのですが、これからは少しずつ聴いてみようと思い直しました。

http://ivory.ap.teacup.com/sweetbrier/

2009/9/26  17:20

投稿者:吉田

こんにちは。
私は最近、細かい字で書いてある会社の資料が読めないときがあります。目から離しても見えないときはキッパリあきらめています。仕事になりません。
あとCDのライナーも読みづらいことがあります。最も、大概輸入盤なので見えても読めませんが。

クレンペラーの「大地」、見た目はそのへんにいる買い物帰りの主婦みたいな顔立ちのルートヴィヒが相変わらずいいですね。

http://beethoven.blog.shinobi.jp/


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