テリョーシキナのオデット  バレエ・ダンス

 テリョーシキナ、マイベスト・オデット。
 彼女の「白鳥の湖」全幕を観なくては。

 なぜそう思うかというと、湖畔のグランパドドゥ ― 王子との対話、オデット身の上話、音楽アンダンテ、ソロバイオリンが高音で歌う場面 ― が、クラシカルな様式美を体現しつつ、オデットの悲しみや、ロットバルトの呪いから自由になりたいという切なる望みが伝わってくる、演技としても優れていたから。
 こういう表現と、高いバレエテクニックを併せ持っているバレリーナの白鳥の湖。こんなのが観たかった。

 ハープのアルペジオで登場し、白鳥たちの間を進み出て中央の位置につき、王子に手を取られて立ちあがる。さあ始まり。
 最初、意外にもちょっと粘着質な感じで、いきなり女盛り、悲嘆の場かえ〜とビックリ、引きかけたが、そういった濃厚さはすぐに見えなくなり、オデットの語りや心情が、パドドゥの動きの中に浮き彫りになってくる。顔の付け方とか、手の動きとか、上体の使い方とか・・・分析できないけど、そういったとこが様式を超えた(様式に加えて、かな)演技として使われていたのじゃないかと思う。

 これまで観てきたバレリーナたちも、脚本通り、振り付けにあるとおり、先生に教えられたとおりに踊り、自分自身で解釈を深めて、悲しみや願いを表現していたと思う。でも私には、ドラマの中の心情表現と言うよりは、様式の一部にしか見えなかった。だから、上手な人ほどありがたいやらつまらないやら。 

 もちろん、そのバレリーナたちは間違ってないと思うけれど、私はオデットの心情を、観る人のこころの目で補わせるのでなく、思い出すより先に見え、聞こえてくるような表現が観たかったのだと、あらためて思ったよ。

 他の演目の感想は、また明日以降に書くよう、規則正しい生活をしようっと
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